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神様たちの冒険  作者: くずす
6章 Cランク冒険者、来訪者の偽装彼氏になる
98/155

孤独からの救出

 サヨさんは暗い闇の底にいた。

 いや、そこが底なのかどうかは定かではない。

 サヨさんの足元には床や地面がなく、暗い闇だけが広がっている。

 そして、それは周り全てに言える事。


「隔離空間に閉じ込められたということかしら……」


 エネルギーが尽きない限り何度でも蘇る相手を倒すのは容易なことではないし、隔離空間に封印するという対処方法は特に間違っていない。

 自分が相手の立場であれば、真っ先に検討するやり方ではあると思う。

 だが―――


「……これで終わり―――なんて、納得できるわけがないでしょっ!!」


 ―――サヨさんの中の激情が終わりを認めない。

 全てに絶望したサヨさんが最後に求めたのが『世界』への復讐である。それを成さずに終わるなんてありえない。

 いや、それしか残っていないサヨさんからすれば、それが無くなった時点で全てがなくなる。

 あるいは、それが彼女の一番の()()だったのかもしれない。

 世界から拒まれ続けてきた少女にとって、誰にも知られることなく暗い闇の底で1人寂しく消えていく事は、絶対に許容できるものではなかったのだ。

 だからサヨさんは、残された神器『フェネクス』の力を、己の全ての力を使い、その身を黒い炎に変える。

 それは闇が広がる空間に生まれた『黒い太陽』。

 闇さえも焼き尽くそうとする憎悪の炎であった。

 しかし―――


「……そんなことはさせない……」


 闇の中に抑揚のない声が響き渡る。


「勝手に消えるとか……もう二度とさせないから……」


 その場を観測する者がいたら、闇の世界に光が差す瞬間というのを目に出来たのかもしれない。

 だが、その後に続いた光景はどうだろうか……

 暗い闇の天井に開いた虹色に煌めく穴―――そこから粘性の高い虹色の液体が溢れ出し、『黒い太陽』をゆっくりと飲み込んでいく。

 見ようによっては幻想的といえなくもない感じではあるが、普通に目にしたとするとわりと正気を疑うような光景である。

 しかも―――


「……やっている事はスライムが少女に襲い掛かっているだけなんだよなぁ……」


 遅れてやってきた僕は思わずそんな言葉を漏らす。

 ただ……


「とはいえ、このまま放っておくわけにもいかないんだけどね」


 サヨさんはその身を太陽と化したが、これは一種の自爆技である。

 己の存在の全てを『マナ』に変え、その全てを熱エネルギーと変換することで、あらゆるものを焼き尽くす。自我もほぼ消えている状態であるので、エネルギーが尽きるまで止まることはない。むしろ周りのマナを飲み込んでどんどん膨張していく。

 だからイエリスさんは、『黒い太陽』を自身の身体で覆い尽くした。

 サヨさんのエネルギーを少しでも押し留める為、そうするしかなかったからだ。

 だが、いくら神に匹敵するハイエンシェント・エレメンタルスライムの身体でも、黒い太陽に触れて無事であるはずもない。


「……くっ……マナは出来るだけ温存していたつもりだけど……結構厳しい……」


 『高速再生』や『分裂』などを駆使して、なんとか『黒い太陽』を抑え込んでいるが、イエリスさんに余裕なんてものはない。

 周りのマナを飲み込んで膨張するという性質上、時間の経過は不利にしか働かない。

 黒炎に燃やされた自身の身体も『黒い太陽』のエネルギーにされてしまうからだ。

 だからこそ―――僕も躊躇わない。


「まあ、それは見ただけでわかるんだけど……だからといって、ここで諦めるなんて選択肢はないでしょ?勝手にいなくなるとか、僕も勘弁して欲しいし……」


 虹色の薄膜に覆われた『黒い太陽』に手を伸ばし、その中へ己の腕を突っ込む。


「くっ……」


 実際にどれほどの熱量を有しているのかは定かではないが、突き入れた腕はほぼ一瞬で蒸発した。

 だが、かまわない。

 神人にとって、肉体とは物質に影響を与えるための仮初の器でしかない。精神さえ健在であれば、肉体の再生は比較的容易。

 更にいえば、『妄想の果て』というこの空間は、どちらかというと精神世界に近しい空間である。

 精神世界の優劣は基本的に『意志の強さ』が全てであり、肉体の強度に左右されないのだ。

 だから―――心さえ焼き尽くそうとする黒炎の苦痛に耐えられればそれで問題ない。


「……もう十分暴れたでしょ……だから、いい加減、出ておいでよ」


 僕の意志の手が黒炎の中から『それ』を見出す。


「まだ足りないっていうのなら、また今度付き合ってあげるから……これで終わりなんて、寂しすぎるでしょ」


 全てに絶望したサヨさんであるが、サヨさんをそこまで追い込んだのは『永遠の孤独』である。故に―――サヨさんは本質的に人の温もりを求めている。それはどれだけ強がろうと、どれだけ絶望しようと、そこだけは変わらない。

 まして、ここは精神が形を成す世界である。

 サヨさんのひた隠しにしてきた本心でさえ、それは例外ではなく―――


「ほら、サヨさん……」


 僕は『黒い太陽』の中から、サヨさんを引き上げる。


「あっ……」


 ペタンと座りこんだサヨさんは、いまいち何が起こったのか理解できていないのか、不思議そうな顔で自分の手を握る僕を見上げていた。


「大丈夫?」

「え?ええと―――」

「多分、だいぶ混乱していると思うけど……少しは落ち着いた?」

「……あっ……えっと……う、うん……多分……」


 サヨさんは非常に混乱していたが、今の状況を理解していないわけではない。

 だから―――


「……落ち着いたのなら、()()、止めてもらってもいい……?サヨが制御してくれないと、解放もできないんだけど……」


 イエリスさんの言葉に、サヨさんは暴走する『黒い太陽』をあっさりと止めた。




◆◆◆




 黒い太陽が消えたところで、僕たちは状況を確認し―――サヨさんに全ての事情を伝える。

 それはある意味ネタバラシのようなものだ。


「サヨは勘違いしていたみたいだけど……サヨはサヨよ。かつての勇者ゼノンの転生体で、魔神王の呪縛を取り込んでいるというのは間違いないけど、それらすべてが今のサヨを形作っている……」

「え……?」

「かつての勇者としての魂、『永遠の孤独』の影響で魔神と化した勇者の魂、人として生きてきたサヨさんの魂……その全てが今のサヨさんの魂にはあるんだよ。魂というのも突き詰めると意思の集合体にほかならないからね。どれが本物で、どれが偽物なんていうのはない。どれもサヨさんであるのは間違いないんだ」

「さっきまでのサヨは、勇者の『力』を取り戻したことで、魔神化した勇者の魂が前面に出ていた……だけど、それはしょうがない……ずっと孤独の中で虐げられてきた魂が世界を恨むのは当然……なかったことになんかそう簡単にできるはずもない……」

「世界の全てが敵であったサヨさんに、急に救いの手を差し出しても、その手を取ることは難しい……どれだけその手を取りたくても、今までの孤独が手を伸ばすのを躊躇わせる……違うかな?」

「あっ……」

「……勇者の『力』を取り戻せば、かなりの確率で魔神化して暴れる事は予想できていた……だけど、それを話すことはできなかった……それもサヨが望むことのひとつであることは間違いなかったし……言葉で伝えたところで、サヨの辛かった気持ちがなくなるわけじゃない……だから、それも含めて受け止めるしかないと思ったの……ごめんね、内緒にしていて……」

「イエさん……」


 理由としてはイエリスさんの語ったことが全て。

 サヨさんの魔神化を引き起こした心の声はサヨさん本人のもの。

 サヨさん本人が自分を偽るために、自身を『永遠の孤独』そのものとしただけである。いや、それ自体は嘘ではないからね……他の自分もちゃんといるというだけで……


「あ、でも、それじゃあ……今の私は―――」

「サヨさんはサヨさんだよ。かつての勇者の力を取り戻したから、その記憶も戻っているようだけど……」

「……魔神化も進んでいるから、その力も手にしている……でも、流石に魔神王の記憶までは受け継いでいないみたいね……」

「……え?」

「いや、サヨは魔神王の呪縛も魂に取り込んでいるから、ひょっとすると魔神王の記憶まで引き継ぐ可能性があったんだけど……どうやらそうはならなかったみたいだし……」

「……そ、そうなんですか……?」

「そうなっていたら、まず間違いなくリサ様を狙っていたでしょ……彼女は世界樹(ユグドラシル)なんだから……魔神王や魔神たちの悲願は世界樹(ユグドラシル)を手に入れて、自分たちの住みやすい世界を作り出す事……世界から拒絶される苦しみは今のサヨならわかると思うけど……彼らは彼らで生き残る為に必死なのよ……」

「そ、そっか……そうだったね……」


 かつての勇者の記憶を取り戻したサヨは、イエリスさんの言葉に頷く。

 2千年以上も前に起こった魔神たちとの争いは、神々の時代の邪神戦争とよく似ている。

 侵略者としてこの世界にやってきた魔神たちだが、その時点で彼らの世界はほぼ瀕死の状態……後がなくなり新天地を求めてのものだった。

 だが、邪神と魔神にはひとつ大きな違いがある。

 魔神たちは人と比べると大きな力を有していたが、王である魔神王でさえ、神にはわずかに届かない。

 それ故、邪神たちのようにこの世界に適応する事が出来ない。

 半端に力を持つ魔神たちは常に世界の理に苦しめられる事となったのだ。

 だからこそ、自分たちが適応できる世界を造りだすために、世界樹(ユグドラシル)を求めたのだが―――


「……だから……リサ様たちと一緒に新しい世界に行こう……」

「……ハイ……?」


 イエリスさんの言葉は唐突といえば唐突であった。

 だから、サヨさんの反応もわからなくはない。

 だが―――


「いや、そういう反応になるのもわからなくはないんだけど……今のサヨさんって魔神化もしていますよね?それじゃあ、勇者の加護を解除しても、世界の理に苦しめられるのは変わらないと思うんだけど」

「魔神の力をなくす事ができるのなら、とっくに誰かがしていると思うしね……」

「あっ……」


 実のところ、サヨさんの問題はまだ解決していない。

 いや、一応、進展はしているのだが……


「まあ、魔神王の呪縛はコントロールできるようになっているはずだし、再度異世界に飛ばされる心配はなくなったから、ゆっくり考えてもらってもかまわないんだけどね。一応、選択肢としては、魔神の力に拒否反応を示さない世界を探すという方法もあるし……」

「それを言うなら、サヨを神化させるって方法もあるわよ……かつての魔神王はそれを拒んだらしいけど……」

「魔神王は魔神という民衆を統べる王様でしたからね。民の半数でも救えるのならそういう選択もアリだったかもしれませんが、力を有する極一部の者だけが救われるような提案は受け入れられなかったのだと思います」

「……ずいぶんと魔神王の肩を持つのね……あなたをずっと苦しめてきた原因を作り出した1人なのに……」

「確かにそうなんですけど、今の私は魔神でもありますし……魔神王の最後を看取ったものとして、その想いから目を反らす事はできないというか……かつての私が魔神王の呪縛を―――いえ、魔神王の『願い』を受け入れた理由もわかってしまうので……」

「そうやって余計な面倒事を背負い込むところはちっとも変っていないのね……貴方らしいといえばらしいけど。でも、そういう事ならなおさらよ。貴方はやっぱりリサ様たちと世界を渡るしかないわ」

「え……?」

「リサ様は世界樹(ユグドラシル)……それもそう遠くない内に、世界を渡り、新しい世界を作り出す事が決まっている。その新しい世界であれば、魔神であろうと問題なく暮らせるはずよ」

「っ!」


 イエリスさんの言葉に衝撃を受けるサヨさん。

 新しい世界樹(ユグドラシル)の世界渡り、及び、それに伴う新世界の創造など、滅多に行われるものではない。定められた寿命の中で生きるものたちの時間感覚からするとそれこそ―――というものなので、基本的に思慮の範囲外なのである。

 だが、サヨさんはこの後、別の意味でも驚く事となる。

 というのも―――


「……まあ、その為にはルドナ君のお嫁さんにならないといけないみたいだけどね……」

「……ハイ……?」


 イエリスさんが至極あっさりと爆弾を投下したからだ。


「……え、ええと……それはどういう……?」

「サヨが世界樹の世界渡りについてどれくらい覚えているのかはわからないけど……世界樹の『パートナー』については知っている?ルドナ君は―――あと、サクヤちゃんとミントちゃんもだけど、この三人がリサ様の『パートナー』なのよ」

「せ……世界樹の『パートナー』という事は……主神であるアバン様と同じ立場……ですよね……?」

「そう、アバン様は創世の女神マリサ様と結ばれて、この世界群を生み出した。基本的にはそれと同じ。ただ、ルドナ君たちの場合、サクヤちゃんとミントちゃんもいたから、三人共『パートナー』という事にして、リサ様の世界渡りについていく事になったの。だから―――」

「リサさんの世界渡りに連れて行ってもらうには、ルドナ君のお嫁さんにならないといけないと……」


 イエリスさんの言葉の意味を理解したサヨさんが、僕の方へと視線を向ける。


「い、いや、あの……な、何が何でも結婚しなくちゃいけないというわけではないと―――」


 そのジト目に耐えられず、思わずそんな事を口にしてしまう僕。

 だが、イエリスさんはそういう空気を全く読まない人である。


「―――でも、ルドナ君はその為に頑張ったんでしょ?」

「え……?」

「基本的にはなりゆきだったと思うけど……ここまで私たちに付き合ってくれたのは、ちゃんと下心があったから……じゃないの?」

「……うっ……そ、そう言われると、否定もできないけど……」

「……え……?」


 もっとも、その言葉自体は僕を後押しするもの。


「一度助けたのなら、最後まできちんと面倒見ないといけないわよね……?」

「……まあ、いつでも付き合うって言っちゃったしね。中途半端でいなくなられるよりは、ずっと傍にいてくれた方がいいかな……?」

「―――との事だけど……どうする?」

「ど、どうするって言われても―――」

「……というか、二人は付き合っているんでしょ?それならいずれはそうなると思うのだけど……」

「あ、あぅ……そ、それは―――」


 イエリスさんはサヨさんの嘘を盾にとり、追い詰めていく。

 だが、サヨさんの場合、それが正解。

 『永遠の孤独』に陥り、人と深く関わってこなかったサヨさんのコミュニケーション能力はあまり高くない。表面上はそれなりに取り繕う事は出来るのだが、自身から深く関わりを持ったり、逆に深く踏み込まれたりするのが苦手なのだ。だが、それは躊躇してしまうというだけで、それこそが彼女の望んでいる事でもある。

 つまり―――サヨさんはとても押しに弱いタイプだった。


「……サヨが不安なら私も付き合ってあげるから……二人一緒にルドナ君たちのお世話になろうよ……」

「……う……」

「……そうすれば……私とルドナ君の二人で、ずっとサヨの事を愛してあげるから……ね?」

「………」


 聞きようによっては洗脳に近い感じで、サヨさんの耳元で囁くイエリスさん。

 やり口としてはあまり褒められたものではないのだろうが、心に深い傷を負っているサヨさんを何としても救いたいと願うイエリスさんの想いは本物である。

 ならば―――全ては結果で語るしかない。


「そうだね……サヨさんが『どうしても嫌だ』っていうのなら諦めるしかないけど、()は僕の()()だものね。だから、遠慮しないで言うよ……サヨさん……僕と―――僕たちと一緒についてきて欲しい」


 だから、僕はもう一度サヨさんに手を伸ばす。


「あっ……」


 僕がサヨさんの手を引くのと同時に、イエリスさんがその背を押す。

 サヨさんは押しに弱いタイプであるが、きちんと捕まえておかないと逃げ出してしまうタイプでもある。一度逃げられているイエリスさんであるし、言葉だけでは少々弱いと考えたのだろう。

 まあ、僕も同じような見立てをしていたし、良いアシストだというしかないのだが……


「んっ……」


 僕は抱き留めたサヨさんの唇を少しばかり強引に奪う。

 こうして、僕とサヨさんの偽りの関係は終わりを迎えた。




6章終了までは毎日更新していく予定です。

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