死闘・その1
双眸から血の涙を流したサヨさんが、無言で神器『フェネクス』を引き抜く。
それと同時、サヨさんの背後の空間にヒビが入り、『異界の門』がその姿を現す。
「リサ、ミント、ノアさん、門の方は任せたよ」
「うんっ!」
「任せて!」
「【スター・シールド】展開っ!モード、インプレグナブル・フォートレス!」
だが、それはこちらの想定内。
神器『フェネクス』の穴を埋めるべく、ノアさんが『星の盾』を展開し、『異界の門』を塞ぐ。
ちなみに『モード:インプレグナブル・フォートレス』は、大小様々な盾を組み上げることで、難攻不落の砦(正確には防衛施設であり、防塁や防御壁なども含まれる)を築きあげるというもの。
更に―――
「【セイドリック・フィールド】」
―――ミントの防御魔法を受けて、『星の盾』は堅牢さを増す。
「封印は上手くいったみたいだね。でも、守りの要の二人が抜けるのはやっぱり厳しいと思うし、ここは防御を固めるよ~」
「は~い」
「了解しました」
「了解です、リサ様」
「リサ様の命令であれば、従うしかないですね」
そして、リサの号令のもと、防御を固める四人の神人。
風の神・リフス、土の神・ヌーモ、光の神・ルシウス、闇の神・エド―――この四人はリサたちの護衛役で、サヨさんとは直接対峙はしない。
直接対峙をするのは、僕とイエリスさんで、そのサポートにサクヤがつくという布陣。
なにしろ相手は魔神化したかつての勇者。
出し惜しみなど出来る相手ではないのだ。
「サリア、最初から全力でいくよっ!サーマとネインもフォロー、よろしく!」
「はい」
「『一時神化』して初めての戦闘っス。絶対活躍してみせるっスよ!」
そんなわけで、僕はサリアを剣に宿し、火の神・サーマと水の神・ネインを連れて切り込んでいく。
ちなみにルシウスとサーマが『一時神化』しているのは、今回の事態を想定してのもの。
何事もなく解決すればそれに越したことはなかったが、事前に予測できる危険に対し、備えを怠るというのは愚者のする事である。
だが、全てを想定するなんて事は、たとえ神でも出来ない事で―――
「……キエロ……」
「なっ!」
サヨさんが無造作に神器『フェネクス』を振るう。
それと共に放たれた赤い閃光を、僕はとっさの判断で掻い潜る。
そして、そんな僕にイエリスさんから声が飛ぶ。
「油断しないで……今のサヨは勇者の力も取り戻している……それも私のライバルだった勇者の力を、よ……」
「……うん。それはわかっていたけど……わかっていても、わりとどうしようもないというか……常に即死級の攻撃が飛んでくるとか、洒落にならないんだけど……」
「圧倒的なパワーであらゆる敵をねじ伏せる……それがあのコの戦闘スタイルだから……」
「いや、それも聞いていたんだけど―――」
(プラズマ化した熱線による攻撃っスけど、秘められた熱量が尋常じゃないッス!ガードはまず不可能っス!)
(半端な防御ではガードごと溶断されてしまいます。それに、能力発動までの時間を考慮すると、武器による打ち合いも危険だと思います)
(戦闘スタイルは力押しだけど、そのスタイルを支えているのは高度な技量……理屈としては正しいんだろうけど、相手にすると厄介極まりないよね……)
サーマとネインの報告に思わず頭を抱えたくなる。
サヨさんの攻撃が厄介なのは、即死級の攻撃力を『瞬時』に引き出せること。
『一時神化』しているサーマやネインであれば、同程度のエネルギーを引き出すことで攻撃を防ぐことは出来る。だが、相手の攻撃に『瞬時』に対応できなければ、ほとんど意味がない。
更に言えば―――
「キエロっ……キエロっ……キエロォォォっ!」
―――先ほどの一撃はサヨさんにとっては牽制でさえない。
水平に振るわれた神器『フェネクス』は、炎に包まれその形状を変化させる。
それは炎の鞭であるのだが、鞭がしなり、空気を打つたびに、四方八方に赤い光刃が生み出される。
「うわっ!」
最初の一撃と比べると射程は短くなっているようであるが、その分、数が多い。
ひょっとしたら多少は威力も落ちているのかもしれないが、希望的観測で行動するのはあまりに危険。
僕はサヨさんと距離をとり、回避に専念する。
いつもであれば、最前線で敵を抑えるのが僕の役割であるが、今回は僕以上に適任者がいる。
「【フロスト・ウェポン】」
手にした大剣に氷属性を付与させて、イエリスさんが真正面から斬り込んでいく。
もちろん、自身に迫る赤い光刃を切り払いながら……
先ほどの繰り返しになるが、同程度のエネルギーを引き出すことさえ出来れば、サヨさんの攻撃も防ぐ事が出来る。
問題となるのはそれを扱う技量であり―――イエリスさんはかつての勇者のライバルである。
技量の面でいえば、二人はほぼ互角。
むしろ、イエリスさんの方が少し勝っている……と、言えたかもしれない。
だが、楽観視はできない。
(現状だけみれば、イエリスさんの方が有利のようですが……)
(そうっスよね……)
(普通に考えれば、神クラスのイエリスさんの方がマナの総量では圧倒しているはずだものね。いくら魔神化していても、サヨさんは元勇者。エネルギーの量ではサヨさんの方が劣っているはず……なんだけど―――そうじゃない何かがあるんだろうね……)
もちろん両者の目的の違いもある。
「キエロっ!キエロっ!キエロッ!」
「残念……それぐらいの攻撃じゃ、私を倒すことなんて出来ないわ」
現在のサヨさんは目に映る全てのモノに憎悪をぶつけており、その存在を抹消する事が目的。
対してイエリスさんは、そんなサヨさんを救うべく戦っている。
無論、だからといって、手加減をしているわけではないが……
「キエロォオオオオオオオッ!」
「それしか言えないの、貴方は―――」
サヨさんの薙ぎ払うような炎の鞭を、『人化』を解除し、スライムの姿になることで回避するイエリスさん。
そして、そのまま―――サヨさんの横を駆け抜ける。
「秘剣・凍牙」
スライムになったイエリスさんの手(?)には、それまで使用していた大剣ではなく、白い靄を纏った薄氷の刃が握られていた。
「くっ……」
わずかに遅れ、サヨさんの上半身がゆっくりと傾いていく。
「うわっ……容赦なくやったよ……」
(いくら蘇生魔法があるとはいえ、ホントに躊躇わずに―――)
(―――っ!ご主人様、違うッス!これぐらいじゃ、あのコは倒れないッス!!)
(え?)
(あの神器には『フェネクス』が……神獣である『フェニックス』が宿っているッス!フェニックスといえば―――)
(―――まさか、【自動蘇生】っ!)
躊躇なくサヨさんを斬ったイエリスさんにも驚いたが、本当に驚愕したのはその後。
二つに斬られたサヨさんの身体が炎に包まれ、その炎の中から無傷のサヨさんが現れる。
「……うわぁ……マジかぁ……」
(……これは……思っていた以上に厳しいですね……)
(今の【自動蘇生】、ほとんど魔力を消費してなかったッス……むしろ、周囲のマナを吸収してエネルギー量は増えたかもしれないッス……)
「これじゃあ、イエリスさんが黙っておくわけだよね……倒しても即座に復活する相手を力づくで止めるとか、無理難題もいいところだし……」
(……まあ、最初から報酬はなかったようなものですけどね……)
(ウチらはご主人様からご褒美をもらうだけだから、関係ないっスよ)
「その話、今はしないでくれるかな?戦う前に胃にダメージを受けそうだし―――」
魔神化したサヨさんを止めるのは容易な事ではないと最初からわかっていた。
だが、神器『フェネクス』の存在が、高難易度ミッションを更に数段引き上げている。
そして―――
「―――なるほど……流石はかつての私のライバル……こんな子供騙しで倒せるはずもないわね……」
「ようやく話せるようになったようね……」
「……貴方と話すようなことなど何もないけどね……殺し合いなら受けて立ちましょうっ!」
一度倒されたことで、サヨさんもいよいよ本気となったようである。
6章終了までは毎日更新していく予定です。