久隆 小夜
『チキュウ』に居た頃のサヨ―――久隆小夜という少女は、どこにでもいる普通の女子高生だった。
もっとも、何をもって普通と見なすかは人それぞれ。
そういう意味で言うと、小夜はいわゆる『ボッチ』であり、家にも学校にも居場所を持たない少女であった。
だが、特別虐げられたり、苛められたりしていたわけではない。
基本は無関心。
そこそこ裕福な家のコとして生まれた小夜だが、5歳になる前に母親が亡くなり、2年後には父親が再婚。もともと家庭よりも仕事を優先する傾向だった父親は、再婚相手とその後に生まれた子供にしか関心を持たなくなり、小夜の存在は空気と化した。いや、もっとはっきり言えば―――『居るだけで迷惑な存在』になった。
とはいえ、小夜の父親も再婚相手の母親も短絡的な人間ではなかったので、自身の悪評に繋がるような事はしなかった。形の上では小夜を家族として扱っていたし、たとえ世間の目がないようなところでも、態度を豹変させたりはしない。見るものによっては普通の家族に見えたであろうし、よく見ていたものがいたとしても、多感な年頃の少女が家族に心を開けずに少し余所余所しくしていたと映る程度。
だが、関心がないのは本当。
唯一あるとすれば、『仕方なく置いてやっているのだから、自分たちに迷惑をかけるな』という一点のみ。
そして、それは家庭だけではない。
小夜の周りは常にそんな感じで―――彼女には心を許せる相手が本当に一人もいなかった。
もちろん、そんな状況を改善できないかと、小夜は小夜なりに頑張りはしたのだが……結果は出ていない。
むしろ、現在のサヨは半ば心が折れている。
『永遠の孤独』―――世界に受け入れられない理由を聞かされたことで、サヨは一番忘れていたかった事実を思い出していた。
そう―――亡くなった実の母親でさえ、自分を邪魔な存在として扱っていたという事を……
そんなサヨであったから、この世界に飛ばされた事は嫌ではなかった。
イエリスに拾われ、いろいろと面倒を見てもらった事は、心を許せる相手が本当に一人もいなかった彼女にとって、ものすごく貴重な体験だった。
イエリスに迫られ、思わず逃げ出してしまったものの、そうでなければあんなに悩んだりはしない。
正直なところ、イエリスが本気で自分を受け止めてくれるなら、身を委ねるのもアリなのかもしれない……と、そんな想いを抱いたぐらいである。
だから―――
(何を考えているのかな、貴方は……イエさんが救いたいのは貴方じゃないでしょ?)
(え……?)
―――その声からサヨさんは逃れる事が出来ない。
(イエさんが救いたいのはかつての勇者……ゼノンって勇者のコで、貴方じゃないしょ?)
(そ、それは―――)
(そのために、この世界に貴方を呼び出して、貴方の中から勇者の魂を奪うつもりでしょ?)
(―――そ、そんな事は……)
(貴方ももうわかっているでしょう?私が何者なのかも、自分がどういう存在なのかも……)
(そ、それは……)
―――なぜならその声の正体は……自分自身。
神器『フェネクス』を手にした事で、サヨはかつての勇者の記憶を取り戻した。
同時に、自分自身がいかなる存在なのかも認識した。
(私は魔神王が残した呪縛……長い時間をかけ勇者を蝕んだ『永遠の孤独』そのもの……だから『私』に救いなんかない……)
(ああっ……あああっ……)
(あの人もこの世界と同じ。『私』という存在を絶対に認めない。『魔神王が残した呪縛』を滅ぼそうとする―――ただの敵よ……)
(あああああああああああああああっ!)
それ故に、サヨはこの世界の全てに絶望した。
◆◆◆
サヨさんが神器『フェネクス』に触れると、周囲に幻炎がたちあがり、その身体を飲み込んだ。
最初は驚いたものの、幻炎に捕らわれたサヨさんは変わらず健在であった為、僕たちはそれを黙って見守る。
そして、1分にも満たない時間が過ぎると―――幻炎が一気に収束し、サヨさんの身体の中に吸い込まれる。
「サヨ……」
「サヨさん……?」
サヨさんは最初と同じポーズのまま動かない。
だが、その身から溢れ出したエネルギーが、どんどん高まっていく。
「これは……」
「やれやれ……最初から予想は出来ていたけど、どうやらプランBに移行ね」
「ルシウスちゃん?」
「魂の反転を確認……『勇者の加護』変質……マナ変異による能力改変が行われている模様で、のきなみ魔神由来の能力に置き換えられているようです。ただし、神器『フェネクス』の所有権及び、神獣『フェニックス』の契約は確保したものと思われます」
リサの呼びかけに答え、姿を現したルシウスが解析結果を告げる。
まあ、解析結果など聞かずとも答えはほぼ出ているのだが―――
「サヨさんの魂は『魔神王の呪縛』も取り込んでいるわけだし、それはそうなるよね……」
「神器『フェネクス』に残された勇者の力は、ゼノンが残した意志の一部でしかない……サヨを覚醒させるきっかけにはなっても、その方向性までは決められない……そして―――」
「『魔神王の呪縛』ももともとは魔神王の意志の一部だけど、今はサヨさんの魂の一部になっている。当然より強い意志として力を発揮してもおかしくはない、か……」
「……二千年以上の孤独の果てだもの……サヨがこの答えを出すのはわかっていた……だから、貴方たちに協力をお願いしたんだし……」
「魔神化したかつての勇者とか、できれば戦いたくはなかったんだけどね……」
「でも、サヨの彼氏としてはほっとけないでしょ?」
「あははっ、確かにそれはないね~。サヨちゃんは思った以上に強敵みたいだけど、報酬の事を考えたらるー君が諦めるはずもないし、その為の準備もちゃんとしてきたんだから。それじゃあ―――皆、行くよ~っ!」
リサのそんな号令と共に、僕たちは戦闘体勢をとる。
魔神として覚醒したサヨさんに、言葉による説得など通じない。
『永遠の孤独』に沈んだ魂に、口先だけの言葉が届くはずもないのだ。
だから―――
「言ったでしょ、サヨ……私は必ず貴方を助けてみせる……たとえ、力づくであってもね……」
―――戦ってでも、言葉を……意思を届けるしかないのだ。
前半部分のサヨの回想シーンですが、これはあくまで『永遠の孤独』に捕らわれた小夜という少女の視点から見たものです。それ故に、サヨには見えていない部分というのもいくつかあります。
6章終了までは毎日更新していく予定です。