勇者の残したもの
城内に突入しても、僕たちの快進撃は止まらない。
ただ、それには理由もあるようで……
「思っていたよりも数が少ない……?」
「そうなの?」
「前に来た時はもっと魔物がいたんだけど……誰かが掃除してくれたのかも―――」
「誰かって……?」
「……それはわからない。この場所を知る者はそんなにはいないけど……私のような変わり者もいないわけではないし……」
「なるほど」
イエリスさんとサクヤがそんなやりとりを交わしていた。
すると―――
「あ、あの……す、少し、聞いてもいいですか……?」
そんな二人にサヨさんが声をかける。
魔物の襲撃にも多少慣れてきたようで、話が出来るくらいには緊張も解れたのだろう。
「……何かな……?」
「じ、実はずっと気になっていたんですが……イエさんは……私の前世の勇者さんと……どういう関係だったのですか……?」
「ん……?ライバルだったと言ったはずだけど……?」
「は、はい、それは聞きました……でも、それだけで、ここまでしてくれるものなのかなって……」
「ん~……そう言われても……私はゼノンたちの仲間ではなかったし―――」
「……ひょ、ひょっとして……恋人同士だったりしたのでしょうか……?」
ただ、サヨさんの問いかけ自体は結構踏み込んだもの。
イエリスさんとの接し方で悩んでいたサヨさんであるし、それを問いかけるのも結構な勇気が必要であったと思う。
しかし―――当のイエリスさんの答えはいまいちはっきりしない。
「あ~……うん……それは……どうなんだろう……?恋人同士……ではないんだけど……ひょっとしたら、そうなっていたかもしれないし、そうはならなかったかもしれないし……微妙なところ……?」
「……どういう事ですか……?」
「いや……当時のゼノンはまだまだ子供という感じで……付き合うとかは特に考えてなかったから……なんていうか……可愛い弟分……みたいな感じ……?」
「弟分……ですか……?」
「うん……わがままでやんちゃな負けん気の強い男のコだったから……ライバルというのもゼノンが一方的に言ってきたのが始まりだし……そこがはっきりしてないから、私はあのコに拘っていたのかも……」
「……そう……ですか……」
もっとも、それが真実であるので仕方がない。
突然の別れで失われてしまった答え―――それこそがイエリスさんの執着を産んだのだ。
だが、だからこそ……
「さて……そろそろ到着よ……」
「あ……」
「サヨ……私は必ず貴方を助けるから……」
「……ハイ……」
イエリスさんはまっすぐにサヨさんを見つめ、静かにそう告げた。
◆◆◆
僕たちが足を踏み入れたのは、かつての玉座の間。
とはいえ、当時の面影は皆無であり、ただ広いだけの荒れ果てた部屋にしか見えない。
いや、二千年以上という時間の経過を考えれば、建物が残されているだけでも十分なのだが……
そんな広間の中央に十字架を模したようなモニュメントがひとつ。
見ようによっては墓標ともとれるそれこそが―――
「あれが勇者の残した武器……神器『フェネクス』……」
「あれがそうなのですか……?でも、その―――」
「あの神器は本来特定の形を持たない……どんなものにも変化できる……というわけではないけど、『武器』という概念に収まるならどんな形状の武器にもなれる……今は『異界の門』を封じるためにあの形をとっているだけ……」
「な、なるほど……」
「ちなみに―――『フェネクス』の名は、炎の幻獣・フェニックスからとられたもの……というより、フェニックスのもうひとつの名前であり、もう一つの姿とも言われている……実際、あの神器には炎の『神獣』であるフェニックスが宿っているわ……」
ミントの疑問に答える形で、そんな解説をするイエリスさん。
しかし、その話がかえって僕たちを戸惑わせる。
というのも……
「ま、待って……あの武器にはフェニックスが宿っているの……?」
「ええ……精霊使いなら、見ただけでも力を感じられるのでは……?」
「う、うん……わかるよ……わかるけど……」
フェニックスとは炎の幻獣であるが、もともとは火の精霊に近い存在。というよりも、火の中位精霊が上位精霊に進化する段階で変異を起こし、獣に近い肉体と特性を得たものである。
そして、そのフェニックスが更なる力を得て、人に近い姿を取るようになったものを『フェネクス』と称するのだが―――これは変異により進化できなかった火の上位精霊の力まで手に入れた事を意味する。
つまり、通常の火の上位精霊よりも能力は上。
いや、それどころか―――
「それ以前の話として……『幻獣』じゃなくて『神獣』なのね……」
「ええ……」
「そんな話は聞いていないのだけど……聞いたところでどうしようもないわね……」
サクヤがヤレヤレという態度でぼやく。
獣に似た姿を持つ魔物には『幻獣』『魔獣』『霊獣』『聖獣』『神獣』など様々な分類分けが為されているが、実はその線引きは曖昧で、研究者などにより結構な差異がある。故に、冒険者たちの間ではギルドが定めた基準が共通の認識として用いられているのだが―――
その線引きでいうと、獣に似た姿を持つ魔物は基本的に全て『幻獣』という扱いである。
そして、その『幻獣』という枠組みの中で、能力に応じて『魔獣』『霊獣』『聖獣』『神獣』というランク分けがなされている。まあ、『魔獣』に関しては『魔素に中てられた獣』という意味もあるので、基本、交渉の成り立たない狂暴な『幻獣』と位置づけられているが……今はあまり関係ない。
問題なのは、イエリスさんが口にした『神獣』という言葉。
このランクの『幻獣』はその名のとおり『神に匹敵する力』を持つ『幻獣』であるとされているわけで―――
「ま、まあ、神器と言われるぐらいの武器ですし……そういう事もありますよ……」
「ええと……これ、危険なものなんですか……?」
そんな僕たちの反応に、サヨさんが不安気な声をあげる。
これからそれに触れなければいけないのだから、サヨさんの反応はもっともなものである。
「あ、いや……」
「……そうね、サヨ以外のヒトには危険でしょうね……その神器は『異界の門』を封じる封印になっているわけだし……魔神たちからすれば今すぐにでも破壊したいもの……当然、そうさせないように対策もなされているわ」
「え……?ええと―――」
「勇者の武器は勇者の魂を持つ者にしか使えない……だから、サヨについてきてもらったんでしょ……」
「そ、そうでしたね……」
ただ、それは最初から告げられていた事。
サヨさんはイエリスさんの言葉に頷き、神器『フェネクス』の元に歩み寄り、それに手を伸ばす。
そして―――
6章終了までは毎日更新していく予定です。