説得
イエリスさんとの勝負の結果、そのお願いを聞く事となった僕たち。
だが、それには一つやらなければいけない事がある。
それはもちろんサヨさんの説得。
サヨさんを連れてダンジョンに行かなくてはならないのだから当然の事だ。
しかし、そこで問題となるのが―――何をどこまで話すのかという事。
こういう時はなるだけ正直に全てをうちあけた方がいい。
何か隠したりすると、余計なトラブルを招く事となる。
それがわかっているから、基本的にはイエリスさんから聞いた話をそのまま伝える事にしたのだが……いくつか話していないこともある。
その内のひとつがイエリスさんの正体。
これはイエリスさんの要望で、『チキュウ』で生まれ育ったサヨさんからすると、『スライムであるイエリスさんは中々受け入れがたいのではないか?』という疑念があったから。
とはいえ、それは絶対に隠し通さなくてはいけないというものでもないらしく、このタイミングでうちあけるのは少しマズイのではないかという判断。
魔神王の呪縛がいつ発動するかわからないという状況なので、下手に打ち明けて、サヨさんの説得に手間取るというのも怖いのだ。
それに、僕とサヨさんの関係(恋人偽装)をどうするのかという問題もある。
というのも、一度依頼として受けた以上、サヨさんの承諾を得ずに、それを解消することなどできない。だから、僕はイエリスさんにそれを打ちあけてはいない。
もちろんそれは建前上の話で、イエリスさんも本当のところは気が付いている。
だが、彼女からするとそれで一向に構わない。むしろ、嘘から出た誠となる事を望んでいるという状況である。
だとすれば、僕はサヨさんにその事を伝えるべきなのだろうが……それはそれでイエリスさんに悪いというか……今の僕は中々に難しい立場にいて、下手に動くことができない。
よって、どうしても成り行き任せな部分が出てくるのだが―――
「―――との事なんだけど……」
「………」
「いや、いきなりこんな話を聞かされて、それを信じろと言う方が無茶だとは思うけど、僕の印象ではイエリスさんの話は嘘じゃないと―――」
「………」
「あ、あの、サヨさん?き、聞こえています……?」
「ええ……聞こえていますし……お話も理解しました。まあ、理解出来てしまったから、ちょっと呆然としてしまったのですが―――」
僕たちの話を聞き終えたサヨさんは暫し呆然としていた。
そして、そのまま渇いた笑みを見せる。
「え……?」
「世界に拒まれる……『永遠の孤独』ですか……確かに言いえて妙ですね……」
「サヨ……さん……?」
「やっぱり……何かあったの……?」
「いえ……特別なにかあったというわけでは……ないです……私だけが……特別不幸だったわけじゃない……ただ……周りと馴染めなかっただけで……でも……ずっと奇妙な違和感が……何処にいても、何をしていても、居心地の悪さが付き纏って……それがたまらなく辛くて―――」
「……サヨ……」
「だけど……それがこの世界に来てからはなくなっていたんです。だから、異世界に飛ばされたと知った時も……私は心の中で喜んでいたんです。もちろんわからないことだらけで、不安な気持ちもありましたけど……イエさんのような親切な人とも出会えましたし、自分が本当に生きるべき世界はこっちだったんだって……そう感じてしまって……」
サヨさんの目からポロリと涙が零れる。
その涙には、わけもわからない状態で『永遠の孤独』と戦い続けた少女の辛苦が込められていた。
同時に、そんな地獄から抜け出せたという安堵もある。
だが、今のままではそれはほんの一時で終わってしまうもので―――
「サヨ……貴方は私が必ず助けるから……」
「ウン……」
イエリスさんの言葉に、サヨさんはコクンと頷く。
「そういう事なら、僕たちもお手伝いさせてもらいますよ」
こうしてサヨさんの説得は思いのほかあっさりと達成する。
だが、あまりにもあっさりと説得出来たことが今回の問題の厄介さを表わしてもいる。
それというのも―――
「良かったですね。無事に説得できて」
「……説得できたのは良かったけど……状況としてはあんまりよくないのかも……」
サヨさんとの話し合いを終えたところで、僕はイエリスさんに声をかけたのだが、イエリスさんから返ってきた言葉は思いもしないものだった。
「え?それはどういう事?」
「……サヨは私から逃げるために一度は姿を消した……そんなサヨが私に助けを求めるというのは……それだけ追い詰められているという事じゃない?」
「あっ……」
しかし、続くイエリスさんの言葉に、はっと気がつく。
確かにサヨさんの状況は大きく変わった。
長年苦しんできた事が解決できるかもしれないというのだから、藁にもすがりたい気持ちになったとしても理解は出来る。
だが、好意を示してきた相手から一度逃げ出しておいて、それでも相手に縋るなんて事が何の逡巡もなく出来るものだろうか?
それを考えると……イエリスさんの読みはそれほど外れてはいないのではないかと思う。
「魔神王が残した呪いは、時と世界の理の牢獄で勇者の魂を摩耗させるというもの……数百年、数千年とかけて、じわじわと廻った孤独は己を滅びに導く最悪の毒となる……だから―――油断しないでね」
「……わかった」
イエリスさんの忠告に、僕は緩みかけた気を引き締めるのだった。
6章終了までは毎日更新していく予定です。