イエさんの来訪
それは早かったのか、遅かったのか……
サヨさんが『銀のゆりかご亭』で暮らし始めて5日目。
件の相手、『イエさん』が僕たちの前に姿を現した。
しかし―――
(あ、あの、ルドナ君……今、サヨさんを訪ねて女の人が来ているんだけど―――)
(あ、じゃあ、僕もそっちに―――)
(う、うん……い、急いで来てね……)
最初、彼女に対応したノアさんに、急いでくるように告げられる。
そして、その理由は簡単。
銀髪碧眼のその少女は、以前に一度だけ対面した事のある相手―――
「えっ……?」
「……なんで貴方がここにいるの……?」
「い、いや、それはこっちのセリフなんだけど……」
―――僕たちを襲った刺客のリーダーから魔神王の呪血宝珠を奪い去ったあの少女であったからだ。
それは思いもしない再会だった。
だが、それは相手にとっても同じであったようで―――
「……これは……トリーシャの悪だくみ……?」
「は……?トリーシャさん……?」
「……違う……?違うなら……偶然……?」
銀髪の少女は表情こそ変わらないが、微妙に首を傾げていた。
しかも、なにやら気になることも告げている。
とはいえ―――
「イ、イエさん……」
「あ、サヨ……そうだ、今はサヨを優先……」
彼女がここを訪れた目的はサヨさんである。
その当人が姿を見せたことで意識が切り替わったのか、彼女はサヨさんにとてとてと近づき、穏やかに話しかける。
「……心配したよ、サヨ。無事で良かった……」
「え?あ、ご、ごめんなさい……」
「……ウウン、サヨが無事ならいいの……でも、あまり心配させないで……あなたがいなくなってから、ずっと探していたんだよ……」
「……そ、それも……ごめんなさい……」
「……ううん……サヨが謝ることじゃない……きっと、私が嫌なことをしたんだよね……?だからサヨは出て行ったんだよね……?ゴメンね、サヨ……」
「うっ……」
「謝るから……許してくれないかな……?サヨが嫌がることはもうしないから……戻ってきてくれないかな……?」
「そ、それは―――」
しかし、彼女の言葉はサヨさんの気持ちを理解したものではない。
故に―――
「ご、ごめんなさい!わ、私、もう、こ、この人と付き合っているんです!」
サヨさんは僕の腕を取り、そう宣言した。
「だ、だから、イエさんとは付き合えないんです!」
そう、それは最初の予定どおりの行動であった。
だが―――
「……え……?」
「………」
「……付き合っている……?」
「……は、はい……」
「……ホントに……?」
「ほ、ほんとです……」
ぎゅっと抱き着き身体を寄せるサヨさんに、銀髪の少女はいぶかし気な目を向ける。
そして、その視線をそのまま僕の方にスライドさせる。
「……本当なの……?」
「……え……ええ、まあ……」
現状のマズイ流れを感じ取っている僕としては非常に頷きづらいのだが、サヨさんの手前頷かないわけにもいかない。
「……ふ~ん……そうなんだ……」
ジト目を向ける銀髪少女が呟く。
その言葉には納得したというニュアンスは微塵もない。
だが、それでも彼女はそれを認めた。
「……わかったわ……サヨはそのコと付き合っているのね……」
「う、うん……」
「そう……それなら―――」
その理由は……
「それなら―――私とも付き合いましょう……」
「……え?」
「……え……?」
「私とサヨとそのコの三人で付き合えば、問題は解決するでしょう?」
「……え?」
「……え……?」
「「ええええええ~~~~~~~~~っ!」」
銀髪少女はとんでもない力技で事態の打開を図った。
そして―――それを回避する手段が僕たちにはなかった。
◆◆◆
(か、完全にやられた……)
イエさんの爆弾発言の後、僕とサヨさんは同じテーブルで二人並んで突っ伏していた。
「ううっ……な、なんで断ってくれなかったんですかぁ……」
「いや、一応、断りましたよ。でも、あんなふうに言われるとどうしようもないというか……明確に拒否する理由がない以上、ある程度は認めるしかないですし……」
「そこはもう彼女がいるからと突っぱねれば―――」
「何人も彼女がいる僕が言っても説得力がないですよ。そもそもこの国―――この世界だと、一夫多妻も普通に認められていますし……」
「う~っ……これだから異世界は……」
「それに、イエさん―――イエリスさんですが……多分、僕たちの事を知っていますよ……」
「え……?知っているって……?」
「前にちょっとした事件があって、一度だけ顔を合わせたことがあるんです。直接話をしたわけではないんで、名前も知りませんでしたけどね。でも、向こうがそうであるとは限らないじゃないですか」
「それじゃあ……?」
「こっちのウソに気づいて、それを利用しようとしているんじゃないかと……僕に大勢の彼女がいると知っていれば、イエリスさんの申し出は簡単には断れないわけですし……サヨさんも今更嘘とは言い出しづらい……ですよね?」
「そ、それは―――」
イエリスさんをなるだけ傷つけたくないという想いから、偽の恋人をたてたサヨさんである。
今更嘘でしたとは中々言い辛い。
それが出来るくらいなら、こんな事になる前に話は終わっていただろう。
だとすると―――
「とりあえず、このまま少し様子を見るしかないですね……」
「そんなぁ……」
結局、無難な選択をとるしかないというのが現状であった。
今回のもう1人のヒロインも登場。
6章終了までは毎日更新していく予定です。