サヨ=クリュウの秘密
サヨさんの彼氏のフリをする。
そんな依頼を受けた僕であるが、特段何かをするという事はなかった。
「見せる相手もいないのに、無理して恋人のフリをする必要はないわよね」
「というか、そのイエさんでしたか?その人がこの街に来るかもわかりませんよね?」
「まあ、そうだよね……」
「『銀のゆりかご亭』に住み込みで働くのなら、常に誰かの目はあると思いますし、ルドナちゃんが特別何かをしなくても問題ないと思いますよ?」
「まあ、それを言うと、もしもの時はサヨさんの代理として話をさせてもらう事にして、あとは普通に護衛依頼で良かったんじゃないかって話になるんだけど―――」
「うぐっ……そ、そうだね……」
サクヤやミントの言うとおり、今の段階で殊更彼氏アピールをする必要がなかったからである。
いや、まあ、それ以前の話として、彼氏のフリをする必要がそもそもあったのかという話もあるのだが……
ただ、これに関してはサヨさんの意向というのが大きい。
「あ、すいません。それは私の方からお願いした話なんです」
「あ、うん、それは聞いているけど……出来るだけ穏便に断りたいって事でしょ?でも、降って湧いたような彼氏で、その人は諦めてくれるの?」
「それは……で、でも、なんとか諦めてもらうしか―――」
「相手は恩人とか言っていたわよね?だから、傷つけたくないと。でも、それならなおさら、きちんと自分の気持ちを伝えるべきなんじゃないのかしら?」
「……はい……それはそうなのですが……でも、私も一応、気持ちを伝えたんです。それでもイエさんにはわかってもらえなくて―――」
「まあ、伝えた上でわかってもらえないというのなら仕方がないけど―――」
「―――女のコと付き合うとか考えた事もないし、男の人と付き合っているところをみせれば、イエさんもわかってくれるかもしれないと考えたんです……」
「―――はい?」
「……え……?」
「……女のコ……?」
「あれ?私、言っていませんでしたか?イエさんは女のコですよ?」
「………」
「あ~……あれだ。サヨさんはイエさんってコに、女のコとは付き合えないって言ったんだね。でも、それでもイエさんは諦めてくれないから、今度は男のコと付き合っているところを見てもらおうって考えたんだ」
「は、はい……」
「な、なるほど。そ、そういう理由だったのね……」
「そ、それなら……仕方ない……のかな?」
「ええと……ごめん。そういえば、相手の人の詳しい話とか、まだ聞いていなかったよ……」
―――まあ、その理由に関しては、今しがた判明したわけであるが……
これは僕のミスである。
ギルドで受けた依頼ならばともかく、今回のような直接持ち込まれた依頼の場合、詳しい依頼内容の確認(場合によっては裏取り)なども依頼を引き受けた者の責務となる。
もっともそのあたりが今回はちょっと微妙で―――
「ええと、そのイエさんって人の事、もう少し詳しく聞いても……?」
「は、はい。とはいえ、私もそこまで詳しくは知らなくて……」
「え?でも……困っていたサヨさんを助けた人で、いろいろお世話になった人……なんですよね?」
「あ、それは……じ、実は……道端で行き倒れていた私を助けてくれた人でして……出会ってからそれほど日がたってないんです……い、今から一週間ぐらい前です……」
「ああ、そうなんですか」
「いや、ちょっと待って。今、道端で倒れていたっていったけど、そもそも何でそんな事に……?」
「そ、それは……わ、私にも……わからなくて……イ、イエさんは記憶喪失じゃないかと―――」
「………」
「あ~……だから、いろいろとお世話になったわけですね」
「は、はい。その……イエさんは多分、冒険者という人で……いろんなところを旅していたみたいです。それで、私を近くの街まで連れて行ってくれたのですが……そこで、イエさんから告白されてしまいまして……イエさんがいい人だというのはわかっていたんですが、それでも、その……だ、だから、一緒にいられないと、その街から逃げ出して……適当な乗り合い馬車に乗ったら、この街に来てしまって……」
「なるほどね。それじゃあ、その人の事をよく知らなくてもムリもないわね」
「す、すいません……」
サヨさんから語られた事情を考慮すると、詳しい話が出来なかったのも致し方なし。
ただ……
(ねえ、るーはどう思う……?)
(う~ん。何かを隠している感じはするよね。とはいえ、全部が全部、嘘というわけでもなさそうだけど……)
(確かにそんな感じね。まあ、なにか事情があるのかもしれないし、昨日あったばかりの私たちを信じろという方が無茶なのかもしれないわね)
僕とサクヤの勘では、サヨさんは何かを隠している。
とはいえ、それがどんな秘密なのかまでは流石にわからない。
しかし、それもあくまでこの時は―――という話。
サヨさんの秘密は思いがけない事から、わりとあっさり発覚する。
それというのも―――
「ねぇねぇ、サヨはその服、どこで手に入れたの?」
きっかけはニーズが漏らしたそんな何気ない一言。
その日のサヨさんは、最初『銀のゆりかご亭』を訪れた時に着ていた見慣れない服を着ていたのだが……
「その服、『チキュウ』の服だよね?」
「え……ニ、ニーズちゃん、なんでそれを……?い、いや、それよりも、い、今、『チキュウ』って言った?『チキュウ』って言ったよね?ニーズちゃんは『チキュウ』の事を知っているの?」
「うん、知っているけど?」
「え?なんで?どうして?こ、ここは異世界じゃないの?なんで普通に『チキュウ』の事を知っているの?」
ニーズの口から『チキュウ』という単語を聞いたサヨさんは盛大に取り乱し、その結果―――サヨさんが『チキュウ』より訪れた『来訪者』であることが発覚した。
「あ、あの、今まで黙っていて、すいません。実は私、『チキュウ』というところで生まれた人間で、この世界に飛ばされてきた……来訪者?……とかいう存在らしいのです……」
「あぁ、来訪者だったんですね……」
「すみません。イエさんに来訪者である事は秘密にしておいた方がいいと言われていたもので……その……異世界の品物は高額で取引されるから、そうと知られたら盗賊とかに狙われるかも、と……」
「まあ、間違ってはいないわね。それじゃあ、記憶喪失というのも?」
「そ、そちらも同じです。こっちの世界の事はよくわからないですし、それなら記憶喪失にしておいた方がいいと言われて……何故かわかりませんが、言葉はそのままでも通じるようですし、文字も普通に読み書きできるようになっていたので、それで十分誤魔化せるって……」
サヨさんが落ち着いたところで、改めて事情を聞く。
そして、そこで判明したのだが……
「やっぱりそうだったんだね」
「え?やっぱり?」
「いや、私もニーズちゃんと同じで、サヨさんから異世界の力を感じ取ってはいたんだよ。でも、異世界の服を着ているというだけなら、そういう事もあるのかなぁと……」
実はリサもニーズと同じ様に、サヨさんの服が異世界の―――『チキュウ』のものではないかと疑っていたらしい。ただし、そこまで確信があったわけでもないとの事。
「それに『チキュウ』系の異世界のモノって、見分けるのが難しいんだよね。マナの成り立ちが違うからよく見るとわかるって感じで、エネルギーの量はたいしたことない場合がほとんどだし……むしろ、よくニーズちゃんが気付いたねって話で―――」
「『チキュウ』のものは、なんかこう、ピカピカ~って感じなんだぞ」
「ピカピカ~、ですか……?」
「それは、あの杖みたいな感じに……?」
「あれはピカピカって光るけど、『すまほ』とかのピカピカ~とは違うのだ。もっとこう、全体的にキラキラ~って感じで、夜のお星さまみたいにいっぱいいっぱい光っているのだ」
「……?」
「ええと……?」
「ニーズちゃんはマナの構成を人とは違う感覚で見ているんだと思うよ。その感覚がどんなものかはわからないから、私たちでは想像するのが難しいけど……」
「リサでもわからないの?」
「そうだね。ニーズちゃんに教えてもらって、練習すればわかるようになるかもだけど……要は魔法による解析なんかと同じだよ。ニーズちゃんのオリジナルの魔法をいきなり使えって言われても、普通は出来ないでしょ?」
「ああ、なるほど」
そういった理由から、リサはニーズが指摘するまで確信が持てなかったらしい。
いや、まあ、それがそこまで重要な事なのかと問われると、別にそうでもないのだが……
ただ、それを言うと―――
「それで話を戻すけど……来訪者であることを隠すために記憶喪失を装っていただけで、それ以外―――イエさんという女のコに迫られて困っているというのは本当なのね?」
「はい……」
―――サヨさんが来訪者だとわかったところで、やることは特に変わらない。
章タイトルでネタバレしている秘密です(笑)
6章終了までは毎日更新していく予定です。