持込依頼
エドの言う通り、カウンターの前には見慣れない服装の金髪少女が少々困り顔で立っていた。
「すいません、お待たせしました」
「え?あ、お店の人ですか?」
「……まあ、そんなところです。それで、本日のご用件は―――」
僕はそんな彼女に声をかけ、話を聞く。
「あの、ここに勇者……様がいると聞いて来たんだけど……依頼とかも出来るんですよね?」
「あ、持込依頼ですね。ですが、すいません。今、カズキ君たちは冒険に出ていまして、帰ってくるのは二日後の予定なんですよ。もちろん依頼書を預かることは出来ますが……お急ぎの仕事でしょうか?」
「あ、そうなんだ……」
「よろしければ、詳しい話をお聞かせ願えませんか?何か力になれるかもしれませんし……」
「ええと……その……お願いします―――」
聞き出した話をまとめるとだいたい以下の通り。
まず、彼女についてだが―――名前はサヨ=クリュウ。年齢は17歳。昨日、この街にやってきたばかりで、今は宿屋暮らし。
そして、肝心の依頼の方はというと―――『交際を迫ってくる相手をなんとか穏便に断りたい』というものである。
ただ、少しばかり厄介なところもあるようで……
「ええと、その依頼をカズキ君に……?」
「え?ダメですか……?」
「いえ、ダメというわけではないのですが……それでしたらカズキ君―――勇者を指名する必要はないような……」
「あ、それは……イエさん、無茶苦茶強い人なので、普通の人にはまず止められないと思うんです。ですから、噂に聞く勇者様ならあるいはと―――」
「ああ、なるほど。そういうことですか。では、もうひとつ質問ですが……穏便に断りたいという理由は?」
「それは……私の恩人だからです。困っていた私を助けてくれて、いろいろとお世話してもらった相手なので……感謝はしているんです……でも―――」
「……お付き合いはできないと……」
「ハイ……」
単純にしつこく付き纏ってくる相手を撃退すればよい、という話ではないらしい。
それに、サヨさんの依頼を正確に言うと―――『交際を迫ってくる相手を穏便に断るために、暫くの間、彼氏のふりをしてもらう』というものだった。
なので―――
「ですから、噂の勇者様に恋人のふりをしてもらって、イエさんに諦めてもらおうと―――」
「あ~。それはダメだと思いますよ」
「え?ダメですか……?」
「カズキ君にはリーヴァちゃんという恋人がいますし、たとえフリでも、絶対に受けてはくれないと思います。それに……カズキ君はまだ13歳の子供ですよ?それで、相手は納得してくれますか?」
「え?そうなんですか?」
「昨日、この街に来たという事ですし、やはり知らなかったのですね」
「は、はい……宿の人に聞いただけだったので……」
「う~ん……」
単に話し合いの場に付き添うだけならカズキ君でも良かったのかもしれない。だが、『暫くの間、彼氏のふりをしてもらう』となると、この依頼を受けるのは難しくなる。
というか、以前の騒動に関わった者として、あの二人の間に余計な揉め事の種火は近づけさせたくない。ものすごく面倒な事になるのがわかりきっている以上、それを避けようとするのは当然の判断なのだ。
「ええと……そういう事なら、僕がこの依頼を受けようか……?」
「え?」
「これでもカズキ君と同じCランクの冒険者だし、そこそこ腕は立つ方だと思うよ。それに、乗りかかった船というか、話を聞いた以上、放り出すようなこともしたくないしね」
「で、でも……」
「あと、この依頼はちょっと他所に回しにくいというか……よほど信頼できる相手じゃないと頼みづらいでしょ?ふりとはいえ、恋人の真似事をしなくちゃいけないわけだし……まあ、サヨさんが僕を信頼してくれるかどうかはわからないけどね」
「あっ……」
「気休めかもしれないけど、僕には彼女もいるし、弱みに付け込むようなマネはしないから……どうかな?」
「………」
僕の言葉を受けて、サヨさんは暫し考え込む。
だが、彼女にはあまりにも選択肢がない。
ちょっと話を聞いただけの勇者に、こんな依頼を持ち込もうと考えたのは、他に頼れる人がいないから。頼れる人がいれば、そちらに頼んでいただろう。
だから―――
「はい。お願いします……」
サヨさんはそう言って、頭をペコリと下げた。
◆◆◆
「―――なるほど、それで勝手に依頼を受けたと……」
「ごめんなさい……」
「まあ、事情が事情だから仕方がないけど、一言ぐらい相談して欲しかったわね」
「はい、すみませんでした……」
僕は腕組みするサクヤの前で土下座をかます。
「あの……」
「あ、サヨさんは気にしなくてもいいよ~。わりといつものことだから」
「そうですね。あ、でも一つだけ忠告を。ルドナちゃん、あんな顔していますけど、かなりの女好きですから、そこは注意してくださいね」
「まあ、そうでないなら、何人も彼女がいたりしないよね~」
「ハ、ハイ……」
その横ではリサやミントがサヨさんと話をしていたが、誰も助け船は出してくれない。
まあ、僕の自業自得なので仕方がないことなのだが……
僕が依頼を受けた事で、サヨさんは『銀のゆりかご亭』に宿をかえていた。
恋人のふりをするのなら、その方がいいだろうという判断である。
ただ、それだけが理由ではなく―――サヨさんは『銀のゆりかご亭』でアルバイトをすることが決まった。
というのも……イエさんという件の相手から逃げるため、たまたまこの街にやって来たサヨさんは、当然のように無職であった。
一応、それなりの蓄えはあったらしく、今すぐお金に困るようなことはないとの事であったが、収入が0という状況はなにかと落ち着かないものであるし、働くことは悪いことではない。
『銀のゆりかご亭』としても人手は欲しいところであったし、ほとんど即決に近い形で採用された。
いや、まあ、そういう事情はともかくとして……
サヨさんが『銀のゆりかご亭』に来たということは―――僕の『彼女たち』もきちんと紹介しないといけないわけで……
「にーだぞ、よろしくな!」
「えっ、えっと……」
「ネインです。見た目は子供ですが、これでもちゃんとした大人ですよ」
「あ、はい……」
「フフッ、エドですわ。仲良くしてくださいね」
「……一体、何人いるんです……?」
サヨさんがジト目をこちらに向けていたが、そこはなんとかスルーした。
新ヒロイン登場です。
6章終了までは毎日更新していく予定です。