邪な夢
「あれ?ここは……?」
僕は気がつくと、見覚えのない場所に立っていた。
とはいえ、特に慌てたりはしない。
「ん?この感じだと、今日はミントの妄想の方かな?」
『夢』の中で何度も逢瀬を重ねてきた僕は、夢や妄想の世界に捕らわれた時の独特な感覚を朧気ながら感じ取れるようになっていた。
だから、いつもの事だと判断し、そこまで深く考えていなかったのだが……
ただ、ほんの少し、頭の片隅で微かな違和感も抱いていた。
その原因はこの場所にある。
見た感じ、白いもやの立ち込める森の中のようであるが、微妙におかしいと言うか、安っぽいというか……サクヤの『夢』にしても、ミントの『妄想』にしても、フィールドの再現率がいつもより低い気がしたのである。
もっとも、根幹となるのが『夢(もしくは妄想)』であるので、そういう事もないわけではない。
だから、特には気にしない。
森の中をしばらく進むと、木で出来た小さな家があった。
「……誰かいるの……?」
僕はたいした迷いもなく、家の中に足を進める。
この時点の僕は、ここをミントの『妄想』の世界だと思っていたので、また妙なシチュエーションで、おかしな妄想でもしているのだろうと考えていた。
だが―――
「るーっ!!」
飛びついてきたのはニーズだった。
「え?ニーズ……?」
思いもしない相手の登場に、僕は当然のように戸惑う。
「ニーズがなんでここに……?」
だが、ニーズはそんな僕の戸惑いを他所に、
「にーは、るーのお嫁さんになるぞっ!」
一方的にそう宣言した。
「ハイ……?」
「にーは、るーの事が好きなのだ!だから、るーのお嫁さんになることに決めたのだ!」
「い……いや、決めたって……」
「るーは、にーの事が嫌いなのか?」
「い、いや、そんなことはないけど、そういうことじゃなくて―――」
「嫌いじゃないなら、OKだなっ!」
「いやいや!そうはならないでしょ!?というか、いくらなんでも強引すぎると―――」
抱き着く―――というよりは、もはや押し倒さんとするニーズに対し、それをなんとか押しとどめようとする僕であるが……
「あはは。やっぱりこうなったか~」
「……リサ?それにネインも……?」
「あ、あぅ……るー様、ごめんなさい……」
そこに現れたのはリサとネインの二人。
「ええと、これはどういう事?」
僕は当然のように二人に視線をむけ、事情を問いただす。
しかし―――
「どうもこうも見たままだよ~。ニーズちゃんはるー君の事が好きなんだって。だから、自分もるー君のお嫁さんになるって決めたらしくて―――」
「い、いや、それはさっきも聞いたけど……」
「だから、後はるー君次第でしょ。もっとも、答えはもう出ているようなものだけどね~」
「え……?それはどういう……?」
「ここはニーズちゃんが作り出した『夢』の世界で、るー君の精神はその『夢』の中に捕らわれているんだよ。だから、るー君が本気で抵抗すれば、いつでもここから逃げ出せるはずでしょ?」
「あっ……」
精神操作系の魔法はエネルギーの効率が悪く、よほど格下の相手か、そもそも抵抗する気がない相手でもないと、まともに効果を発揮しない。サクヤやミントの精神干渉も相手が抵抗しないから有効に働くわけで―――それはニーズの作り出した『邪な夢』も同じ。
「るーが嫌じゃないなら、にーはるーのお嫁さんになるのだ!」
リサの言葉にわずかばかり力が緩んだ隙を突き、ニーズが僕を押し倒し、顔を一気に近づける。
「ちゅ~~~っ」
「………」
ニーズの口づけを受けながら……僕は観念する。
いや、まあ、いろいろと問題はあるのだろうが……少なくともニーズが本気であるというのは伝わって来たし、それを拒絶することも僕には出来そうにない。
『夢』という精神世界の出来事であるから、嘘や偽りは役に立たず、より強い『意志』が何よりも優先されるのだ。
まあ、だからこそ、問題もあって―――
「ええと……それで……こ、これからどうするの……?」
「うん?」
「そ、それは……」
「やだなあ、るー君。私たちのこの格好を見れば、そんなの聞くまでもないよね?」
「あ~……」
「……というか、るー君はこのまま我慢できるの?」
「……イエ、ムリです……」
「あはっ。るー君の正直者~」
ニーズの対応でいっぱいいっぱいだった為に、あえて触れていなかったが、今のニーズたちはものすごく扇情的な格好をしていたのだ。
男として、それらから目を背けることはできない。
ちなみに、三人の今の格好はというと―――
ニーズは白いフリフリのついたエプロンだけで、他は何も身につけていない。
リサは浴衣と呼ばれる異世界の衣装を身に纏っていたが、その浴衣は何故かスケスケで、服としての役割を完全に放棄している。
ネインもチャイナドレスと呼ばれる異世界の衣装を身に纏っていたが、こちらも同じようにスケスケで、本来、隠すべき場所が薄布越しに見えてしまっている。
ウン、まあ、あれだ……こんな格好の女のコに迫られて、自重できるほど、僕は人間が出来ていないのだ。
だから、その後の展開など言うまでもない。
「ちょっと、リサ。何、抜け駆けしているのよ」
「あ、ニーズちゃん……ということは、やはりここはニーズちゃんの『夢』の世界ですか……」
遅れてサクヤやミントもやって来たが、それもいつも通りと言えばいつも通り。
「はぅっ……み、皆、なんて格好をしているんですか……」
「いや、そんな紐同然の水着を着たノアさんが言うセリフじゃないわよね?」
いや、いつも以上というのが正しいか……
「こんばんは~、リサ様に呼ばれてやってきましたよ~」
「お邪魔します」
「なんだ、もう始まっているじゃない」
「わぁ、なんだかすごい人数だけど……」
「うわっ、また増えたっス!」
「人化出来ない私たちはただでさえ不利なのに……」
「ほ、本当に全員呼んだんですね、リサ様……」
神化していない精霊たちに加え、『ナイト・ガーデン』のアルラウネ四姉妹まで参加したので、その日の『夢』は前日のそれよりも遥かに滅茶苦茶だった。
ただ―――
「ニーズちゃんは皆一緒が好きだからね~」
「ウン!その方が楽しいもん!」
笑顔で答えるニーズには誰もかなわないのだ。
本編では触れていませんが、ニーズの『邪な夢』はリサのサポートが前提の能力です。ニーズ単独では使用できません。『神化』すれば単独でも使用できるようになりますが、ニーズの『神化』はかなり先の予定(というか、『世界渡り』の前はさせないつもり)なので、作中で出るかどうかは微妙。
筆者としては一応、『世界渡り』後の展開も考えてないわけではないのですが、当面の目標は『世界渡り』まで書ききる事なので、まずはそこまでたどり着いてからですね。
5章が終わるまでは毎日投稿していく予定です。