物々交換
僕たちが夕食を終えてホテルに戻ってくると、ロビーで待ち構えていたトリーシャさんが声をかけてきた。
もちろんその目的は、昼間、ニーズが見つけてきた『異世界の漂流物』である。
「ひょっとしたらとは思っていましたけど、まさか、その日のうちにやって来るとは思いもしませんでしたよ。というか、どこから情報が流れたんです?」
「そうですね。ルドナさんたちであれば、話しても構わないでしょう。既にお聞きになっているかもしれませんが、私は『来訪者』―――この世界群の外から来た者です。ですから……というものでもありませんが、私には世界の壁を越えたり、異世界からやって来たものを見つけたりする力があるのです。もちろん限度はありますけどね」
「つまり、『異世界の漂流物』を探し出す力があると……?」
「はい。ですが、私の能力は広域調査の方に主眼を置いていまして、細かい場所の特定にはあまり向かないのです。特に今回のような『次元の狭間』―――位相のずれた空間で留まっている場合だと、おおよその場所しか掴めません。時間の経過などで通常の空間に出てきてくれれば、まだ探しようがあるのですが……」
「ああ、なるほど」
そんなわけで、僕たちはホテルのカフェで話し合うこととなったのだが―――
テーブルにつくのは、僕・リサ・ニーズ・ネインとトリーシャさんというメンツ。
いつもであれば、こういう交渉事はサクヤの仕事なのだが、今回はお休み。
今回、トリーシャさんが交渉に来た相手はニーズであり、そのニーズがサクヤの同席を渋ったからである。
サクヤは昼間、ニーズを子供扱いしていたので、その影響だろう。
まあ、明確に拒絶していたわけでもないし、単純にニーズの懐いているメンバーが選ばれただけなのかもしれないが……
「それで―――これはやはり『異世界の漂流物』なんですか?」
「はい。これは『すまほ』という道具ですね」
「どういう代物なんですか?」
「そうですね。簡単に言うと、魔力を使わない『通信用のクリスタル』というところでしょうか。まあ、他にもいろいろと機能はありますが……」
「トリーシャさんはこれが欲しいということですね?」
「はい。譲ってもらえるというのであれば、それ相応のお値段で買い取らせてもらいますわ。もちろん、謝礼の方もご用意させてもらいます」
「ということだけど……どうする?」
「う~……」
僕がニーズの方に顔を向けて尋ねると、ニーズは眉間にしわを寄せて短く唸る。
『すまほ』を見つけてきたのはニーズであるし、僕たちとしてはニーズの判断に任せるしかないのだが―――当の本人もどうすればいいのか判断がつかないのだろう。
だから、交渉は少し難航するのだが……
「まず、先に言わせてもらいますが、その『すまほ』は今のままでは何の役に立ちませんわ。『すまほ』を動かす為には電気が必要になるのですが、単純に電気を流せばいいというものではなく、それにあわせた調整が必要になります。また、通話する為には、相手も同種の通信アイテムを持っていなければいけませんし、そもそも通信する為の専用の施設が必要となります」
「きちんと動かす為には、研究して、改良しないとダメって事ですよね?でも―――」
「ニーズちゃんは『すまほ』のピカピカなところが気に入ったみたいだから、動くとか動かないとかは、あんまり関係がないんだよね」
「……ですよね……」
「……るー……これ、渡さないとダメ?」
「う、う~ん。トリーシャさんが探していたものだから、出来れば譲ってあげて欲しいけど、トリーシャさんのものというわけでもないからなぁ……」
「それはニーズさんが手に入れたものですし、私が求めるのはあくまで『取引』ですわ。ニーズさんが納得した上で、お譲りいただけないのであれば、意味がありませんの。そこで無理をしてもつまらない揉め事を増やすだけですしね。ただ、金銭での交渉は難しそうですし―――それなら、私の持つ他の品々と交換というのはどうでしょう?」
「うん?」
「私は仕事柄、珍しい物を沢山持っています。その中からいくつかをお見せしますので、ニーズさんの気にいる品物があれば、それと交換してもらうのです。もちろん、ニーズさんのお目に叶わないようであれば、無理に交換してもらわなくても大丈夫です。ニーズさんが『すまほ』をお持ちなのはわかっていますし、日と品を改めて、再度交渉させてもらいますから」
「……という事だけど、どうかな?」
「ウン、面白そうっ!」
トリーシャさんが物々交換を提示したことで、交渉は一段進む。
だが、話が進んだ事で、僕はお役御免となった。
というのも―――
「私が現在提示できる品々は衣服や装飾品がメインとなりますので、男性のルドナ君には席を外してもらった方がいいかもしれませんね」
「ああ、うん。僕は部屋に戻っているね」
『すまほ』と交換する品物を選ぶために、リサたちの宿泊している部屋で、即席の展示会が行われる事となったのだが、そのメインとなるのは衣服や装飾品―――つまり、着替えをする可能性もあるという事で、僕は辞退させてもらったのだ。
◆◆◆
リサたちの宿泊している部屋で、急遽行われる事になった即席の展示会。
それは思った以上に時間のかかるものとなった。
だが、それは悪い事ではない。
交渉としてみれば難航したといえるのかもしれないが、品定めの場としては盛り上がった結果であるからだ。
いや、もちろん最初は、そこまで盛り上がってはいなかったのだが―――
「それではニーズさん。とりあえず何かしらのご要望はありますか?」
「うん?ごよーぼーって?」
「先ほども言いましたが、今、私がご用意できるアイテムは、服や装飾品がメインになります。ですが、それ以外のアイテムというのもいくつかありまして。ニーズさんが何か欲しいものがあれば、そちらを先に紹介させてもらおうかと思ったのですが……」
「服以外にもいろいろあるの?」
「はい。異世界の本を翻訳したものや、こちらでも使えるように改良した道具、珍しい玩具……とかですね。そちらの方にも興味があるようでしたら、そちらも一緒にお見せしますが……それでよろしいですか?」
「うん!」
ニーズの答えを受けて、トリーシャさんが魔法空間から大きめのカバンを取り出す。
そのカバンはAランクの『異空間収納装置』であり、トリーシャさんが手を入れるたびに、様々な品物が現れる。
「お~」
「私としてはそのカバンが欲しいかも……」
「すみませんが、それはちょっとご遠慮願います。このカバンと交換となると、中身を全部、手運びしなくてはならなくなりますし……」
「あはは。それは大変そうだね。でも、交換自体はいいんだ。そのカバンも結構高そうだけど、『すまほ』って、そんなに価値があるものなの?」
「ええ、そうですね。何しろ、本来、この世界にはないものですから」
「でも、この世界では使えないものなんだよね?」
「それも間違いではありませんが、そういった品々を使えるものにして、世に送り出すのが私の仕事ですし……この手のものの価値は一概に決められませんからね。育てるのが難しいお金を生み出す木の種に一体いくらの値をつけるか?ということですし……だからこそ、双方共に納得したうえで取引を終えないと、後で余計な揉め事を生み出してしまうのですよ」
「なるほど~」
リサとそんな会話をしながら、いくつかの品物を並べるトリーシャさん。
本人が口にしていたとおり、衣服の類が多めであるが、それ以外の品物もそれなりにある。
ただ、ニーズの琴線に触れるものはなかなか見つからない。
いや、興味を引くものがないわけではないのだが、微妙に決め手にかけるとかいうか、なかなか『コレ』というものが現れない。
「う~ん……」
「あまりお眼鏡に叶う品物はないようですね。もう少し反応がよろしければ、複数の品と交換という形で手をうってもらうこともできるのですが……」
「このピカピカ光る杖はちょっと欲しいけど……」
「玩具の杖ですね。それでしたら、こちらの衣装もどうですか?もともとこれらは『なりきり魔法少女セット』として売り出す事を考えていた商品でして―――」
「う~っ……ヒラヒラの服は可愛いけど、動きづらいからあんまり好きじゃないのだ。しっぽとか自由に動かせないし」
「ああ、なるほど。サイズ調整を含めたそのあたりの加工はこちらで行うこともできますが、最初からそれ用に作られたものの方が着こなし易いのは間違いないですしね。そうでしたら、こちらの―――」
ニーズも別に値を吊り上げようとしているわけではない。
むしろ、そういう考えとは逆で、ニーズの物欲のなさが交渉を難しくしているのだ。
ただ、トリーシャさんも商売人。そういう顧客の扱いも心得ている。
もっとも、そのきっかけを生み出したのは、ニーズやリサと一緒に品物を見せてもらっていたネインであったが……
「あの、すいませんが、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう」
「ええと……このエプロンなんですが、何か特別なものなのですか?」
ネインが手にしていたのは普通の可愛らしいエプロンである。
だが、普通であるからこそ、ネインは疑問に思ったのだろう。
「あっ、いえ、それは……普通のエプロンですよ」
「え?」
「いや、一応、油跳ねなどを防ぐ簡単な防御魔法が施されているので、魔法の道具というのは確かなのですが……普通に市販されている品物とそこまで大きな違いはありません」
「あ、そ、そうなのですか。でも、それだと、これと交換するのは―――」
「ハイ、普通に考えれば損となりますね。ただ、それも本来はセット品でして……『男性をその気にさせる百の方法』という異世界のマニュアル本が付属されるのです」
「……え……?」
「……男性をその気にさせる……?」
「うん?」
「ええと、少々はしたない話になりますが……異世界には『裸エプロン』―――裸の上にエプロンだけを身につけた状態で、男性を誘うというやり方があるらしくですね。そのやり方を示したマニュアル本とセットであれば、普通に市販されているようなエプロンでも高値で売れるものですから……」
「………」
「………」
「うん?」
「え、ええと……そ、その本はこの中にあるのかな?」
「はい、御座いますが―――」
最初にソレに喰いついたのはリサ。
だが、ネインも興味津々の様子であったし、最初はよくわかっていなかったニーズも、それが何を意味するのか、わりとすぐに理解する。
そうなれば後は簡単。
相手が何に興味を示すのか理解した以上、そこをきっかけに相手の欲望を突くだけ。
最終的にニーズはいくつかのアイテムと『すまほ』を交換した。
ただし、表向きには無難な代物で―――
「それじゃあ、ニーズさん、お料理頑張ってくださいね」
「お~!頑張るぞ~!」
トリーシャを見送るニーズの手には一冊の本。
異世界の料理をこちらの世界の食材で再現するというレシピ本で、ニーズは他のいくつかのアイテム(ピカピカ光る玩具の杖など)と共に、それを選んでいた。
「なんか意外なチョイスだね」
「ニーズちゃんも女のコだし、そこまで意外ということもないんじゃないかな?」
「これでるーにも美味しいものを食べさせてやるぞ!」
「はは、それは楽しみだね」
ニーズが料理に興味を持ったのは意外ではあったが、美味しいものを食べるが好きなニーズであるし、理解できないというほどでもない。
ただ、その裏にトリーシャさんの『男は胃袋を捕まえるのが一番』というアドバイスがあったというのは、この時の僕には知らされていない事。
だからこそ、その後の展開も全く予想していなかったのだが―――
5章が終わるまでは毎日投稿していく予定です。