夢の中で
妙な感覚で目が覚めた。
「ん……?」
布団の中で自分以外の何かが動いている。
「なに……?」
「こんばんは、るー」
布団の中から顔を覗かせたのはサクヤだった。
「サクヤ……?どうしたの……?僕、眠いんだけど……」
「リサから聞いたわよ。訓練、大変だったみたいね」
「うん。だから、寝かせて欲しい―――」
「―――だから、頑張ったご褒美をあげようと思ってね」
頭の働いてない僕の身体を、サクヤが抱き寄せてくる。
「んぷっ」
僕の顔がサクヤの豊かな双丘に埋まる。
「えっ?サ、サクヤ?」
そのあたりでようやく事態を認識し始めた僕であるが……それは一時だけ。
「そんなに焦らないで。これはるーの夢なんだから」
「えっ?僕の……夢……?」
「そうよ。これは夢。本当の私がるーの部屋にいるはずないでしょう?」
「……そう……だよね……サクヤがここにいるはずがないもんね……」
サクヤの声が耳元で囁かれるたびに、僕の疑問は消えていく。
「なんだ……夢なのか……」
そう納得してしまうと、僕は一切の抵抗をやめた。
まあ、最初から抵抗してなかった気もするが……
「うふふっ。いいコ、いいコ。でも、るーって、そんないいコだったかしら?」
「ん~……?」
「ここはるーの夢の中で、私はるーの恋人なんだから……好きにしてくれてもいいのよ?」
「……僕の……好きに……?」
霞がかった頭にサクヤの声がゆっくりと浸透する。
「るーも男のコなんだし……したいよね?」
「うん……」
僕はその声に促されるまま頷き―――
「こら~っ!抜け駆けはダメだよ~!」
突如響いたのはリサの声。
いきなり現れたリサがそのまま僕の背中に抱き着く。
いや、現れたのはリサだけではない。
「あううっ、サクヤちゃん、何しているんですか……」
リサの後ろにはミントもいた。
「リサに……ミント……?」
「あら、もうバレたのね」
「うん……?バレた……?」
「それで……二人はどうするの?」
「ん~……?」
僕を抱きしめたまま、サクヤが二人に問いかけている。
それはわかるのだが……頭は相変わらず回らない。
「ど、どうするって、それはもちろん―――」
「一緒にする?」
「うん、一緒にする~!」
「えええっ!待って!ちょっと待って!リサちゃんはサクヤちゃんを止めに来たんでしょ?なんでサクヤちゃんの味方に―――」
「私はサクヤちゃんが抜け駆けするのを止めにきただけだよ?一緒にするなら問題ないよ?」
「うええ~~~っ!」
「というわけだけど……ミントはどうするの?このまま一人だけ帰る?」
「か、帰るに決まっているじゃないですか!もちろん、二人を連れて、ですけどね!」
「「え~」」
なにやらリサたちはもめているようであるが、不思議とそれも気にならない。
「……というか……ミントはこのまま何もナシで、帰れると思っているの?」
「はい?それはどういう―――」
「ここはるーの夢の中よ?るーがこの状況で帰してくれると思う?」
「……え゛……」
「私たちはるーの恋人なんだし、るーも当然、『そういう事をしたい』って思っているわよね?」
それまで靄のかかっていた頭の中に、その問いかけだけはしっかりと聞こえてきた。
だから―――
「うん……」
僕はコクンと頷く。
そして―――
「僕は……サクヤもリサもミントも好きだから……皆としたいって思っているよ……」
ベッドから立ち上がった僕は、ゆっくりとミントに近づく。
「ミントはイヤ……?」
「あ、あうぅっ……イ、イヤとか、そういう事ではなくて……い、いくら夢の中とはいえ、こういう事はダメだと―――」
「……ダメなの……?」
「ダ、ダメというか……い、今の私たちは精神生命体なんだから、夢とか関係なくて、むしろ、精神だけ飛ばしている今の方がいろいろと問題があるんじゃないかと―――」
「ミントがイヤじゃないなら、しちゃうね。僕、もう我慢できそうにないから……」
ミントの身体を抱き寄せて、強引に唇を奪う。
「好きだよ、ミント」
最初に告白した時はあまりきちんと伝えられなかったから、僕は改めて想いを伝える。
まあ、夢の中で告白するというのもどうかとは思うのだが……
「あ~、ミントちゃんだけずるい~!」
「もちろん、私にもしてくれるのよね?」
リサやサクヤからそんな声があがるが、それこそ望むところ。
ぽ~っとするミントの肩を抱きながらベッドに戻った僕は、リサやサクヤにもキスをして―――
ガバッ!
僕は布団を跳ねのける勢いで起き上がり、
「ゆ、夢か……」
思わずつぶやく。
そして―――もぞもぞとパンツを確認。
「セ、セーフ……」
特に問題のない事を確かめて、ほっと安堵する。
「まさか、あんな夢を見るなんて……やっぱり溜まっているのかな……」
目を覚ました事で、夢の内容は急速に薄れていく。
しかし、それでも大まかな内容はちゃんと覚えていた。
まあ、僕も若い男であるし、性欲というのは人並みにある。そういう夢を見たとしても仕方がない。
いくらアバン様でも夢の中までは文句をつけてこないと思うし、僕はそれ以上気にしない事にした。
気にしない事にしたのだが―――
「ね、ねえ、ミントはどうしたの?」
頃合いを見計らい森にやってきた僕は、出迎えてくれたミントの様子がおかしい事に困惑した。
「あ、あぅぅ……」
何しろ、僕の顔を見るなりうつむいてしまい、決して目を合わせようとしないのだ。
しかし―――様子がおかしいのはミントだけではない。
「あ~、うん、なんでだろうね~」
リサはいつものようにニコニコしているが、付き合いの長い僕は知っている。
感情表現がストレートなリサがこんなふうに思わせぶりな言い方をするのは、大抵、禄でもない事を考えている時なのだ。
そして―――
「なんか、おかしな夢でも見たんじゃない?」
「おかしな夢……?」
「るーと目を合わせられなくなるような恥ずかしい夢とかね」
サクヤの言葉はあまりに露骨であった。
故に、朝の夢を連想させるには十分。
(えっ、まさか……今朝、僕が見ていた夢を……ミントも見ていた?いや、そんな事、あるわけが―――)
とはいえ、あまりに突拍子な話に、一度はそれを否定しようとして……
(いや、待てよ。サクヤって、サキュバスの因子に目覚めたんだよね……)
(サキュバスって、確か、夢の中で男性を誘惑して、精を搾取するって伝承があったよね……)
(じゃあ、まさか……あれは夢であって夢ではない……?)
「お、おい、サクヤ……」
「ん?なぁに?」
頭をフル回転させてたどり着いた『仮説』を確かめるべく、僕はサクヤに声をかける。
だが、回転の止まらない頭脳が更に先を読む。
(いや、いや、いや!待て、待て、待て!も、もしも、これが『事実』なら……絶対にマズイぞ!アバン様やパーンさんになんて言い訳するんだよっ!昨日の今日だぞ!ないないない、流石にないっ!)
(そう、アレは夢!ただの夢!夢なんだから、問題ない!)
『今の私たちは精神生命体なんだから、夢とか関係なくて、むしろ、精神だけ飛ばしている今の方がいろいろと問題があるんじゃないかと―――』
―――なんていう夢の中のミントの言葉が頭の中で再生されたが、それもこの際、無視である。
なにしろ、この中で一番の危機にさらされているのが僕なのだ。
この話には金輪際一歩も踏み込まない事を心に誓い、僕は適当に話を誤魔化すことにした。
R15にチェック入れているし、夢なんだからOKだよね?
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。