夕食後のお散歩と意外な遭遇(本日二度目)
夕方まで海で遊んだ僕たちは、水着から普通の服に着替え、街の方に繰り出す。
『ジョイヨーク』は観光地として整備されているだけに、洗練されたおしゃれな街並みを見て歩くだけでも楽しい。
立地の関係で港町としてはそこまで発展はしなかったが、海沿いの街であることは変わりがなく、それらしい雰囲気があるというのもポイントが高い。僕たちの住むシーケの街が内陸だから、余計にそう感じるのかもしれないが……
街の散策をある程度終えたところで、サクヤが予約を入れておいたレストランで夕食。
新鮮な魚介を中心に組み立てられたコース料理は大変美味しく、僕たちの舌とお腹を十二分に満足させてくれた。
そして―――
「お~!お船だ~!!」
「これは魔導帆船だね。風の精霊と水の精霊の力を借りて動くから、普通の船よりスピードが出るんだよ」
「ネインなら、お船、動かせるの?」
「え?ど、どうでしょうか?多分、出来るとは思いますが―――」
「この船は僕たちのものじゃないからね。勝手に動かしたら怒られちゃうよ」
「そっか~、残念」
僕はニーズとネインの二人を連れて、夜の港を散策していた。
食後の腹ごなし―――というのは建前で、ニーズの機嫌をとるためだ。
とはいえ、特段、ニーズが不機嫌だったわけではない。
ただ、リサやネインから昼間のニーズの様子を聞かされた僕としては、ちゃんとフォローは入れておかないと……という感じ。そして、それはネインも同様。
人数が人数なので、ある程度は仕方がない部分もあるのだが、ネインにはニーズを任せた感じになっていたし、あまり相手を出来ていなかったように思うのだ。
しかしながら、僕に出来ることは少ない。
せっかくのバカンスなのだから、『皆』には出来るだけ楽しんでもらいたいと考えてはいるが―――そこで『誰か』を優先出来ない以上、どうしても場当たり的な対応になってしまう。
まあ、全部自分の蒔いた種なので、自業自得以外のなにものでもないわけだが……
そんなわけで、夜の港を一通り見て回った後、ホテルへ戻る。
だが、その帰り道で意外な人物とバッタリ出会う。
「あれ?ルドナ?」
「シン……?」
昼間にも似たような事があったが、今回の相手は男。
冒険者育成学校で同期だったシンである。
「こんばんは、シン。なんか珍しいところであったね」
「ああ……そう……だな……」
「その様子だとそっちは仕事かな?僕たちはバカンスで来ているんだけど―――」
「……そ、そうか、バカンスか……」
ただ、声をかけてきたシンは、どことなく様子がおかしかった。
もっとも、その理由はわりとすぐに判明する。
「あ、あの、ルドナ……話の前にちょっといいか?差しさわりなければ、まず、その二人の事を紹介してくれ」
「え?あ、そうか。シンは二人の事を知らなかったよね」
「あ、ああ……」
「こっちのコがニーズで、こっちがネインだよ」
「ニーズちゃんにネインちゃんね……それで、お前との関係は?」
「え?関係?」
「あ、いや、答えにくい事なら答えなくてもいいんだけど……そ、その……サクヤやミントは知っているのか?」
「え……?知っているって、何を……?」
「い、いや……お前が女好きだっていうのは十分わかっているけど……い、いつの間にロリに目覚めたんだ……?」
「……はい……?」
「え……?そのコら……お前の彼女じゃないのか……?」
「あ、いや、それは―――」
「―――じゃ、じゃあ……マジで隠し子とかっ!?」
「は、はいぃ!?」
シンの様子がおかしかった理由は簡単で、僕とニーズたちの関係がどんなものかわからず、混乱してしまったからだ。
同じ街で冒険者をしているので、シンとはそれなりに顔を合わせる事はあるのだが、お互い何かと忙しいので、顔を合わせても、軽い近況報告を交えて世間話をする程度。育成校に通っていた頃のように一緒に遊ぶという機会はすっかりなくなっていた。
つまり、良く知っているようで、最近の事はそこまで知らない。
そんなシンからすると、見た目幼女の二人と手をつないで歩く僕の姿がどう映るかという話で―――
「な、なんだ、誤解か。焦ったぜ、全く……」
「いや、隠し子とか、そんなことあるわけないでしょ。一体いくつの時のコだよ……」
「そ、そうなんだけど、お前ならあるいは……とな。いや、普通に考えればない事だけど……だから、最初は彼女なのかと思ったわけだし。ただ、そうすると今度は―――」
「―――シン、そこまでにしておいた方がいいよ。人を見た目で判断するのはよくないし」
「あっ。そ、そうだな……」
僕が懇切丁寧に説明したことで、シンの誤解はなんとか解けた。
というか……話してみて気が付いたのだが、シンが混乱したのも分からなくはない。
ニーズは僕たちが保護しているコだけど、ネインは僕の彼女なわけで……全部が全部、誤解というわけでもないのだ。
それに、ニーズの出自とか、一時神化の事とか、話せない事も結構多い。
まあ、そのあたりは上手く誤魔化しておいたが……
「それにしても、精霊が『人化』するとこんな感じになるのか……」
「……子供で悪かったですね……」
「す、すまない。さっきのは口が滑っただけだから、勘弁してくれ」
「む~……にーももう子供じゃないよ」
「ああ、悪かったって……」
子供扱いされたことにニーズもネインもひどくご立腹で、シンは二人にひたすら謝っていた。
シンも一応、ただの精霊であった頃のネインとは面識があったし、彼女が子供ではないという事が理解出来たのだろう。
なにしろ精霊に年齢を問う事がナンセンス。いや、精霊だけに限った話でなく、他種族の成長を人間の基準で測るというのが間違いなのだ。
だが、地上で圧倒的に数の多い人間に生まれると、この辺りの感覚が鈍くなりがち。今回のような『人化』している場合だとなおさらである。
まあ、見た目はどう見ても子供だからね……仕方がないね。
僕は間違っても口にしないけど。
それはそれとして、シンの方からも話を聞く。
シンの格好から仕事で来ているのは予測できたが、シンも僕たちと同じで、本来はシーケの街を活動拠点とする冒険者である。
「それで、シンはなんでここに?」
「ああ、俺たちは仕事だよ」
「でも、他の街まで遠征っていうのも珍しいね」
「クランで受けた仕事があって、俺たちにも声がかかったんだよ。なるだけ人手が欲しいみたいでな。今は別パーティーだけど、セインさんたちもこっちに来ているぜ」
「あ、そうなんだ」
だが、話を聞けばなんてことはない。
シンが所属しているクラン『夕闇の鷹』が、『ジョイヨーク』でそれなりに大きい仕事を受けたようで、クランメンバーの半数ほどがこちらに来ているらしい。
ただ、少し気になる部分もあって……
『夕闇の鷹』が受けた仕事というのが、『異世界から流れ着いた漂流物の回収』―――トリーシャさんが出した依頼のようなのだ。
だから、もう少し踏み込んだ話を聞いてみる。
「ええと、それって、トリーシャさんって人の依頼だよね?」
「ああ、そうだけど……なんだ、お前もやっぱりチェックしていたのか?」
「いや、チェックはしてなかったけど。偶々その人と知り合う機会があって―――」
「え?マジで?じゃあ、お前、あの人と親しかったりするのか?」
「いや、親しいというほどではないよ。知り合いの知り合いって感じで、少し話した程度だし……」
「そうなのか。それじゃあ、ちょっと難しいかな……」
「うん?何かあるの?」
「あ、いや―――」
シンはニーズたちにチラリと目を向けた後、耳を貸せというジェスチャーを行う。
二人には聞かれたくない話なのだろう。
「……お前、今回のクエスト、本当にチェックしてないんだな……」
「うん、そうだけど……」
「今回のクエストの報酬は……はっきり言ってしょぼい。俺たちのようなDランクの冒険者から見ても、小遣い稼ぎ程度で、別のクエストのついでに受けるかどうかって代物だ。だけど……ボーナスが破格なんだ」
「ボーナス?」
「もともとあるかないかもわからない『異世界の漂流物』だからな。価値のある物を見つけてくれば、それだけボーナスが貰えることになっている。物によっては、金ではなく、彼女の持つ希少なアイテムと交換というのもアリでな―――」
「ああ、物々交換もありなん―――」
「―――『でぃーてぃーきらー』だ……」
「……はい……?」
「今回の仕事で一番いいモノを見つけてきたパーティーには、あの『でぃーてぃーきらー』がボーナスとして渡されるんだ」
「……えっ……『でぃーてぃーきらー』って、あの『でぃーてぃーきらー』……?」
「ああ……既存のセーターの概念をぶっ壊したという、伝説のエロセーターだ……」
「………」
「だけどな、重要なのはそこじゃないんだ。『でぃーてぃーきらー』は伝説のエロアイテムだが、既に世に出たもの。数は少ないが量産もされているし、類似品も出回り始めている。だから、本当に重要なのは―――彼女は俺たちの知らない『異世界の漂流物』を……未だ世に出てないエロアイテム持っているかもしれないって事だ」
「―――っ!!」
シンの言葉に、僕は雷に打たれたような衝撃を受ける。
シンに言われるまで気が付かなかったが、一言で『異世界の漂流物』といってもイロイロとあるわけで……そういうアイテムも当然含まれる。
また、エロに直結しないアイテムでも、男にとって価値のあるものというのは沢山あるわけで―――
「最初、セインさんがこの仕事を取ってきた時は、皆、『なんでこんな依頼を受けたんだ』って非難轟々だったんだが……今回の依頼者がこの世界に『水着』を定着させたって話を聞いてからは、態度が180度変わったよ。彼女がいなければ、この世界には『水着』も『でぃーてぃーきらー』も生まれなかったかもしれないんだからな……」
「それは……」
「ここまで言えばお前もわかるだろ。報酬が欲しくないといえば嘘になるが、それは二の次なんだよ。『異世界の漂流物』……それ自体が『浪漫』の塊だからな」
「な、なるほど……」
シンの言葉に深く頷く僕。
あるかどうかもわからない品物を探すというのは、明らかに効率が悪い。そんな面倒な仕事を安い賃金で引き受ける者も当然いない。
だが、そこに『浪漫』があれば、冒険者は動く。
特に『スケベ』方面のものだと、男の冒険者には効果が絶大。
夢追い人といえば聞こえはいいが、基本、真面目に働けない社会不適応者の集まりだからね……冒険者って。普通に考えて女性にモテるわけがないし、結構な確率で女に飢えていたりする。
まあ、命がけの仕事なので、良くも悪くも刹那的な考え方になるし、あえて特定の彼女をつくらないという者もいないわけではないが……
「ところで……シンは彼女でも出来たの?」
「え?何でだ?」
「いや、『でぃーてぃーきらー』をもらっても、着せる相手がいないんじゃ意味が―――」
「そこはどうとでもなるだろ。お店のコにお願いするとか……」
「ま、まあ、そうだけど……」
「というか、自分の彼女に『でぃーてぃーきらー』を着て欲しいってお願いする方が、ハードルが高くないか?」
「……確かに……」
シンはタイプ的にあえて特定の彼女を作らない派。
憧れている先輩冒険者のセインさんが正にそのタイプ(しかも、基本モテる遊び人気質)なので、その影響が大きいのだろう。
「―――と、少し長話が過ぎたな。悪いな、引き留めてしまって」
「ああ、うん。こっちこそ」
シンは時折デリカシーに欠ける発言をすることがあるが、気遣いそのものは出来る方であるし、決してモテないタイプではない。
今も、僕たちのひそひそ話にニーズが退屈し始めたと気づき、自分から話を切り上げたくらいなので、周りを見る目はしっかりと持っているし、結構機転も利く方なのだ。
ただ―――
「二人も済まないな。さすがに仕事の話だから、あまりおおっぴらには話せなくてな」
「ムっ。お仕事の話なら仕方ないんだぞ。にーはもう大人だから、ちゃんと待てるんだぞ」
「……そうですね。仕事の話なら仕方ありませんね(本当に仕事の話なら、ですが……)」
精霊であるネインにその言い訳が通じるかどうかは別。
「あ~、うん……それじゃあ、僕たちはそろそろ行くから……」
「ああ、ミントやサクヤにもよろしくな」
「うん……」
シンはシンなりに気を遣ってくれたのだろうが、結果として、下手な言い訳をした事がネインの評価を下げている。
いや、まあ、精霊の感知能力の高さを考慮しろというのも無茶なのだが……
(あ~……どうしようかな、コレ……)
ジト目を向けてくるネインにどうしたものかと悩みながら、僕はホテルに戻るのだった。
5章が終わるまでは毎日投稿していく予定です。