バカンス計画
5章始まります。今回は短めのお話です。
ユナニア王国全土に本格的な夏が訪れようとしていたそんな頃合いに、僕たちはCランクに昇格した。
Cランクは一人前の冒険者として扱われるランクであり、新人冒険者が三ヶ月余りでこのランクにたどり着くというのはなかなかに珍しい。ただし、全体数から見れば少ないというだけで、シーケの新人冒険者に限っても毎年数人はいたりする程度の珍しさでしかない。
もともとCランクまでの昇格試験はそこまで難しいものではないので、一度も試験に落ちることなく、Cランクに達する者というのもそれなりにいたりするし、熱心に冒険活動を行えば、決して不可能なことではないからだ。
逆にいうと、Cランクから上の昇格試験は難易度が跳ね上がる。
昇格試験を受ける為に必要な活動ポイントもかなり多くなるし、試験そのものの難易度も当然あがる。クエスト失敗時のペナルティーなんかも上がったりするので、長年足踏みを続けるというのも珍しくない。というか―――冒険者の大半はこのCランクで引退する事になり、この壁を突破できた者たちだけが、更なる高みを目指して突き進んでいく。まあ、命がけの危険な仕事であるし、自らの引き際を見誤らないというのも大事なコトではあるのだが……
それでも一緒に冒険をした仲間が去るのは寂しい。
僕たちが昇格試験を受ける少し前に、ソニアさんは冒険者を引退し、実家に帰っていた。
ただし、ソニアさんにとっては新しい門出でもある。
ソニアさんはお見合い相手だった貴族の男性と正式に婚約を交わし、結婚に向けた準備を進めるために実家に戻ったという事なので、基本的には慶事―――おめでたい事なのだ。
僕たちとしても祝う気持ちの方が当然大きい。
それに、別れがあれば出会いもある。
ソニアさんが抜けた『銀の七星盾』だが、カズキ君やリーヴァちゃんが正式に加入したことで、勢いとしては増している。
なにしろ、勇者と魔王。
戦力としては間違いなく破格である。
というか……マブオクさんにはククルというAランク相当の天使(元堕天使)もついているので、僕たちを除いてもランク詐欺が酷い。
まあ、だからこその『勇者の仲間』、『勇者の所属するクラン』ということなのだが……
カズキ君が『勇者』であることを公表したことで、『銀の七星盾』の知名度は一気にあがった。
『人類の守り手』と称される本物の勇者とは、国さえも動かしえる規格外な存在なので、これはある意味当然の事。
カズキ君が成人を迎えていない少年で、『勇者として相応しい強さを得るために、現在は修行中』という文言を打ち出していなければ、もっと大騒ぎになっていたかもしれない。
とはいえ、少年勇者が修行の場に選んだというだけでも人々の注目は集まる。
ただ、注目の中心にいるのはあくまでカズキ君なわけで―――クランメンバーの詐欺臭い実力も『勇者のお仲間だからそういう事もあるだろう』でだいたい済まされる。
サクヤが提示した『カズキ君を僕たちの隠れ蓑にする』という作戦が上手くいった形である。
もっとも当のカズキ君たちにも恩恵がないわけではない。
何故ならリーヴァちゃんは『魔王』。
中立派、あるいは穏健派といっていい『プレデコーク』の魔王であるが、それでも地上に『魔王』が現れたとなると、大騒ぎになるのは間違いナシ。余計な混乱を避けるためにも、秘密にしておく方が無難なのだ。とはいえ、あくまで面倒事を避けるための措置なので、絶対にバレてはいけないというものでもないのだが……その辺りの細かい話は一旦置いておく。
『僕たちが悪目立ちしないように、カズキ君に人々の目を向けさせる』というのもサクヤの狙いではあったが、それはあくまで副次的な効果で、本来の狙いは別にある。
というのも―――
『銀の七星盾』の知名度が上がれば、その拠点である『銀のゆりかご亭』も賑わいを増す。
冒険者専用の宿屋ということで、そこまで急激に客足が伸びるということはなかったが、僕たち以外の冒険者も普通に見かけるようになっていたし、指名依頼の持ち込みや自作アイテムを買いに来たお客など、人の出入りは間違いなく増えていた。
もっともこれに関しては、他にもいろいろと要因がある。
『勇者』の名は大きな起爆剤ではあったが、それもきちんとした下地がなければ活かせない。そういう意味で言うと、ナナエさんの経営改善の努力がようやく実を結び始めたという感じ。
まあ、半ば慈善事業と化していた『銀のゆりかご亭』であるので、いきなり大きな収益をあげるとはいかないが……それでも経営の健全化は着実に進んでいる。
ちなみに、サクヤの指導の下に行われた経営改善計画の主眼は広報活動の見直しである。
経営が苦しかった『銀のゆりかご亭』は広報活動をほとんど行っていなかったのだが、サクヤに言わせるとそれがそもそもの間違い。人の善意に頼るボランティアのような活動こそ、多くの人に知ってもらう事が大事であり、広報活動は惜しんではならないのだとか。とはいえ、宣伝費に資金をつぎ込めばいいという単純な話でもないらしいが……
このあたりの事は僕が下手に口を挟める問題でもないので、詳しくはわからない。
重要なのは『銀のゆりかご亭』も活気づいてきたという事。
そして―――
「本格的に忙しくなる前に、ちょっとバカンスにでも行かない?」
―――そんな提案がサクヤから上がった。
その理由は簡単。
「バカンスシーズンに突入すると『銀のゆりかご亭』ももっと忙しくなるでしょう?そうすると、私たちはともかく、ノアさんが休めないでしょ?」
「あ、なるほど」
最近はアルバイトのコを雇いいれたりして、人手を増やした『銀のゆりかご亭』であるが、もとが家族経営である以上、ノアさんも貴重な戦力。繁盛期であるバカンスシーズンに休みを取られるというのはなかなかの痛手となる。故に、繁盛期を避けて休みを取っておくというのは大事なこと。
そんなわけで―――僕たちは少し早めのバカンスに向かう事となった。
5章開始です。
……が、内容的には1期(1~4章)と2期(それ以降)の幕間的なお話です。
内容も章タイトルどおりの内容で、大きな事件とかも特におきません。
5章が終わるまでは毎日投稿していく予定です。