勇者と魔王のその後
「それじゃあ、行ってくるね。兄ちゃん」
「うん、気をつけてね」
カズキ君に見送りの言葉をかけた後、僕はその後ろに立つメビンスさんたちに目を向ける。
「メビンスさん、ソーンさん、その……二人の事、よろしくお願いしますね」
「ああ、任せておけよ……」
「こっちは心配するな……こ、子供の面倒くらいみられるさ……」
僕の言葉にメビンスさんたちはそう答えるものの、その顔は若干引きついている。
「オイオイ、俺にはナシかよ」
「いや、そういうつもりはなかったんですが……マブオクさんたちも頼りにしていますよ(わりと本気で……)」
「ホントかね~」
メビンスさんたちと違い、いつもどおりの反応をするのはマブオクさん。
ただ、この反応をどう受け取るのが正解なのか、僕は少し判断に迷う。
というのも―――
「カズキ君、このマント、どうですか?」
「うん、とっても似合っていると思うよ」
「えへへ、そうですか♪」
カズキ君の隣にはリーヴァちゃんが立っていた。
二人は昨日、無事に仲直りをし、更には恋人同士となった……のだが―――
リーヴァちゃんが何故か冒険者になっていた。(ちなみにCランク。カズキ君とお揃いにしたらしい)
更に『銀のゆりかご亭』で暮らす事も決定。
いや、まあ、何故も何も、理由はひとつしかないのだが……
リーヴァちゃんは、カズキ君と一緒にいたいから、そうしただけ。
あえて付け加えるなら、カズキ君が世界中を飛び回って希少な花を集めてきてくれたのが相当嬉しかったらしく、今度は二人で一緒に集めよう―――と、そんな流れになったのだとか……
とはいえ、リーヴァちゃんは魔王である。
僕たちからすると、『それは許されるのか?』と、当然のように疑問に思ったりもしたが……魔王は地上の国の王様とは違う。
『君臨すれども統治せず』―――魔王は存在している事が重要であり、それ以外の事柄は全て些事なのだそうだ。まあ、魔王クラスの力があれば、大抵の事はなんとでも出来るので、問題にならないというのもあるみたいだが……
そう……リーヴァちゃんの力は本物。
本物の魔王なのである。
つまり、今回のパーティーは―――
カズキ:ファイター・メイジ/冒険者ランクC(実は勇者)
リーヴァ:メイジ・プリースト/冒険者ランクC(実は魔王)
メビンス:ファイター・プリースト/冒険者ランクC
ソーン:ファイター・レンジャー/冒険者ランクC
マブオク:ファイター/冒険者ランクD
……という構成なのだ。
ちなみに、メビンスさんたち三人には、カズキ君たちの事情を伝えている。
いや、それを伝えたのは今回の冒険が決まった後であったのだが……
メビンスさんやソーンさんが顔を引きつらせていたのは、リーヴァちゃんの正体を知ってしまったからである。
では、マブオクさんは何故、そんな反応を示さないかというと―――
「ウフフッ、とっても可愛らしいお二人ですね、マブオクさん♪」
「あ、ああ……」
「愛の天使として、きっちり応援しなくてはいけませんね♪」
「応援するのはいいが、やりすぎるなよ。相手はまだ子供なんだからよ……」
―――これはククルの存在が大きい。
元堕天使のククルは冒険者ではないものの、実はAランク相当の高い戦闘力を持っている。そんなククルと付き合っているだけに、マブオクさんは相手の強さで態度を変えたりしない。
いや、メビンスさんたちも、自分より強い子供たちにどう接していいのか頭を悩ませているだけで、露骨に態度を変えたりはしてないのだが……僕からは『頑張ってください』としか言えない。
何故なら―――僕には地獄の『査問会』が待っていたからだ。
◆◆◆
「それで、一体何をしたのかしら?」
「別に怒ったりしませんから、正直に話してください」
僕を問いただすのは、ソニアさんとナナエさん。
「いや、えっと―――」
「男と女の問題ですし、ノアちゃんもルドナ君も成人した大人です。家族とはいえ、余計な口を挟むことではないのかもしれませんが……ノアちゃんはたった一人の妹。たった一人の家族です。ですから……」
「ええと、そう言われても……さっき話したとおりで……」
「告白して、付き合う事になったのよね?でも、それならノアのあの反応は何なの?ちょっと前のギクシャクしていた頃より避けられているわよね?」
「それは―――」
「……いえ、言いにくい事であるというのもわかっているんですよ。本当なら、そっとしておいた方がいいのかもしれません。ですが、心配なのですよ。その……ルドナ君には大勢の彼女さんもいますし……」
「ルドナ君やリサちゃんたちが悪いコじゃないって事は私もナナエさんもわかっているわよ。でも、やっぱり心配はしちゃうのよ。リサちゃんたちが悪いコじゃなくても、ノアが上手くやっていけるかは別問題だし……」
「は、はい。心配する気持ちはわかります……」
「じゃあ、なんでノアがあんなことになっているか、話してくれるわよね?」
「え、ええと……」
「―――やったの?」
ストレートにぶっこんできたのはソニアさん。
ノアさんとの関係を考えると、家族であるナナエさんよりも、親友であるソニアさんの方が踏み込みやすいのだろう。
だが―――そう問われても困るのだ。
何故なら……
「い、いや……してないですよ……」
ノーコメントでは切り抜けられそうにないので、僕は正直に答えた。
「え?してないの?」
「い、一応……」
「ホントに?」
「いや、これを言うと、それはそれで問題になりそうなんですが……アバン様との約束で、結婚するまではそういう事はしないということになっていまして……だから、と言うわけではないんですが、ノアさんとも、その……」
「ああ、それじゃあ、ノアと先に……っていうのは難しいわね。あ、でも、それならなんで―――」
「……キ、キスはしたので、それじゃないかな……と……」
「キス……?キスひとつであんなになっているの?あのコ……ど、どれだけ初心なのよ……」
「………」
僕の言葉に心底呆れたような声をあげるソニアさん。
二十歳になろうという女性がキスひとつで恋人と顔を合わせられなくなったとか言われたら、そういう反応をするのもわかる。
だが―――ノアさんも流石にそこまで初心ではない。
本当の理由は……いつもの『夢』である。
だから、実際には『していない』のだが、精神的には『やっている』わけで―――ノアさんが顔も合わせられなくなったのも仕方がない。
それも半ばリサたちにハメられた形なので、なおさら……
昨日の『夢』には、ノアさんも招かれていた。
リサたちが言うには、『仲間はずれにはできないから』というのが理由。
ただ、無理強いはしていない。あくまで『自分たちはするけど、ノアさんはどうする?』というスタンス。
故に―――ノアさんはおおいに困惑した。
普通に考えてもいきなりすぎるし、そう簡単に答えなど決められない。
だが、そこで『ここは夢の世界だよ』という悪魔の誘いが発動。
結局はその言葉にのせられて……というのが流れ。
別にリサたちが嘘を言ったわけではない。
ただ、精神生命体である神人にとって、夢の世界の出来事も現実と大差はないわけで……目覚めたノアさんの魂にはバッチリ『夢』の記憶が残っていた。
『大丈夫、大丈夫。あれはあくまで夢だから』と言われたところで、追い打ちにしかならない。
いや、まあ……最初の方はともかく、中盤あたりからはノアさんもすっかり空気に飲まれていたし……意外と負けず嫌いな人でもあるんだよね、ノアさんって。だから、挑発されるとスルーできないというか、リサたちに対抗心を燃やしたというか……
そういう意味で言うと、ヌーモがいた事も罠の一部といえるかもしれない。
一時神化し、土の中位精霊から土の神となったヌーモも、ちゃんとするのは初めてだったし……お互いに意識していた部分があった気がする。
まあ、僕としては大変満足な『夢』であったわけだが―――
「………」
「……ええと……ナ、ナナエさん?何か……?」
僕は無言で見つめてくるナナエさんに問いかける。
「……いいえ、何も。あ、でも、この際だから聞いておきたいんだけど―――ノアちゃんのこと、ちゃんと責任はとってくれるんですよね?」
「え……ええ、それは必ず……」
「そう。それじゃあ、いいわ。私もルドナ君のこと、信じてあげます」
僕の答えにニッコリ笑顔を浮かべるナナエさん。
コレはアレだ……
僕の誤魔化しに気づいていて、それを見逃してあげるというサイン。
同時に―――『約束は守ってね』という言外の圧力でもある。
ただ……そんな事は言われるまでもない。
あんな可愛い人、何があったって手放せるはずがないのだ。
4章終了(いつものおまけが残ってますが……)です。
次の章は比較的短い(軽い)話の予定なので、投稿もそれほど遅くはならないと思います。