命を燃やせ!
「るーくん、大丈夫?」
「……え?……あれ……?ええと―――」
僕は気が付くと、リサの前に立っていた。
「僕……生きているの……?」
完全に『死んだ』と思っていた僕は、思わずそんな言葉を呟いていたのだが―――
「あ?死んだぞ」
「え?」
そんな僕の言葉をアバン様が否定する。
「死んだ……?」
「正確には肉体が消滅しただけだけどな。今のお前は『神人』……肉体を持つ精神生命体だからな。魂を砕かれるか、マナが尽きるかしない限り、死んだりしねーよ」
「は、はぁ……」
「ついでに教えといてやると、今のお前の魂はリサの本体である世界樹に保護されているからな。それごと破壊されない限り、魂が砕かれることもねーよ」
「そ、そうなんですか……」
この時の僕はまだよくわかっていなかったが、精神生命体になった僕は、肉体が消滅した程度では死ぬ事がないらしい。
「オウ。それがわかったのなら、さっさと行けや」
「え?行けって―――」
アバン様がリサの手を引き……僕の視界に虹色のスライムが現れる。
そして―――
「【フレイム・シャワー】」
「あっ……」
スライムの口(?)から性別不明の無機質な声が響いたかと思うと、僕の視界が赤一面に染まる。
それは無数の炎の矢。
余りにも数が多すぎて、遠目には炎で出来た雲のようにも見える。
それが―――僕に降り注ぐ。
もちろん、僕は死んだ。
「無理、無理、無理っ!あんなのに勝てるわけがないでしょう!」
肉体が再構成され、無事に復活を果たした僕はアバン様にくってかかる。
いくら相手が神様でリサの父親だったとしても、これはあまりにも理不尽すぎる。
しかし―――
「あん?誰も勝てなんて言ってねーだろうが」
アバン様は至極あっさりとそう告げた。
「死に物狂いで防ぐんだよ。闘気は生命力……生きたいって願望がその力の根幹だからな。死にかけた時にこそ、一番、力を発揮するってわけだ」
「死に物狂いで……防ぐ……?」
「リサが与えたマナがあるからな。今のお前が全ての生命力を振り絞っても、それで死んだりしねーよ。仮に生命力が尽きたとしても、それはその肉体に留めていたエネルギーが尽きたってだけで、新たな肉体を構築すれば問題ないわけだしな」
「え?ええと―――」
「これは一度に扱える闘気の量を増やす特訓なんだよ。人間だったお前は一度に大量の闘気を消費するような使い方はしてこなかったはずだ。全ての生命力を使い果たしたら死んじまうんだし、当然だわな。だがよ、今のお前は曲がりなりにも神なんだぜ?保有しているエネルギーの量が人間のソレとは大きく違うんだ。だから、命を燃やし尽くす勢いで使うぐらいで丁度いいんだよ」
「……い、命を燃やして……攻撃に耐えればいいんですか……?」
「まあ、そういう事だ。だが、ひとつだけ忠告しておいてやる。リサがお前たちに与えたマナっていうのは、限りある資産だからな。無駄使いするとあとで苦労するぜ?」
「……え?それはどういう―――」
「リサの持っていたマナはもともと新しい世界を産みだすためのものだろ。それを使い過ぎれば上手く世界を作れない可能性も出てくるわけだ。なにしろ今のリサにはマナを回復させる手段がないからな」
それならこんな特訓はダメなんじゃないか?
最初は短絡的にそう考えた僕であるが、アバン様がこのタイミングで忠告してきた意味に思い至り、考えを改める。
「命を燃やして攻撃を防ぎつつ……無駄に死ぬなって事ですね……」
死んでも簡単に復活できるからと、無駄にそれを繰り返せばマナの浪費につながる。
なにより『死にたくない』と必死になって力を振るうことが、この訓練の重要なポイントなのだ。
「フン。わかったなら、さっさと行けよ」
「ええ……」
アバン様と話している間は動かなかったハイエンシェント・エレメンタルスライムが、人の手のようなものを体から生やし、クイクイと挑発する。
その挑発に答えるように、僕は拳に闘気を集中させて、殴りかかるのだった。
◆◆◆
「せ、せめて、剣さえあれば……」
「いや、剣があったぐらいじゃどうしようもねぇだろ。あれだけ一方的にボコボコにされていたんだしよ」
呆れるように告げるアバン様。
いくら気合を入れて頑張ったとしても、それが望んだとおりの結果になるとは限らない。
ハイエンシェント・エレメンタルスライムとの死闘で、僕はすっかりボロボロとなっていた。
死ぬたびに肉体は完全回復するので、見た目的にはそれほどでもないのだが……精神的な意味でいろいろとキツかった。
何しろ、絶対に勝てない相手に常に全力で延々と挑まされたのだ。正直、心が折れなかっただけでも褒めてもらいたい。
「……というか、なんなんですか、あのスライム……魔法だけじゃなくて、格闘技も達人クラスじゃないですか……」
「そりゃあ、1万年以上も生き抜いたハイエンシェント・エレメンタルスライムだからな。格闘技ぐらい使えてもおかしくはないだろ?」
「そこまでくると、なんでスライムなんかやっているんですかって感じなんですが。完全に見た目詐欺ですよね」
「まあな。実は一度、神にならないかと誘ってみたんだが、断られたんだよ。面倒くさそうって……」
「神様クラスなんですか、あのスライム。それならゴブリンの方を選んだほうが良かったのかな?」
「ゴブリンの場合はゴブリンゴッドだぞ。まあ、アイツもそこまで暇じゃねーから、送ってくるのは分身体だろうけど」
「どっちみち、神様なんですね……」
なんだよ、ゴブリンゴッドって……
そう思わなくもなかったが、いちいち突っ込むような気力もない。
「るーくん、お疲れ様。今日はこれでおしまいだからゆっくり休んでね」
「うん。そうさせてもらうね」
「じゃあ、また明日ね」
笑顔で手を振るリサに見送られ、僕の足元に『空間転移』の魔法陣が浮かび上がる。
そして、次の瞬間には―――僕はベッドの上に寝転がっていた。
部屋はまだ暗い。
時計を見ると0時3分。
事前に聞いていた話によると、『神層世界』の1時間がこちらの世界の1分という事なので、3時間ほど戦っていた事になる。
「あの死闘がたった3分か……」
そう思わなくもないが、3分で3時間分の修行が出来たと考えると、決して悪い事ではない。
なにより身体に感じる疲労―――いや、精神的な疲労が、あれが現実であると教えてくれる。
「そんなことよりさっさと寝ないとな。明日も早いんだし……」
ベッドの上に直接転送されたこともあり、僕の意識はすぐに落ちた。
神様なので死にません。
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。