魔王リーヴァ
後書きが無駄に長いですが、基本、スルーでOKです。
「お嬢―――陛下に火急の報告が御座います」
それは部屋に飛び込んできたバンサーのそんな言葉から始まった。
そして、その報告を聞き終えた少女―――魔王はただ一言。
「愚かな……」
その言葉だけを残し、城から消える。
魔王が次に現れたのは、キリスヤ=プル公爵の館。
それもキリスヤ公爵の私室―――本人の目の前である。
当然のことながら、キリスヤ公爵は突然の魔王の来訪に驚愕した。
魔王の座を奪う為、勇者の身柄を確保しようと部下を動かした直後である―――魔王の目的は明白。
愚か者らしく、最初はそれでも体裁を取り繕ってはいたが……
「真実を映す水鏡よ。この者の『罪』を示せ」
魔王は呼び出した水鏡でキリスヤ公爵の全ての『罪』を暴く。
もちろん最初は認めない。
だが、延々と映し出される己の『罪』。
キリスヤ公爵はそれに耐えられず……力に訴える。
やって来たのは一人。それも年端も行かぬ小娘である。力で排除したほうが楽―――そう『逃避』したのも無理もない。
しかし、それこそが一番の『罪』。
「我らは超克者。己の魔を乗り越えられぬ者……己の罪と向き合えぬ者に、その名を名乗る資格はない。消え失せよ」
魔王は断罪の刃で咎人の首を刎ねる。
超克者の矜持を自ら捨てた愚か者―――その粛清は終わった。
しかし、魔王にはもうひとつやることが残っていた。
故に、転移の力を発動させる。
転移した先には、項垂れる女性が一人。
「陛下……」
「……ラスハおば様……」
「あのコは討たれましたか……」
「はい……」
「ならば、語る事もございません。私の『罪』も御裁きあらせますように―――」
女性はラスハ=プル。キリスヤ公爵の母親であった。
なればこそ、彼女が口にしたように語るべき事はない。
「我は魔王。同族を律し、道から外れし者を討つのが定め。それ故に……己の『罪』と向き合う者を裁く刃は所持していない」
「しかし、私は……私はあのコを止められなかった。いいえ、それだけではありません。私の、私の浅ましい嫉妬があのコを歪めてしまった。あのコに凶行に走らせてしまったのです。ですから―――」
「『罰』を求めるのであれば、然るべきところに申し出よ。それは我の役目ではない」
「―――っ!」
それが魔王の下した裁定。
魔を率いる者として、受け継がれてきたルールは破れない。
しかし―――魔王はまだ子供。
子供であるから理屈だけには捕らわれない。
「だけど……救いを求めるおば様をそのままにもできません」
「え……?」
「未熟な私では想像することしかできないけれど……子供を失うというのは我が身を引き裂かれるよりも辛いことなのでしょうね。魔王位を引き継いだ日、私はそれを想像し……怖くて、怖くて、泣いてしまいましたわ」
魔王に授けられる断罪の刃は魔に狂った同族にのみ向けられるもの。魔に狂えば、たとえ身内でも―――我が子であっても討たねばならない。
幼い魔王はその事を何よりも恐れていた。
だが、だからこその―――魔王。
「陛下……」
「だから……ラスハおば様に提案があります。ですが、これは『救い』などではありません」
「……それは……?」
「あなたの息子、キリスヤは断罪の刃でマナへと還りました。そう遠くない内に循環の輪の中に組み込まれ、いずれは新しい魂となるはずです。ですが、一度道から外れた者をそのまま送るのは少し心配です。なので……ラスハおば様がきちんと導いてあげてください」
「私が……導く……?」
「断罪の刃を使わずにおば様の魂をマナに変換します。おば様が抵抗なさらなければ、魔王である私なら可能です。ですが―――」
「死した息子の後を追う覚悟が私にあるのか試されると……」
「放っておいても結果は変わらないと思いましたので……」
「わかりました。陛下の慈悲にお縋りしたいと思います」
キリスヤ公爵の母親は死した息子の後を追い、魔王は己の居城に戻る。
「お疲れさまでした。陛下」
「……バンサー……後は任せてもいい?」
「ええ、もちろんでございます」
「そう……それじゃあ、ちょっと眠るから―――」
「はい。お休みなさいませ、お嬢様」
こうして、魔王となった少女の初めての仕事は終わった。
作中、リーヴァがラスハの事をおば様と呼んでいますが、本当は大叔母にあたります。
長命種の悪魔なので、よほど正式な場でもない限り、自分より上の世代の親族は『おじ様、おば様』呼びが普通ということで……見た目も若いしね。
あと、完全な蛇足というか、言い訳というか……ラスハの『死』についてですね……
おバカなハーレム物をだらだら書きたいという欲求だけで始めたのに、こんなシリアスなシーンいらないじゃないかなぁ、と少し反省中です。ぶっちゃけ、バカの断罪シーンだけで良かったのではとも思いますし……
ただ、長命種故に人とは違う価値観で生きているという話は、今後必ずどこかで突き当たる話なんですよね。主人公たちが寿命のない神様なので。だから、その前哨戦と思って今回はお話に入れてみました。
まあ、きちんと描き切れたかは正直不安(というか、変に暈そうとして、余計に失敗してる気がします。でも、あまり重たくしたくないというジレンマもあって、ああもう……という感じ)
ちなみに……
悪魔たちは精神生命体なので、突発的な事故(戦闘なども含む)で『完全な死(魂の消失)』を迎えないとほぼ無限に生き続けます。ただし、これは理論上という話。実際のところはそこまで長く生きる者は少なく、長く生きる間に魂を摩耗させ、『完全な死』を迎える前に、『眠り(完全な死を待つだけの休眠状態)』につくことになります。
故に、ある程度成熟した悪魔は、突発的な事故による『完全な死(魂の消失)』をそこまで恐れません。退屈な日々で魂を消耗させていくぐらいなら、好きな事をやって生きたい。それで死んだとしてもそれが運命……と、そんな感じです。
キリスヤ公爵のような年若い(といっても100年以上は生きている)悪魔だと、なかなかそうはいきませんが……
で、肝心のラスハですが―――
超克者としては『若さ故の未熟さで我が子を歪め、それを止められずに死に追いやった』という罪と向き合って生きるというのが正しい姿です。
しかし、長命種である悪魔の寿命は『完全な死』を与えられない限りとんでもなく長く、ラスハ自身、そう遠くない内に魔に狂う事を自覚しています。
故に、リーヴァは息子のマナを正しく導くという『言い訳』を与え、超克者としての誇りを持ったまま『完全な死』を与えることにした……というのが一連の流れです。
※4章が終わるまでは毎日投稿予定です。