悪魔の刺客
「皆、大丈夫?」
「ええ」
「問題ないわ」
「私も大丈夫だよ~」
僕の呼びかけにリサたちが答える。
ワイバーンの襲撃中に視界を奪っておいての奇襲―――策としては悪くはないのだろうが、僕たちには通用しない。
煙がはれたあとには、数体のワイバーンと共に黒ローブの男たちが地に伏していた。
だが、全てを倒せたわけではない。
僕たちの周りには、ナイフを構えた黒ローブの男が6人。
そして……
「……お前ら……俺たちをダシに使いやがったな?」
「すみません。コイツらをおびき出すためにはこうするしかなかったので」
「下手に逃げられると厄介だもの。仕方ないわ」
「結界からは出ないでくださいね。危ないですから」
ドレクさんを始めとした竜狩人の皆さんは、ミントが作り出した【セイフティー・ドーム】に隔離中。
光の障壁に守られた彼らはもちろん無事である。
「チッ……面白くはねぇが、部下を守ってもらったんだ。文句は言えねえか……」
実のところ、ドレクさんたちの身を守るだけなら、最初からこうするのが正解である。
ミントの作り出した【セイフティー・ドーム】であれば、ワイバーンのブレス程度はあっさり弾く。物理攻撃であれ、魔法攻撃であれ、よほどの威力がないと破壊できないのだ。
だが、こちらがあまりに完璧に対応すると、本命の襲撃者が作戦を断念し、逃走を選択する可能性があった。
そうなると、僕たちとしては面倒な事になるわけで……
ドレクさんたちには申し訳ないが、相手を誘い出す為に、ある程度苦戦しているように見せる必要があったのだ。
「………」
「それで、どうします?今なら見逃してあげなくもないんだけど―――」
「ヤレッ!」
「まあ、このままでは引き下がれないよねっ!」
地面に倒れた黒フードの男は3人。
3人共意識を失っているだけで死んではいない。
しかも、3人のうち2人は『人化』を解除され、『悪魔』の姿まで晒してしまっている。
これをそのままにして撤退するなど、刺客たちには許されない。
リーダーらしき黒ローブの命令で、5人の黒ローブが一斉に襲い掛かってくる。
「ミント!サクヤ!」
「ええっ!」
「任せて!」
それに対し、僕・ミント・サクヤの3人で迎え撃つ。
相手の狙いがカズキ君である以上、彼を前面に立たせるのは危険。
もしもの時に備え、リサとノアさんを護衛として残した形。
「相手が悪魔なら、まずはこれね。【ブラック・シーリング】」
最初の攻撃はサクヤから。
黒い光の粒子が3人の黒ローブに集まり、呪法がその身を覆う。
「なにっ!?」
「なんだ、これはっ!?」
身体の周りに浮かぶ無数の魔法文字以外、特に変化のないように見える魔法であるが、二人の悪魔は驚愕の声をあげていた。
「あなたたち悪魔って、本来は天使なんかと同じ精神生命体でしょ。つまり、その身体は自分の力で生み出した仮初の器。その肉体が滅んだところで、魂さえ無事なら復活できるのよね。まあ、失った力を取り戻すにはそれ相応の時間がかかるでしょうけど……要はとかげの尻尾切り。いざとなれば、いつでも逃げられると考えているんでしょ?でも、残念。それはもうできないわね。あなたたちの魂はその肉体に封じさせてもらったから」
「なっ―――!?」
「バカなっ!人間如きにそんなマネが―――」
「命をかける気もないのに戦いの場に出るから、あなたたちみたいな悪魔ってモロいのよね。それよりいいの?そんなに狼狽えていると―――」
「―――ごぶぁあああああっ!」
「……撲殺天使に意識をなくすまで殴られるわよ」
驚きのあまり足が止まっていた悪魔の1人が、光り輝く杖で殴り飛ばされる。
「な、なにっ!?天使だと―――」
殴り飛ばしたのはもちろんミント。
背中に天使の翼を展開したミントは、地面を滑るように滑空し、『二体』の悪魔を一瞬で打ち倒していた。
そして―――
「だから、そんなに狼狽えちゃ、ダメだって……」
「ごふぅっ!!」
残る一人の鳩尾に杖を突きこむミント。
「魔よ、沈め」
「……バ、バカな……」
その一撃で三人目も膝から崩れ落ちる。
ミントの杖は彼女の清浄な闘気で覆われており、悪魔たちには一撃必殺の武器となりえるのだ。
ただし、これはミントの奥の手でもある。
神官戦士を目指し、武器による戦闘訓練も積んできたミントであるが、闘気に関しては最低限、なんとか戦闘でも使える程度のものしか習得していない。
では、この威力はなんなのかというと……
最小の闘気に神の力を上乗せし、魔を退ける『退魔』の力に特化させた結果である。
闘気法も魔法も大本のエネルギーはマナであり、神の力とはマナそのものを操る術である。故に、闘気を用いて魔法と同じような効果を生み出したり、魔力をもちいて闘気法と同じような効果を生み出したりする事も出来る。アプローチの違いによる効率などの差はあるが……
ミントの場合、神聖魔法で慣れ親しんだ聖属性や光属性を自身の闘気に付与することで、悪魔や堕天使、アンデッドなどの闇の力が強い者に対し、高い威力を発揮するようにしていた。
「全員一撃で沈んだわね。まあ、それが正解でしょうけど……」
「あんまりこの技、使いたくないんだけどな……」
夢幻の神(自身の妄想の産物)を撲殺したのは決して伊達ではない。
とはいえ、ミントがいきなり奥の手を使ったのも理由がある。
これはドレクさんたちを守る【セイフティー・ドーム】が関係していて、この魔法を使用している間は、他の魔法を使えなくなるという制約があった。
まあ、普通は自身を中心に身を守るために展開するものであるし、結界内にいる間は外部に攻撃もできなくなるので、それでもかまわないのだろう。それに、基本的には使えないという事で、裏技もないわけではないし……
「やっぱり対悪魔戦じゃ、ミントにはかなわないか」
サリアの力を宿した剣を振るい、2体の悪魔を倒した僕であるが、ミントの撃墜スコアは3。
サクヤと協力して3体と考える事もできるが、それを言うと、僕もサリアと協力して2体ともいえる。
そもそもサクヤの使用した【ブラック・シーリング】は、悪魔などの精神生命体の魂を仮初の肉体に封じるというものなので、下手に使うと相手を強化しかねない。
魂の一部で動かしていた仮初の肉体に、全ての魂を封じ込めるのだから、エネルギーの総量としてはプラスとなってしまうからだ。
とはいえ、エネルギーの総量が増加しても、それを使いこなせるだけのスペックが肉体になければ、たいして意味がないとも言えるので、このあたりは状況次第ではあるのだが……
今回の場合、サクヤの狙いは二つ。
ひとつは、闇属性の力を増加させることで、ミントの『退魔』の威力を上昇させる事。
もうひとつは、悪魔たちの動揺を誘う事。
サクヤの指摘にもあったが、生まれた時から精神生命体である悪魔たちは命を懸けた戦いの経験が少なく、そういう状況に直面すると結構な確率で弱さを見せる。
人と同じように生まれた時から肉体を持っている者もそれなりにいるが、これは肉体を持つ精神生命体として生まれたということであり、肉体が滅んでもそれに付随して精神体まで滅んだりはしないので、結果はたいして変わらない。
もちろんこれらは種族単位のよくある傾向という話なので、全てにおいて当てはまるというものではないが……
「チッ、使えない……」
瞬く間に5人の部下を倒されたのに、リーダー格の黒ローブに動揺のようなものは伺えない。
だが、想定した事態でないのも確か。
「いや、甘く見ていたのは俺も同じか。いくら勇者の仲間とはいえ、たかが人間がここまでやるとはな……」
(勇者の仲間というよりは、一応は神様なんだけどな……)
男の漏らした呟きに、心の中で突っ込むものの、それを口にしたりはしない。
「仕方がない。これは易々と見せていいものではないのだが―――」
正直に言うと、この時の僕たちは相手の男の事を少々甘く見ていた。
リーダー格ということで他の悪魔たちよりも上と見ていたし、それなりに警戒もしていたが……相手は僕たちが神人であると見抜いてはいない。それはつまり、バンサーさんよりは劣るという事である。
だが―――
「なっ……!」
「な、なに、アレ……」
リーダー格の男が魔法空間から血のように赤い宝珠を取り出したことで空気が一転する。
「ル、ルドナちゃん……」
「……ああ……アレはヤバい。なにがヤバいのかはわからないけど、とにかくヤバい代物だっていうのはわかる……」
見た目はただの宝珠で、魔法の道具らしく、ある種の魔力は感じる。
だが、それだけの代物。
それなのに―――僕たちはその宝珠から禍々しい『力』の気配を感じ取っていた。
「まさかアレは……呪血宝珠……?」
唯一の例外はリサ。
リサだけは宝珠の『力』が何なのか、正確に見抜いていた。
というのも……世界樹であるリサと元人間の僕たちでは『マナ』に対するアプローチがそもそも違う。
元人間の僕たちは生命力や魔力をもとに『マナ』への理解を深めてきたが、世界樹であるリサは持って生まれた本能として、『マナ』を感じ取る力を有していた。
つまり―――生命力や魔力に反応しないような『マナ』でも、リサなら問題なく感じ取ることができるのだ。
(リサは何か知っているの……?)
(あれは魔神王の呪血宝珠だよ。魔神たちの王が残した『力』の―――『マナ』の結晶)
(えっ?あれが……『マナ』の結晶のなの?)
(正確には『マナ』から変質した『魔素』に近い『何か』なんだけど……魔神たちは邪神たちと同じで別の世界から来た侵略者だから、私たちの世界の法則で見抜くのは難しいんだよ)
(な、なるほど……とりあえず危険な代物だというのはわかりました)
宝珠を手にしたアサシン・リーダーを最大限に警戒しながら、『心話』による情報交換を行う。
宝珠の放つ禍々しい『力』を考慮すると、迂闊に飛び込むのは危険。
何かしらの対策をたてなければならない。
しかし―――男の方にそれを待つ謂れなどない。
「魔神王の呪血宝珠呪血宝珠よ!この場にいる全ての者を我が前に跪かせろっ!」
男の言葉と共に、血のように赤い宝珠が脈動するように輝き始め、赤黒い波動が周囲一帯に波紋のように広がっていく。
そして―――
それだけだった。
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