飛竜の谷
ナナエさんたちが帰ってきた日から一週間ほど経過した。
その間、僕たちは更に二回ほど遠征をおこない、リーヴァちゃんの元に新たな『花』を送り届けていたが、カズキ君との面会はあいかわらず成っていない。
とはいえ、進展が0というわけでもない。
初日こそ部屋に閉じこもっていたリーヴァちゃんであるが、現在はほぼ普段通りの生活に戻っていて、カズキ君が城に来たときだけ、慌てて部屋に籠るといった感じになっているらしい。
更に言うと、カズキ君から送られた『花』を大事に飾っており、それらを眺めてはずっとニコニコしているのだとか……
ちなみにこれらの情報は、バンサーさんやお城のメイドさんたちからもたらされたもの。バンサーさんたちがリーヴァちゃんの情報を流してくれるので、僕たちも迷いなく作戦を続ける事が出来たのだ。
故に、目に見える成果はなくとも、作戦は順調に進んでいると言えた。
しかし―――そういう時ほど、意外な落とし穴があるもの。
僕たちからすると全く予期しない事柄であったので、仕方がないといえば仕方がないのだが……思わぬ横槍が入った事で事態は急激に動き出す。
五度目の遠征先は『ガロンド竜公国』の『飛竜の谷』。
『飛竜の谷』は多数のワイバーンが生息する野外フィールドタイプのダンジョンで、二つの高い山の谷間に目的の花―――『リューランカ』の群生地があるらしい。
ただ、この谷間こそが、二つの山に住まうワイバーンたちの産卵場所であるらしく、このダンジョンの一番の危険地帯となっている。
ドラゴンの劣化亜種であるワイバーンは一応Cランクの魔物であるが、その中でも最上位、B(-)に限りなく近いC(+)といったところ。もちろんこれは平均的な強さであるので、個体によってはそれ以上に強いものもいる。
そもそもドラゴンとワイバーンの明確な区別が難しく、ワイバーンは『魔素に恵まれなかったドラゴンが、ブレスの代わりに飛行能力を特化させた存在』なんて学説もあるくらい。
故に、まれに生まれてくる強力なブレスを持ったワイバーンはドラゴンと大差がない。
そんなワイバーンが群れをなして襲い掛かってくるとか、危険でないわけがない―――のだが……
「空を飛ぶなんて馬鹿なヤツだな……」
「死角が一切ない空から襲ってくるとか、対空砲火で撃ち落としてくれと言っているようなものよね」
「リフスちゃんの独壇場だね~」
ランク詐欺も甚だしい僕たちからすると、何の問題もない相手であった。
今回、僕たちは、僕・リサ・ミント・サクヤ・ノアさん・カズキ君という6人で探索に赴いていたのだが―――これ、神人5人と勇者っていうふざけたパーティーなんだよね。
更に言えば、剣の神であるサリアや風の神であるリフスもいるわけで……
空を飛ぶ襲撃者は、接近する間もなく魔法によって撃ち落とされていく。
そんなわけで―――十体の程のワイバーンが墜落したところで、襲撃は終わりを迎える。
劣化ドラゴンと揶揄されるワイバーンは、総じて知能が低いとされているが、獣並みの知能しか持たないだけに、自分たちより強いモノに襲い掛かったりしない。
そして、このダンジョンで最強の捕食者であるワイバーンを一蹴した以上、それ以下の力しか持たない魔物が僕たちに挑んでくるはずもない。
まあ、中には例外もないわけではないので、油断は出来ないが……
探索は概ね順調に進む。
だが、問題がないわけではない。
とはいえ、それは探索に直接関わるような事ではなく―――僕とノアさんの間にある微妙な空気というか……それを中心にした妙なやり辛さというか……そういう類のモノ。
「ねえ、兄ちゃん……ノアさんとはまだ話が出来てないの?」
「まあ、なかなか二人きりにはさせてもらえなくてね……」
カズキ君の問いかけに、頬を掻きながら答える。
「でも―――」
「あ~、ウン。言いたい事はわかっているし、僕もどうにかしたいんだけど……サリアやリフスたちの目を掻い潜ってとなると、なかなかね……」
「な、なるほど……恋人がたくさんいるっていうのも大変なんだね……」
カズキ君の問題と同様に、僕とノアさんの問題も今のところ進展はナシ。
いや、状況そのものは動いているのだが……
僕は当初、ノアさんにも考える時間が必要だろうと考え、自分から行動することはしなかった。もちろん、伝えるべきことは伝えてはいたが……だからこそ、ノアさんが答えを出すのを待つ事にしたのだ。
しかし、今はその段階を過ぎている。
今のノアさんは、明らかに僕と話をしたいという素振りを見せていた。
だが、その機会を中々得られず、今に至っている。
ノアさんはもともと恋愛事には奥手なようであるし、サリアやリフスたちを押しのけてまで、話をしようとする積極性はない。そもそもそこまで明確に答えが出たわけではなく、答えを出すためにもっと話をしたい……と、そんな心境なのだろう。
そして、それを察しているから、サリアたちは邪魔をする。
これは『ライバルの足を引っ張る』とか『ライバルになりそうな相手を早めに潰す』とかではなく―――『ライバルとなる気概もないような相手は認めない』という意思表示であった。
というか……彼女たちの中ではライバルへの妨害も十分にアリなのだ。
だが、下手な事をして、僕の不評を買っても損をするだけ。それがわかっているから、自分を下げるようなマネは極力しない。つまり、互いに競い合うという方向性で一致しているのであって、舞台に上がってこないような相手は最初から論外なのだ。
そして、この考え方はリサたちも同じ。
以前、僕を焚きつけた事もあり、邪魔をするようなことはしないものの、リサたちもノアさんを応援するような立場ではない。
故に、動くのなら僕が……という話になるのだが……
これはこれで、問題がある。
というのも……リサたちはもちろん、サリアやリフスたちも僕の『彼女』であり、そんな『彼女』を押しのけて、『彼女』ではないノアさんの話を優先するというのは中々難しい。
もちろん強引に進めるという手もあるが―――その時はそれなりの『代償』も覚悟しなければならないのだ。
ただ……
「とはいえ、いつまでもこのままってわけにもいかないし……そろそろ覚悟を決めるかな」
「覚悟……?」
「少々情けないけどね。好きな女のコに我儘を聞いてもらうんだ。頭でも何でも下げるさ」
「あぁ、兄ちゃん得意の土下座交渉だね……」
「それで折れてくれるのなら安いものだからね。リサたち三人と付き合いたいって言った時から、僕の立場なんて一番下だし」
「やっぱり沢山の女の人と付き合うのは大変なんだね。父さんも似たような事言っていたよ。母さんたちが結託した時とか、絶対に勝てる気がしないって……」
そんな話をしながら、僕は心の中で決断を下す。
今のままずるずると引き延ばしても意味はないと思うし、そろそろ積極的に動いても許される頃合いだと思ったからだ。
まあ、だからといって、即実行―――とは、いかないわけだが……
※4章が終わるまでは毎日投稿予定です。