作戦開始
朝というには少し遅い時間。
『銀のゆりかご亭』の食堂に皆が集まっていた。
「―――というのがるーの立てた作戦なんだけど……具体的にはどう動くつもりなの?」
「ええと、それは―――」
「……そこはノープランなわけね。まあ、予想は出来ていたけど」
「ルドナちゃん、細かい計画を立てたりするの苦手だから……」
「基本、サクヤちゃんに丸投げだもんね」
「それはあなたたちも同じでしょ」
集まっていた理由は簡単。
僕の提案で大まかな方針は定まっていたが、それをどのように実行するかとなると、更なる話し合いが必要となる。
そして、その手の話し合いはサクヤの独壇場。
「まあ、いつもの事だからソレはいいとして……まずはいくつか確認しましょうか」
「確認……?」
「さしあたってはそうね……まずは立場をはっきりさせておきましょうか」
「立場?」
「今回の問題はあくまでカズキ君の極々プライベートな問題よね?私たちも全くの無関係というわけじゃないから協力はするけど、全てを投げうって、というわけにはいかないわ。私たちは私たちでやらなくちゃいけない事もあるしね」
「え、ええ……」
「じゃあ、それを踏まえて、カズキ君に質問なんだけど……私がこのまま仕切っても問題ないのね?」
「……え?ええと―――」
「サクヤは僕たちの参謀役だからね。カズキ君に協力はするけど、カズキ君の事だけを考えているわけじゃない。そんな相手に仕切りを任せても大丈夫なのかって事だよ」
「カズキ君はリーヴァちゃんにプレゼントするために、世界中の珍しい花を集めるのよね?でも、珍しいとされる理由にもいろいろとあるでしょ?単純に数が少ないとか、生息域が遠く離れているとか、咲く時期が限定されるとか……そして、今回の場合、必ずしも全ての希少な花を集めなくてはいけないというものではない。私がカズキ君の立場なら、転移魔法で世界を飛び回って、集めやすいものから集めるわ。でも、それだと私たちにメリットがないのよね」
「遠く離れた見知らぬ街を観光するというのも、普通に考えればメリットなんでしょうけど……そういう話ではありませんからね」
「僕が提案しておいてなんだけど、ある程度時間がかかる作戦だからね。何日も仕事を休んでとなると厳しいんだよ」
「あっ……そ、そうですよね……」
サクヤのペースで始まった話し合いは、終始、僕たちの都合のいい方に進む。
サクヤが最初に明示したように、僕たちはカズキ君を助ける側、カズキ君は僕たちの助けを受ける側なので、そうなるのも仕方がない。
ただ、僕たちも事前に打ち合わせをしていたわけではない。
故に、この時点の僕はサクヤの狙いがどこにあるのかはっきりとはわかっていない。
「それに―――私としては今回の事を『勇者の使命』として扱いたいのよね」
「それはどうしてですか?」
「いろいろと理由はあるんだけど、まず大きいのが面倒な手続きとかを省略できるって事ね。転移魔法を使った時の入国審査ってどこの国でも厳しくなるのが普通なんだけど、勇者はそのあたりフリーパスでしょ?」
「人類の守り手という扱いだからね、勇者の入国を拒めるような国はそうそうないよ」
「でも、リスクもあるわよね?下手に勇者の肩書を出すとそれこそ余計な騒ぎを招くことになるわよ?」
「ソニアさんの心配ももっともですが、そこは上手に明かせばいいんですよ。たとえば、そうですね……『神から与えられた極秘の使命で動いている。だから、普通の冒険者として扱って欲しい』とか、どうですか?これならそこまで騒ぎになることはないと思うのですが……」
「う~ん……」
「別に嘘をついているわけでもないですしね。カズキ君は本物の勇者ですし、アバン様から使命を与えられたといってもいい状況。極秘とは言われていませんが、勇者と魔王の痴話喧嘩の解消なんて、公にしたいとは思わないでしょうし……」
「……それで、そうする事による僕たちのメリットは?」
「私たちはリサを守るという立場からあまり目立ちたくないんだけど、Dランクの冒険者が世界中で転移をくりかえしていたら、嫌でも目立つでしょ?だから、勇者の仲間というポジションと、神様から転移用のアイテムを授かったという言い訳を作っておきたいのよ」
「……他にはないの?」
「一応、ランク昇格に向けてポイントを稼いでおきたいというのもあるけど、こっちはおまけみたいなものね。転移先でクエストを受注したりすると、更に目立つってだけだし……」
「あ、あれ?……ひょっとして、これが認められないと、僕たちは協力出来ない……?」
「まあ、難しくはなるわね。転移を使わないとどれくらい時間がかかるかわからない。でも、転移を乱発すれば嫌でも目立つ。入国審査なんかを全部無視するのなら出来なくはないけど、バレたらヤバイのは言うまでもないわよね?一応、ソニアさんに首飾りを渡すって手もあるけど、それで終わりにするなら、この話し合いもいらないでしょ?」
「………」
サクヤの返事に言葉を失う僕。
話が進むうちに、何故か僕が追い詰められていた。
「ルドナちゃんって、わりと閃きで行動するから、こういう失敗をよくするんだよね」
「いざって時に行動できるのが、るーくんのいいところなんだけどね~」
まあ、何故も何もないのだが……
「ええと……カズキ君、その―――」
「う、うん……兄ちゃんたちに協力してもらわないと色々難しいと思うし……僕はお願いする立場だから……」
僕の評価はともかく、サクヤの提案はちゃんと受け入れられた。
◆◆◆
話がまとまった以上、後は行動するだけ。
僕たちはその日のうちに隣国『リノタ帝国』に飛んだ。
『リノタ帝国』の『ザマオン森林』というダンジョンには、『シュノージュの花』と呼ばれる珍しい花が咲いているらしく、僕たちはそれを最初のターゲットに選んだ。
選考理由は入手が比較的容易であったから。
サクヤも言っていた事であるが、今の状況であえて入手困難なモノを狙う必要はない。
僕たちの都合で『冒険者として仕事も出来る場所』という条件を加えさせてもらったが、それでもいくつかの候補の中から選べるぐらいの余裕はあった。
なので、特に苦労する事もなく、『シュノージュの花』を無事にゲットする。
だが―――肝心のリーヴァちゃんとの面会はならず。
作戦は継続される。
次のターゲットは『ハルキノ聖王国』の『イオユタの花』。
こちらも入手難易度はそれほど高くない。
それというのも……『イオユタの花』は現地の聖樹教会が管理する植物で、交渉しだいで譲り受けるが可能。まあ、薬としても使われる希少な植物なので、多額の寄付か、それ相応の代価を払わなければいけないのだが……
僕たちは教会側が提示した依頼をこなす事で代価とした。
いや、手っ取り早く済ませるのなら、カズキ君の勇者の肩書を使うという手もあったのだが、安易に乱用すると酷い目に合いそうなので、そこは自重した。
で、二度目のチャレンジ。
しかし……ダメ。
作戦は更に継続。
だが、三度目の遠征に赴く前に、事態が少し変化する。
◆◆◆
「ただいま~」
「あっ、ナナエさん。お帰りなさい」
僕たちが三度目の遠征に向けて計画を練っていた頃、ナナエさんたちが王都から帰ってきた。
ただ、もともと王都への旅は15日ほどの予定であったので、これはほぼ予定通り。
護衛として同行していたメビンスさんたちも含め、全員、無事の帰還となり、僕たちもほっと胸を撫でおろす。
僕たちの暮らす『ユナニア王国』は比較的治安のいい国であるが、街から街へ移動するとなるとそれなりに危険も伴う。だからこそ、冒険者が護衛として雇われたりするわけだが……
そんな旅から戻ってきたということで、その日はちょっとしたお祝いみたいな流れとなる。
これは、コナンさんの父親の問題など、いろいろと聞きたい事があったから。
だが―――
「……はぃ……?」
「えぇっ……?」
「……まさかの展開ね……」
それは思いもしない報告でぶっ飛んだ。
「ククルちゃんとマブオクさんがくっつくとは思いもしなかったね~」
リサが口にしたとおり、マブオクさんとククルが交際を始めた―――なんて、衝撃の事実が飛び出したからである。
いや、それが悪いとか、そういうことではないのだが……
美女と野獣ならぬ、美少女天使とむさいおっさんという組み合わせが、意外すぎるというかなんというか……
「ま、まあ、マブオクのヤツは旅の間、あのコの面倒をずっと見ていたわけだしな……」
「コナンやナナエさんの為にいろいろと協力しあっているうちに、そうなったみたいだぞ……」
だが、メビンスさんやソーンさんの話を聞くと、ある程度は納得する事が出来た。
マブオクさんとククルは置かれた立場がよく似ていたし、共感を覚えても不思議ではない。まして、同じ目的の為に動いていたとなれば、そういうこともあるだろう。
ぶっちゃけ、外見こそ対照的な二人であるが、内面……というか、キャラの方向性みたいなところがわりとよく似ていて、お似合いと言えなくもない。
性格そのものは違うのだが、頻繁に『やらかす』のに、それが『憎めない』ところとか、本当によく似ていると思う。
そんなわけで―――二人に関してはかなり驚かされたが、言ってみればそれだけ。
いや、後日、メビンスさんやソーンさんと飲みに行った時に、『面倒みろって言ったのは俺たちだけどよ……まさかくっつくとかねーだろ……』みたいな愚痴を聞かされる事になったが……30代・独身・彼女ナシの二人としてはそういう感情を少しばかり抱いたとしても仕方がないだろう。天使なだけあって、ククルは本当に美少女だしね。惜しむ気持ちもわからなくない。
そろそろ、話を戻そう。
マブオクさんとククルの話に話題をさらわれた感があるが、コナンさんやナナエさんの話ももちろん聞く。
ただ、こちらはわりと順当に言ったようで、そこまで語ることはない。
コナンさんと父親との確執はある程度解消したらしく、今後問題となるようなことはないのではないか……との事。
コナンさんの父親は今までと変わらず王都で療養する事になったが、それは本人の希望であったようなので、話としてはまとまっている。(ナナエさん的にはシーケの街に呼び戻したかったらしいが、コナンさんの父親に、亡き妻の所縁の地で余生を過ごしたいと言われてしまい、折れるしかなかったとの事)
―――と、こんなところが、ナナエさんの報告である。
ただ、この報告そのものは、僕たちにとってそこまで重要な事ではない。
いや、もちろん、気になるところではあったが……そういう話ではなく―――
重要なのは、ナナエさんが帰ってきたという事。
それはつまり、『銀のゆりかご亭』の本来の店主が戻ってきたということで……
「それじゃあ、次の遠征にはノアも行けるわね」
「あ、あぅ……」
ノアさんの言い訳がなくなったという事であった。
作戦開始と言いながら、中盤くらいまでいっきに跳んでます。
ナナエさんたちの帰還は分けても良かった気がしますが、それはそれで短くなりすぎる気がしたのでここにいれました。話として重要になるのは、ノアさんの言い訳がなくなったという一点だけなので……
※4章が終わるまでは毎日投稿予定です。