訓練開始
僕たちはリサのパートナーとなった時、力を制御するための訓練を受けるとマリサ様たちに約束した。
そして、その為の加護も授けられている。
それが『試練の加護』。
勇者や英雄たちの成長を促す為に、わざと困難な状況を発生させるという、効果だけを見れば呪いとも言えそうな加護である。
そして、僕らに与えられた試練の加護の具体的な効果は―――日付が変わる午前零時になると、『神層世界』と言われる異空間に強制的に転移させられるというもの。
そこで神様たちから様々な訓練を施されるという事なのだが……
「今日からさっそくなんだね……」
ベッドで寝ていたはずの僕は、気が付くと見知らぬ場所にいた。
そこはちょっとしたホールのような空間で、アバン様とリサが僕を出迎えてくれる。
「るーくん、こんばんは~」
「……来たな」
「あれ?ミントやサクヤは?」
「二人はママのところで別の訓練を受けるんだって」
「本当はリサもあっちで勉強するはずだったんだがな。お前が心配だからこっちに来るってきかなかったんだよ」
それを聞いた僕は『リサ、ナイス!』と心の中で称賛する。
アバン様がリサを溺愛するあまり、僕の事を良く思っていないというのはこれまでの事で十分理解している。そんなアバン様と二人きりになるのは、僕としても出来る限り避けたいところであったのだ。
「僕だけ別メニューなのには何か理由があるんですか?」
「まあ、そうだな。まずはそこから教えるか……」
アバン様もリサの前で露骨な態度は見せられないからか、僕の問いかけに普通に答えてくれる。
「簡単に言やぁ、お前が戦士系で、お嬢ちゃんたちが魔術師系だからだよ」
「え?それはどういう……?」
「神の力っていうのは『マナ』を直接操ることでなりたっている。でも、それはそんな特別な代物じゃねーんだよ。つまり―――」
そこから始まったアバン様の話によると……
神の力は『マナ』……万物の根幹である『そこに存在する為のエネルギー』に直接干渉することで成り立っている。
当然ながら、普通の人間にはそんなことはできない。
しかし、それは直接操る事ができないというだけで、間接的に操る事はできる。
それが『生命力』や『魔力』といった『マナ』が変質したエネルギーを操る方法。
そして―――神というのはそれを究極まで極めた存在であるらしい。
「生命力や魔力の扱いを極めていくと、自然とマナの扱いも出来るようになるってわけだ。というか、エネルギーの変換を瞬時に行えるから、直接マナに干渉しているように見えるだけで、やり方そのものは神も人も同じなんだよ」
「なるほど。だとすると―――」
「お嬢ちゃんたちは魔術師系だろ?なら、そっちのアプローチからマナをコントロールする術を学んだ方が早い。戦士系のお前は生命力……『闘気』の扱いを極めた方がいいって事になる。その体格でファイターをやろうっていうんだ。多少は闘気も使えるんだろ?」
「はい」
アバン様の言う通り、僕は小柄で細身……前衛に立ち、後衛を護るファイターにはあまり向いていない。
子供の頃から剣の練習は欠かさずやってきたが、武器を扱う技術だけで体格差の不利を埋めるというのはなかなか難しいのである。
だから、僕はもうひとつの武器として、闘気を扱う術を磨いてきた。
闘気を身に纏えば、素手で大岩も破壊できるし、大砲の砲弾でさえ防ぐことが可能となる。
もちろんそこまで鍛えれば……という事で、今の僕に出来るかどうかは別の話ではあるのだが……
「魔法なんかと違って、闘気の訓練は身体を動かしながらした方がいいっていうのはわかるよな?だから、お前は実戦形式での特訓がメインになるわけだ」
「はい……あ、でも、僕、精霊魔法も使えるのですが―――」
「あん?何言ってんだ、お前は。お前の精霊魔法は精霊たちが勝手にやってくれているだけで、お前の力じゃねぇだろうが。違うと言うなら、リサとの契約を切った状態で精霊を召喚してみろよ」
「え?契約を切れって言われても……」
「まあ、出来ねぇよな。だがよぉ。お前がほとんど代償なしに精霊を召喚できるのは、リサがその代償を肩代わりしていたからだぜ。世界樹であるリサには膨大なマナがあるし、中位精霊の召喚ぐらいなら全く問題にならないしな」
「そ、そうだったんだ……」
「そういうわけで、ここからしばらくはリサの協力はナシだ。お前が自力で精霊を呼びだして使役する分にはかまわねぇが、リサの力でそれをしたんじゃ訓練にならねぇからな」
そう言って、アバン様はニヤリと笑う。
それはとても不吉な予感を僕に抱かせるものであったが……
「わかるよな?」
「……はい……」
僕としては黙って頷くしかない。
すると―――
「ヨーシ、いい返事だ。なら、最初の対戦相手は選ばしてやる。お前、『スライム』と『ゴブリン』どっちがいい?」
アバン様は僕に二つの選択肢を提示した。
『スライム』と『ゴブリン』。
冒険者であれば誰もが知っていている、最弱クラスの『魔物』である。
スライムは粘液状の身体を持つ不定形生物で、その身体に何でも取り込み、消化・吸収する。
ゴブリンは人間の半分ほどの背丈の妖魔で、武器を手にする程度の知能を有する。
では、どちらが戦い易いかというと―――心情的にはスライムである。
何故なら、ゴブリンは人に似た姿をしているからだ。
人に近しい姿をしているという事は、僕らの世界では大きな意味を持つ。
というのも……人と似た姿を持ち、人と共存の意思を示した者たちは、基本的に『人類の一員』と見なされるからである。
故に、ゴブリンやオークでも、街で暮らしているような者たちは『魔物』とは呼ばれない。
『魔物』とは『魔素に侵され、正気をなくしたもの』の総称であり、人類と敵対しないものには当てはまらないからだ。
ただ……だからといって、戦えないというわけではない。
冒険者は傭兵ではないので、人同士で戦う機会はそれほど多くはないが、商人の護衛などで野盗と戦ったりすることもあるし、貴重なダンジョンを荒らす盗掘者や違法な密売を企む密猟者を捕まえるために武力を行使することもある。
人と戦う覚悟が持てないのなら、冒険者などなるべきではないのだ。
よって―――『スライム』を選んだ事に然したる意味はない。
本能で動くスライムの方が知恵の働くゴブリンよりも戦い易いかな?という程度。
しかし、そういう問題ではなかった。
「は?え?何、コレ……?」
「あん?見てのとおり、スライムだろ?」
僕の前に現れたのは……確かにスライムだった。
ただし、普通のスライムとは違い、七色に輝いている。
「そいつはハイエンシェント・エレメンタルスライム。六属性の精霊の力を宿したスライムがエレメンタルスライムと呼ばれるんだが、そいつはその中でも1万年以上生き抜いた超レアな個体だぜ」
「はいえんしぇんと……えれめんたる……すらいむ……?」
僕はアバン様の言葉をアホのコのように繰り返す。
なんというか……見た目は虹色のスライムなのだが……その身体から放たれる存在感が半端ない。なにしろ、神々しいまでのオーラがそのスライムには備わっていたのだ。
そして―――
「そんなボーっとしていていいのか?模擬戦とはいえ、戦闘は始まっているんだぜ?」
「え?」
スタートの声も既にかかっていたらしい。
だが、それも恐らく関係ない。
「……え……?」
何故なら、ハイエンシェント・エレメンタルスライムは既に攻撃体勢に入っており、その流線形の身体の中央部に口のような窪みを生み出していた。
「……エ……?」
それに気づいた時には、極太のレーザーのようなものが放たれ、僕は光に包まれた。
「………」
そして……僕の意識は……途切れた。
神様の訓練が始まりました。
そして、初めての戦闘回(笑)です。
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。