再戦
僕たちが『プレデコーク』から帰還したのは、日没直後という時間であった。
なので、それ以上の活動はナシ。
居残り組のノアさん・ソニアさんに報告程度の話はしていたが、それも詳しくは明日という事になった。
ちなみに―――神であるアバン様は、一度『神界(神様たちが普段住んでいる世界)』に戻られるという事で、この場にはいない。
明日になればまた来るとおっしゃっていたので、特に問題はないのだが……
「というわけで、修行の時間だ」
「あ~……確かに日は変わりましたけどね……」
いつものように『神層世界』に転移させられた僕は、数時間ぶりにアバン様と再会する。
近頃はずっとダンジョン攻略だったので、アバン様が直々にやって来るという可能性をすっかり失念していたのだ。
「あれ?アバン様?」
「ここはいつもの場所じゃないみたいですね」
「今日は別メニューなんだって」
アバン様と一緒に現れたリサは例外として、サクヤとミントは僕と似たような反応。
しかし、問題はそこではなく―――
「あ、あれ?ここは……?」
「えっ!?カ、カズキ君!?」
「はい?なんで、カズキ君がここに?」
この場には何故かカズキ君もいた。
もっとも……
「丁度いいから、カズキにも修行させることにした」
アバン様の言葉で疑問はすぐに解明する。
主神であるアバン様であれば、カズキ君を呼び寄せることぐらい難なくやってのけるだろうし、『神層世界』ほど修行に適した場所というのも中々ない。
ただし、敵のレベルに目を瞑れば……という話であるが……
「でも、ここはカズキ君には厳しいのでは?」
「確かに少々厳しいかもな。でも、勇者の加護もあるんだし、問題ねぇだろ」
「死んでも蘇生できるから大丈夫だよ~」
「いや、死ぬ前提の特訓という時点で、いろいろおかしいと思うんだけど……」
「じゃあ、お前たち三人で相手をするか?前衛がお前一人じゃ、まだ苦労すると思うが―――」
「―――あ、いえ……修行ですからね。多少の怪我とか仕方ないですよね」
アバン様の視線の先で、ポムポムと跳ねる虹色のスライムを目に留めた僕は、即座に手の平を返す。
「あの、さっきから不穏な単語が聞こえるんだけど……」
「カズキ君、ここの先輩として、アドバイスをあげるね。とにかく全力で生き延びることだけを考えて。相手がスライムだろうと舐めてかかっちゃダメだよ。いいね」
「いや、兄ちゃ―――」
「よ~し、それじゃあ、始めるぞ」
カズキ君が何かを言いかけていたが、アバン様は構わず訓練開始を宣言する。
その瞬間、虹色のスライム―――ハイエンシェント・エレメンタルスライムの身体に大きな口が生み出される。
「ぼうっとしていたら、死ぬよっ!」
僕はカズキ君を突き飛ばし、閃光のブレスをギリギリで避ける。
更に剣の神であるサリアを呼び出して、カウンターを放つ。
5つの剣閃が虹色のスライムを捉えるが―――奴は己の身体から巨大な剣を持つ腕を生やし、その全てを切り払う。
「うわっ!サリアでもダメなのかっ!」
「ほう。剣を『一時神化』させたのか。だが、剣の力を使いこなせないのでは宝の持ち腐れだな」
「え?どういうこと?」
「あの剣には使い手に『剣の理』―――高レベルの剣士の技量を与える力があるみたいだが、付与された能力というのはあくまで借り物。本物を前にすれば、メッキは容易く暴かれるってわけだ。まあ、暴かれたからといって、戦えないわけじゃないけどな。要するに使い方の問題なんだが……さっきのアレは明らかに悪手だろ。不意打ちを狙ったにしても、単発の大技で後に続く技もないとか、自分から手の内を晒しただけで、威嚇にもなりゃしない。実力を隠して油断を誘うって作戦ならアリといえなくもねぇが、そもそもそんな実力があるなら正面から打ち合えばいいわけだしな」
「むぅ……」
戦闘に参加していないアバン様とリサがそんな会話を交わしていたが、こちらにはそれに耳を傾ける余裕などない。
「【ホーリー・シールド】」
「【ブルー・ファランクス】」
ミントの防御魔法とサクヤの対空迎撃魔法で相手の魔法攻撃を防げているからなんとか勝負になっているものの、押されているのは僕たちの方である。
とはいえ、以前ボロボロにされた僕からすると、十分健闘していると思えたが……
そういう意味でいうと、カズキ君は不幸だった。
僕は以前戦った相手であるし、ミントやサクヤにはその理不尽な強さを伝えてあった。
しかし、カズキ君にはそういう情報が一切ない。
もちろん、見た目がスライムだからと油断しているわけではないが―――神クラスの実力がもたらす不条理な強さを早々に理解できるはずもない。
「よしっ!もらったよ!」
僅かな隙をつき、カズキ君の剣が虹色のスライムを両断―――したかに見えたが……
相手はスライム(詐欺)である。
「【ダークザッパー・ダブル】」
斬撃に合わせて身体を分裂させた虹色のスライムが、闇の刃でカズキ君を細切れにする。
「あっ、やられた」
「……あれ、大丈夫なんですか?」
「心配すんな。ほらよ、【パーフェクト・リザレクション】」
まあ、アバン様の蘇生魔法で速攻生き返ったわけであるが……それは同時に、戦線に復帰するということである。
「……え?あれ?」
「ぼうっとしちゃダメだよ!」
とはいえ、蘇生直後の危険性を僕たちは十分に理解していたので、そこまで慌てたりはしない。
呆然とするカズキ君をフォローしながら、なんとか態勢の立て直しをはかる。
―――と、そんな感じで、その日の訓練(死闘)は続けられた。
そして……
「……はぁはぁはぁ……に、兄ちゃんたちは、いつもこんな事をしているの……?」
「いや、いつもってわけじゃないよ。あのスライム詐欺と戦ったのは久々だったし……」
「私たちもアレと戦ったのは初めてよ。まあ、話はきいていたから、そこまで慌てずにすんだけどね」
「ルドナちゃんも頑張ってくれたしね」
「後衛組はなんとか守り切ったな。その点は素直に誉めてやろう」
「その分、カズキ君にしわ寄せがいっていたよね。まあ、フォローもしていたようだけど……」
「こ、後衛が崩されると立て直すのがたいへんだから……」
感想戦というほど本格的なものでもないが、今日の訓練について軽く話し合う。
四対一だったこともあり、それぐらいの余力が(カズキ君を除けば)あったのだ。
だからなのか―――
「今日はよく頑張った。だから、お前たちにご褒美をやろう」
アバン様が唐突にそんな事を言い出した。
「ご褒美……ですか?」
「『ワールド・メモリー』……この世界の大半の都市の転移座標を記憶した首飾りだ。レインのやつから徴収した『神器』だが、お前たちには必要だろ?」
「これがあれば、行ったことのない街にも転移できるということですか?」
「まあ、そうだな。ただ、全ての街が登録されているわけじゃねーからな。小さな村とかは登録されてないぜ。あと、ダンジョンの中にある都市なんかも微妙だな。一応、追加で登録することもできるようだが、その時はその場に行かないといけないから、あんまり意味はないぜ」
「転移魔法が使えるなら、ゲートの設置も出来るはずですからね」
一般的な魔術師が使う転移系魔法は、術者が一度その場所を訪れているという前提のもとに成り立つものが多い。もちろんそれに当てはまらないものもないわけではないが、それらはかなり特殊なもの。
僕たちは神の力を得た『神人』であったが、その知識や技は人であった時に身につけたものの延長でしかないので、知らない事も出来ない事もまだまだ多い。
故に―――転移魔法を補助してくれるアイテムというのは、非常にありがたい。
ただ……
「そういうわけで、後はお前らに任せるわ。一日、二日なら同行してやっても良かったが、それ以上となると俺も厳しいからな」
「いや、この首飾りは非常にありがたいですし、アバン様がお忙しいというのも分かりますが―――これ以上関わると面倒だから、僕たちに丸投げしたって事では……?」
「おっ、そろそろ時間だな。それじゃあ、今日は帰っていいぞ」
「オイ―――ッ」
僕の問いかけを華麗にスルーして、アバン様が転送の魔法を発動。
僕たちは元の世界に戻された。
※4章が終わるまでは毎日投稿予定です。