ソニアの後押し
僕たちが『プレデコーク』に向かった後、ノアさんとソニアさんの二人は『銀のゆりかご亭』で子供たちの相手をしていた。
だが、『銀のゆりかご亭』に預けられる子供たちはわりと手のかからない子が多く、常時忙しいというわけではない。
この日はテオ君とナコちゃんという年長のコが揃っていたし、やたらとお姉ちゃん風を吹かせたがるニーズもいたので、子供たちにかかりきりという感じにはならず、わりと余裕が伺えた。
だからなのか―――
「それで、何があったのよ」
ソニアさんはノアさんに話を振る。
「え?何?」
唐突に話を振られたノアさんは、最初こそ意味がわからなかったものの、それはすぐに判明する。
「この頃、ルドナ君のこと避けているわよね?」
「……えっ……べ、別にそんな事―――」
「あるわよね?」
「……うっ……」
それなりに付き合いのある親友同士。言い逃れなど出来ない。
ノアさんはわりと素直に口を開き、自分の置かれている状況を打ち明けた。
ただ、ソニアさんには世界樹や世界渡りの事などの情報が伏せられたままであったので、その辺りは苦心したようであるが……
「なるほど。その『一時神化』とやらを解除するかどうか、決断を迫られていると……」
「ルドナ君たちは来年の春にはこの街から離れるらしくて……神様の力をそのままにしていくわけにもいかないからって……」
「でも、それだけならルドナ君を避ける理由にはならないよね?」
「うっ……え、えっと……その……ル、ルドナ君にね……出来れば自分たちと一緒についてきて欲しいって言われて……」
「ほう……」
両手の人差し指を突き合わせながらノアさんが告げると、ソニアさんの口から興味深げな声が上がる。
(流石に何人も恋人がいるだけあって、そういうところはしっかりしているのね)
そんな評価を心の中でしつつ、ソニアさんは会話を続ける。
「それで、ノアはなんて答えたの?」
「……か、考えさせて欲しいとだけ……」
「……考えさせて欲しい、ね……」
「だ、だって!急にそんな事を言われても困るっていうかっ!お、お店の事とかクランの事とか、いろいろ考えなくちゃいけないし―――」
「ああ、うん、わかっているわよ。だから、落ち着きなさいな」
「うっ……」
「別にノアの返事は間違ってないと思うわよ。自分の将来に大きく関わる話だもの。そう簡単に決められるものでもないでしょ」
「……うん……」
「ただ、だからこそ、アドバイスさせてもらうと―――難しく考えない方がいいと思うわよ」
「……え?」
「いや、いろいろ考えなくちゃいけないっていうのは確かにそうだけど、まずは何を優先するべきか順番をつけないと頭がこんがらがるだけでしょ?」
「そ、それは……そうかもだけど……」
「というか―――貴方はルドナ君の事どう思っているの?」
「はぅっ!そ、それは―――」
赤く染まった顔を反らして、ごにょごにょと呟くノアさん。
その態度がすでに答えのようなものであるが、ソニアさんはそれを茶化したりはしない。
ただ、ちょっとした懸念から、その反応を窺っただけ。
そして―――
「まあ、今は答えなくてもいいわよ。でも、ルドナ君にはきちんと答えてあげなさいね。せっかくプロポーズしてくれたんだから」
「えっ……?プロ……ポーズ……?」
ソニアさんの言葉にキョトンとした表情を浮かべるノアさん。
(ああ、やっぱり気づいていなかったのね)
ソニアさんはその場にいたわけでないので、僕とノアさんの間にどんなやりとりがあったのかはわからない。
だが、初心すぎる自分の親友が、相当にテンパっていたという予測はつく。
だからこそ、その言葉の意味をきちんと理解していないのでは?と考えたわけだが……
「いや、だって……ルドナ君たちは来年の春にはこの街から出るのよね?そして、それについてきて欲しいって言われたのよね?」
「う、うん……」
「もちろん、ただの旅仲間に誘われたってわけでもないのよね?」
「た、多分……」
「だとしたら、そういう事になると思うんだけど。ルドナ君もノアがこの店やクランを大事に思っているのはわかっているでしょ。わかったうえで、それでも自分と一緒に来て欲しいって、そう言っているんでしょ。なら、その責任も当然考えていると思うけど?」
「えっ、あっ、うっ……」
(告白を通り越して、いきなりプロポーズされたようなものだから、ノアが混乱するのも仕方がないんだけどね。そこに付け込まなかったのはルドナ君の誠意かな?まあ、『一時神化』みたいなイレギュラーな出来事も絡んでいるし、ある程度はやむを得ないわね)
「とはいえ、私はルドナ君じゃないからね。本当のところはわからないわよ。だけど、だからこそ、ちゃんと話し合った方がいいんじゃない?いつまでも避け続けるわけにもいかないし」
「う、うん……そ、そうする……」
ソニアさんの言葉に頷くノアさん。
自分の親友が色恋関連に奥手なのは十分わかっているので、ソニアさんもそれ以上踏み込まない。
いろいろとアドバイスもしたし、背中も少し押してみたが、決めるのは本人であるとソニアさんは考えていた。
なにより―――
(ルドナ君が悪いってわけじゃないけど、ノアの性格だと色々苦労しそうなのがね……)
ソニアさんはノアさんの応援をしているだけで、僕の味方というわけではなかった。
※4章が終わるまでは毎日投稿予定です。