魔王と勇者
遅くなりましたが、4章開始です。
「―――つまり、告白の練習をしていたら、当の本人にそれを見られたあげく、勘違いされてしまったと……」
「はい」
僕の説明を受けたアバン様はなんともいえない渋い表情を浮かべていた。
「それで―――リーヴァちゃんが魔王というのは、どういうことなんですか?」
そんなアバン様に質問をぶつけたのはカズキ君。
中庭から走り去ったリーヴァちゃんを慌てて追いかけたカズキ君であったが、結局、彼女を捕まえることは出来なかった。
追いかけられたリーヴァちゃんは途中で転移魔法を使ったらしく、何処に転移したのかわからないカズキ君では追いかけようがなかったのである。
だからこそ、カズキ君も『銀のゆりかご亭』に戻ってきたわけであるが―――
「お前がレインの言っていた勇者だな。まあ、話はそんなに難しくねーよ。彼女はリーヴァ=シアン。混沌の大迷宮にある悪魔の国『ブレデコーク』の王族で……つい先日、即位したばかりの女王陛下なんだよ。だから魔を統べる王―――魔王ってわけだな」
「……え……?」
「お前が彼女の正体を知らなかっただけで、彼女は元から魔王―――いや、魔王になることが決まっていたんだ」
「……そんな―――」
アバン様の言葉に、カズキ君は信じられないといった感じで狼狽える。
唐突に知らされた事実に驚いたというのもあるのだろうが、勇者と魔王の関連性を考えるとそういう反応になるというのも理解できる。
ただ―――
「とはいえ、お前が危惧しているような事にはならねぇから安心しな。魔王といっても彼女たちは中立派―――むしろ親和派といってもいい存在だからな。人類の敵となるような魔王ならまだしも、中立派の魔王を討伐しろなんて神託はおりねーよ」
アバン様もカズキ君の不安の理由を察したのだろう。
まずはそこをはっきりさせた。
そして―――
「というか……レインの奴はお前らの仲を取り持つために、勇者の加護を授けたんだよ」
「……え?」
「中立派とはいえ、彼女は魔王。何の力の持たない人間が彼女と付き合うとなるといろいろと難しいと思うぜ。彼女が本気で力を振るえば、人の命なんてあっさり奪えてしまうわけだからな。それこそ国家単位の武力でもなければ相手にもならねーよ」
「ええと……それって―――」
「どんなに仲がいい相手でも、ずっと付き合っていれば、喧嘩のひとつやふたつくらいはするものだよ。でも、魔王と普通の人間では喧嘩が成り立たない。喧嘩も出来ない相手では、どちらか―――あるいは両方がずっと我慢をしなくちゃいけなくなる。そんなの窮屈でしょ。だから神様たちは、カズキ君に加護を与える事にしたんじゃないかな?」
「まあ、そういうことだ。もともとレインの奴もそれで苦労していたし、自分の時と同じ対処法をとったんだろうよ」
「え?」
「同じ対処法?」
「ああ、お前に勇者の加護を与えたレインってヤツもお前と同じでな―――」
アバン様の話によると、カズキ君に勇者の加護を与えた神様が『慈愛の神』であるレイン様。
レイン様はこの世界を監督するような立場にある神様なのだが、もともとは僕たちと同じただの人間で、更には元勇者でもあったらしい。
「レインのヤツはただの人間であった頃に、魔王に見初められ、結婚することになったんだが……その前もその後もいろいろと大変だったんだよ。なにしろ、喧嘩する度にレインは殺されていたからな」
「こ、殺されたっ!?」
「それで、アイツが死ぬ度に俺たちも呼び出されるんだよ。『レインを生き返らせろ』って、な。で、いい加減付き合うのも馬鹿らしくなったから、レインのヤツに勇者の加護を与える事にしたんだよ。勇者の加護には『魂の保護』があるからな。俺たちのように『即時復活』とはいかないが、たとえ肉体を消失していても『復活』が可能になる。シアンのヤツも魔王なだけあって、普通の蘇生魔法は使えたからな」
「蘇生魔法が使えるのなら神様たちを呼び出す必要はないのでは……?」
「蘇生魔法は魂を器である『肉体』に戻す魔法だからな。魂そのものが消失していたり、身体の損傷が激しかったりすると使えねぇだよ。だが、神である俺たちは魂そのものも再生する事が出来る。まあ、実際にはいろいろと制約もあるんだけどな。俺たちが呼び出された理由は普通の蘇生魔法じゃ蘇生できない状態だったからだ。で、ここまで言えばわかると思うが、『魂の保護』っていうのは、その名のとおり魂を守る能力なんだよ。肉体を作り出す『復活』の方はおまけみたいなもので、もともと魂に付随する能力を強化しているだけだしな」
「あ、なるほど……」
レイン様に勇者の加護が与えられた理由が『魂の保護』を与える為。
それはつまり―――
「喧嘩するたびに魂まで引き裂かれていたんですね……」
「まあ、そういう事だな……」
僕の言葉にアバン様は深く頷く。
「シアンは元々大罪系の悪魔でな。この世の全ての『嫉妬』から生まれたような存在だったんだよ。だからなのか、異性関係で揉めると恐ろしく面倒でな。魔素の影響は克服出来ても、それで感情がなくなるわけでもねぇからな。仕方がないっていえば、仕方がないんだが……」
「……レイン様はよくそんな人と付き合えましたね……」
「ああ、それはな……それ以外の部分はほぼ完璧だったんだよ。普段の彼女はそれこそ聖女みたいな人格者で、更に知勇兼ね備えた名君でもあったからな。『嫉妬』という爆弾が破裂しなければ問題ないというか……ある意味ではそれさえも『魅力』として映っていたんじゃねーか?」
「魅力……ですか?」
「シアンは自分が『嫉妬』という大罪から生まれたっていう自覚があったからな。自分を厳しく律していたんだよ。だからこそ万人に聖者の様な振舞が出来ていたんだが……レインが関わる事だとそれが出来なくなった。つまり、レインの存在が彼女の『特別』であったという証明にもなるだろ?」
「あぁ、なるほど……」
「それに、普段はいいヤツってところが本当に厄介でな。関わると面倒だとわかっていても、簡単には見捨てられねーし、放っておくのも罪悪感が募るつーか……」
「それは本当に厄介ですね」
「その魔王シアンがあのコの―――シアン王家の始祖なんだが……?」
「あ~……」
アバン様の視線から目を反らし、僕はあいまいな返事を返す。
話としてはリーヴァちゃんの先祖の事であったが、今回の問題と重なる部分は大きいのだろう。アバン様の目が『面倒な問題を起こしやがって……』と訴えているし、それぐらいの察しはつく。
とはいえ、僕たちに出来ることは多くない。
そう考えると、アバン様がリーヴァちゃんの知り合いであったのは幸いだった。
なにしろ、カズキ君はリーヴァちゃんの正体を知らなかった。
同様に、彼女の住んでいる場所も聞いていない。
二人の交流は文通が主体であったし、そのやり取りは魔法の便箋(相手の住む場所に自動的に転移魔法で送られる魔法の道具)で行われていたので、それで問題がなかったからだ。
つまり―――アバン様がいなかったら、僕たちはわりと詰んでいた。
まあ、巻き込まれたアバン様からすればいい迷惑なのだろうが……
とはいえ、アバン様も一応無関係というわけでもない。
アバン様は即位したばかりのリーヴァちゃんに挨拶をするために悪魔の国である『ブレデコーク』に出向いていたのだが、その最中にリーヴァちゃんが地上―――というか、このシーケの街に遊びに行く予定があると聞かされ、案内役を買って出たらしい。これは地上での保護者兼監視者のような役割でもあったようで、リーヴァちゃんが泣いて帰ったとすると問題となる可能性があった。
故に、事情を報告する意味でも、アバン様はこの後もう一度『プレデコーク』に戻るとの事であったが……
それならば、当事者のカズキ君や僕も一緒に行って、事情を説明した方がいい。
もともと誤解なわけであるし、こういう時は迅速に行動するべきなのだ。
そんなわけで、僕たちの『プレデコーク』行きが決定した。
4章の執筆がようやく終わったので、順次投稿していきます。
今回は1日1話ずつの投稿になります。(予約掲載のミスとか不測の事態がなければですが……)
※蛇足気味な捕捉
リーヴァちゃんの家名である『シアン』は、始祖である魔王シアンの名前をそのまま使っています。
始祖のシアンはファーストネームしか持たない悪魔であったため、偉大な魔王の名を残したいと家名にしたという感じです。