届けられた手紙
僕たちはバンサーさんの屋敷で一泊し、次の日には帰路についた。
『銀のゆりかご亭』に戻ってきたのは夜の10時すぎであったが、これはほぼ予定どおり。
「おかえりなさい」
「おかえり」
「ただいま」
出迎えてくれたミントとサクヤにそんな挨拶を交わし、ダンジョン探索の成果など、この三日間の事を軽く報告しあう。
そんな中で―――
「あ、そうそう。カズキ君に手紙が来ていたわよ」
そう告げたサクヤは、カウンターの引き出しの中から花柄模様のかわいらしい封筒を取り出した。
「手紙?」
「差出人はリーヴァちゃんって女のコみたいだけど―――」
「えっ!リーヴァちゃんっ!?」
最初は首を傾げていたカズキ君であるが、手紙の送り主の名前を聞くと即座に反応し、半ば奪うような形で手紙を手にする。
「そんなに慌てなくても、勝手に開けたりしてないわよ?」
「あ、ごめんなさい……」
「よっぽど大事な手紙みたいね?」
「あ、あぅ……に、兄ちゃん!僕、部屋に戻るからっ!」
サクヤにからかわれたカズキ君は逃げ出すように自室に駆け出す。
リーヴァちゃんといえばカズキ君の好きな女のコの名前であったはずなので、その反応もわからなくはないのだが―――
(そんな反応したら、流石にバレバレだと思うんだけどな)
僕は横目でソニアさんの反応を窺う。
カズキ君との約束があったので、カズキ君に好きな女のコがいるという事を、僕は誰にも話してはいない。だが、当の本人があの調子であったとすると、周りにいた者が気付いていたとしてもおかしくない。
そして、案の定―――
「ごめんね、サクヤちゃん。リーヴァちゃんっていうのはカズキの友達で、ずっと文通を続けていた相手なんだけど……女のコとそういう事をしていると周りに知られるのが恥ずかしいみたいでね。家でもずっとあんな感じだったのよ」
「あれくらいの歳の男のコなら仕方がないんじゃないですか?まあ、あれだけ分かり易い反応をしておいて、隠すも何もないと思いますけど。それも微笑ましいですよ」
「そうよね。あれで隠し通せると思っているのが不思議よね」
(あ、やっぱりバレていたんだね)
ソニアさんはカズキ君の想いに気が付いていたようである。
◆◆◆
そんな事があった後、僕はカズキ君から改めて相談を持ち掛けられていた。
ちなみに場所はお風呂。
冒険から帰ってきたところであるし、大浴場には僕とカズキ君しかいなかったので、相談するには一番良かったのだろう。
そして、その相談内容というのが―――
『リーヴァちゃんに告白したいんだけど、どんな感じにすればいいのか、一緒に考えて欲しい』
―――と、いうもの。
リーヴァちゃんから送られてきた手紙には、『近いうちに遊びに行く』というような事が書かれていたらしく、カズキ君はこの機会に告白する事にしたらしい。
ちょうど『ネオエインの花』も手に入れたところであったし、今が絶好の機会だと考えたのだろう。
僕もいい考えだと思うし、相談に乗るぐらいなんでもない。
……そう、相談だけなら問題はなかったのだが―――
話がおかしくなったのは、リサたち女性陣がこの話に加わるようになったあたりから。
女性陣が話に加わるようになった経緯は、女のコの意見も聞いた方がいいという僕のアドバイスがあったからで、これはカズキ君も納得済み。
最初は渋っていたカズキ君であるが、態度でバレバレであることを指摘すると、わりとあっさりと考えを改めてくれた。まあ、開き直っただけともいえるが……
女性陣に意見を聞いたのは間違いではない。
貴重な意見をいくつか貰えたし、何よりソニアさんにカズキ君の考えを伝えることが出来た。
カズキ君の植物学者になりたいという動機が、好きな女のコとの約束にあると知った事で、ソニアさんも無碍には出来ないと考えを改めてくれたのだ。それだけでも十分に得るものはあったと言える。
ただ、ここからがいまいち納得ができないのだが―――何故か、僕がカズキ君の告白の練習相手をする事になった。
いや、理屈はわかる。
姉であるソニアさんはカズキ君としても練習相手には選び辛いだろう。
じゃあ、リサたちならどうかというと……これは僕が面白くない。
それなら僕しかいないという事なのだが―――
これはリサたちの嫌がらせというか、報復というか……まあ、一種の罰のようなもの。
「それで、るーくんはどうするつもりなの?」
「どうするって言われても……」
「ノアさんには全てを話すしかないでしょうね。その後はノアさん次第だけど―――」
「ノアさんを『一時神化』させたのはルドナちゃんなんだもの。それなりの責任もあるでしょう?」
「それは……わかっているよ」
「じゃあ、るーくんがどうしたいのかも、ちゃんと聞いておかないといけないよね~?」
「それを聞く権利が私たちにはあると思うけど?」
「うぐっ……」
ノアさんを『一時神化』させた件で、僕はいろいろとマズイ立場にあった。
なにしろ今のノアさんは『一時神化』したまま―――つまり、神人となっている。
リサたちの言う通り、全てを話す必要があるだろう。
ただ、そうすると問題がひとつ。
僕が『一時進化』させたのはノアさんで二人目であるが、サリアの時とは事情が違う。
サリアはもともと僕の剣に宿った魂であるし、僕に好意を寄せてくれていたので、特に問題にはならなかったのだが―――ノアさんは僕の恋人ではない。
そうなると、『この後、どうするのか』という話をしなければいけなくなる。
『一時神化』は一時という言葉通り、その契約を解除する事が出来る。
神様として未熟な僕は今すぐ行えるわけではないのだが、やり方はリサが知っているし、ある程度練習は必要になるだろうが、習得にはそれほど時間はかからないとの事。
故に、ノアさんには『一時神化を解除する』『一時神化したままにする』という二つの選択肢があるわけだが……
解除するという方を選ぶのなら、特に問題ない。
だが、解除しないという方を選ぶのなら……僕には彼女を神にした責任が発生する。
それなのに、僕たちは一年後にはこの世界から旅立とうとしているわけで……
神化させたノアさんをこの世界に残していくというのは少々問題がある。
いや、正直、それは言い訳で―――
「まあ、今更一人や二人増えたところで変わらないと思うわよ」
「え?」
「リフスちゃんやサリアちゃんもいるんだし、ルドナちゃんの好きにすればいいと思うよ」
「ノアさんに関しては私もそんなに強く言えないしね。バンサーさんを止めなかった私にも責任はあると思うし……」
「じゃあ―――」
僕は三人の言葉に顔をあげ―――
「―――でも、魔妖花のルネちゃんは別だよね?」
「……え……?」
「後で会いに行くって約束したんだよね?」
「……ええと―――ご、ごめんなさいっ!」
笑顔を向ける三人にひたすら頭を下げた。
ノアさんの件も問題ではあったが、あれは一応不可抗力というか、あの場面では仕方がない側面もなかったわけではない。
だが、ルネの話まで合わさると、これはもう言い訳できない。
この一件以降、僕は三人に頭が上がらないので、大抵の事は受け入れるしかなかった。
そして―――僕は女装させられることになった。
この章が終わるまでは三日に一度の投稿予定です。
次の章の投稿は一日一回の更新にしたいので、その目処が立つまで時間を頂きます。