神化と夜遊び
僕らが全ての条件を飲んだ事で、話し合う事はほとんどなくなる。
僕らの目的だった『マリサ様から世界渡りについて詳しい話を聞く』というのも、神様の修行の一環として、後日、改めて説明するということになったので、今まで聞かされていた内容を確認した程度で終わる。
「知識のみを詰め込むよりも、身をもって体験した方が分かり易いと思いますよ」
―――というのが、マリサ様のお言葉であった。
そして、それはさっそく実行される。
僕たちにはひとつやるべき事が残されていた。
それは―――パートナーの契約である。
リサのパートナーとなり、その力を与えられる事で、僕らは神……『神人』と呼ばれる存在に生まれ変わる。
ただし、普通の人間が神の膨大な力を与えられて、ただで済むわけがない。
故に、その力の大半はマリサ様たちによって『封印』される。
生まれながらに力をもっていたリサと違い、僕らはまず力の制御から覚えなくてはいけないわけで―――力の制御に伴い段階的に解除される封印は僕らの安全装置であった。
儀式はあっという間に終わる。
……というか、儀式なんて大層なものでもなかった。
「それじゃあ、始めるね~」
リサがそう言って目を瞑って、なにやら集中する。
それに続き、マリサ様とアバン様も同じように意識を集中する。
後は5秒も経たず……
「はい、終わったよ」
「こちらも無事終わりました」
と、声がかかる。
え?終わり?
儀式ってこれだけ?
思わずそんなことを思ってしまうが、それも仕方がない。
何しろ、特になにかが変わったという感じが僕にはなかった。
だが―――変化はあった。
まず、リサの身体がガクンと揺れる。
「危ないっ!」
僕はギリギリのところでリサの身体を受け止めることに成功した。
「あはは、ごめんね」
「大丈夫なの?」
「うん、平気。ちょっとクラっと来ただけだから」
「自分のマナの四分の三を譲渡したわけですからね。慣れるまでは身体が重いと感じるでしょうが、すぐに慣れますよ」
「そういう事。だからそんなに心配しないで」
倒れそうになったわりにリサの顔色は悪くない。
貧血なんかとは少し事情が違うらしい。
「……四分の一まで減少したとはいえ、世界を作り出すエネルギーを世界樹は持っているからな。そこまで心配する必要はねーよ」
副音声で『だから、いつまでも抱きしめているんじゃねぇ』と聞こえてきそうな感じでアバン様が告げる。
そして―――
「それよりそっちのお嬢さんたちはいいのかよ?」
「え?」
その声に振りかえると、今度は『ううっ……』とか『くぅぅ……』とか、苦悶の声を漏らすミントとサクヤが目に入る。
「ミント!サクヤ!」
リサを抱き留めていた僕は、声をかけることしかできない。
そんな僕の目の前で、二人の身体から白い光と黒い光が溢れ出し……二つの光がはじける。
あとに残ったのは―――
「……あ、あれ……?」
「ふぅ……すっきりした」
いつもどおりの二人。
「え?」
いや、決して、いつもどおりではないのだが……
「天使と悪魔……いや、この感じだとサキュバスか?」
ミントの背には白い翼が生えており、頭上には天使の輪。
サクヤの背には黒い羽が生えており、お尻には悪魔の尻尾。
「え、ええと……その姿は……?」
僕のその質問に二人は答えられない。
何故なら、それより先にマリサ様が答えてしまったからだ。
「どうやら『因子覚醒』のようですね。リサが分け与えたマナがお二人の眠っていた因子を活性化させたのでしょう」
「因子覚醒……」
「パートナーの契約時に、まれにあることです」
「あれ……?じゃあ、僕も……?」
「まれにあるということは、ないことの方が多いということです」
「お前はリサと契約を結んでいただろ。だから、少なからず力の制御が出来ているんだよ。そのおかげで因子覚醒も起きなかったんだろうさ」
「な、なるほど……」
力を与えられたのは同じであるが、姿が変わったのは二人だけ。
ただ、それはそれで良かったのかもしれない。
何故なら―――
「と、なると……まずは『人化』の練習からだな……」
「このままでは目立ってしまいますからね」
二人は人の姿に戻れるようになるまで、森に残る事となったからだ。
◆◆◆
二人の『人化』の練習は夜まで続けられた。
だが、それでも終わらなかった。
だから、僕は一人で帰る事となった。
本当は最後まで付き合う気でいたのだが、アバン様に『嫁入り前の娘の家にお泊りとか、いい身分だな、オイ』と心話で凄まれたので、素直に家に帰ることにしたのだ。
ただし、真っすぐ家には戻らない。
「夕食はいらないって言っちゃったしな。どこかで食べていかないと……」
理由としてはそれだけ。
このまま家に帰ってもご飯がないので、どこかその辺のお店で食べていこうと思っただけなのだが―――
「おっ、ルドナじゃねーか」
「うわっ……何でこんな時にルドナなんかと会うんだよ……」
賑やかな夜の繁華街を歩いていると、前方から歩いてきた男二人組に声をかけられた。
「こんばんは、セインさん。シンも、こんばんは」
二人は僕の顔見知り。
セインさんは僕より5つほど年上の先輩冒険者。
シンは僕らと同い年の見習い冒険者で、冒険者育成学校の同期。
共にこの街の生まれでもあり、セインさんは兄貴分、シンは友達といってもいい間柄であるのだが……だからこそ、僕はシンの反応が気になった。
「で、シン。会うなり顔をしかめていたけど……僕が何かした?」
「い、いや、別に……そんな事はしてないけど……」
僕の言葉を否定しつつ、チラチラとセインさんに視線を送るシン。
「ああ、悪いな、シン。ルドナを見かけたから、思わず、な……」
「い、いえ……」
「うん?」
二人のやりとりにますます首を傾げる。
どうやら僕が何かしたというわけではなさそうであるが……
「ん~……しゃーない。ルドナ、お前、今、暇か?」
「えっ、ちょ―――セインさんっ!」
「え?今ですか?まあ、暇といえば暇ですけど……」
「それならよ。俺たちと一緒に『いいところ』に行かねーか?」
「いいところ……ですか?」
「うわぁ、サイアクだぁ……」
「ああ、なるほど。そういう事ですか。それなら僕は遠慮しておきますよ」
セインさんの『いいところ』という発言とシンの態度で、僕はおおよその事情を把握する。
「ん?行かないのか?今なら俺がおごってやるぞ?」
「そう言ってくれるのはありがたいんですが……この街のそういうお店って、大半がベロス商会の傘下じゃないですか。サクヤの耳に入らないわけがないですし、ミントにも伝わるはずです。そうすると僕は破滅する未来しか見えないんですが……」
「あ~……そういやそうだったな……」
「そういうワケなんで、二人で楽しんできてください。あっ、お店が特に決まっていないなら『ナイト・フェアリー』ってところがお勧めですよ。可愛くていいコが揃っているって噂です」
「おっ、そうなのか。ありがとな」
「それと、シン」
「な、なんだよ……」
「……シンの好みかどうかはわからないけど、ヨヨちゃんってコが僕の一番のお勧めだよ。サクヤの事がなければ、僕も是非お願いしたいくらいのいいコだし……」
「えっ……」
「まあ、人気もありそうだから、指名できるかどうかもわからないけどね」
「そ、そうか……」
「じゃあ、僕はそろそろ行くから―――」
僕はそう言って、夜遊びに向かう二人と別れる。
冒険者というはいつ死んでもおかしくないような危険の多い仕事である。
その為、わりと刹那的な考え方をする者が多い。
いつ死ぬかわからないのだから、やりたい事をやっておけ……というのが、大半の冒険者の考え方なのだ。
なので……若い冒険者に一度くらいは性体験をしておけと勧める先輩は多い。
今は昔ほどではなくなったと聞くが、セインさんのように気にいった後輩をそういうお店に連れて行こうとする先輩というのもそれなりにいたりする。冒険者になりたての若い見習いはたいしたお金も持ってない事が多いし、先輩のおごりでそういうお店に行くというのも悪くはないのだろう。
というか―――
「僕も童貞のまま死にたくはないんだけどなぁ……」
夜の街に消えていくシンを、僕はちょっとだけ羨ましく思った。
ルドナたちがやっと神様になりました。
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。