力の試練、その2
冒険者にとって一番重要となる能力は、状況を的確に把握し、常に冷静に行動する判断能力である。
特に危機的状況―――仲間が死に瀕した場合などにどれだけ冷静にいられるかは重要な事。
「ソニアさんっ!」
「―――わかっているわっ!」
その点でいえばソニアさんは冷静だった。
魔法で魔人を牽制しながら、それ以上の追撃をなんとか押しとどめる。
「カズキ君もぼうっとしないで!ソニアさんのフォローを!」
「え……あっ、うんっ!」
危なかったのはカズキ君であるが、これは仕方がない部分もある。
いくら勇者であっても、いくら戦う力があっても、カズキ君はこれまで平和な世界で生きてきた人間なのだ。人の生死に直面するような経験はほとんど持ち合わせていなかったわけで、動揺するのも当然であった。
だが、今の状況でそれを許すことは出来ない。
左手を失った僕の代わりに、魔人を押さえてもらわなければいけないからだ。
「ノアさん……」
カズキ君が魔人と打ち合いを始めたところで、僕は倒れたノアのもとに駆け寄り、状態を確認する。
ノアさんに意識はない。
だが、外傷も見当たらない。
魔人の手が鎧ごと身体を貫いていたはずなのに、そんな痕跡も一切ない。
「これは―――」
「回復魔法は無駄だぜ。ソイツの魂は俺が頂いたからな」
僕の疑問に答えたのは魔人。
手にしていた赤い宝玉を僕たちに見せつけるように掲げながら、魔人は懇切丁寧に教えてくれた。
「これがソイツの魂だ。今すぐ死ぬわけじゃねーが、俺からこれを取り戻さない限り、ソイツは永遠に目覚めないってわけだな」
「なるほど……」
魔人がそれを語ったのは、僕たちをより本気にさせる為なのだろう。
戦うことが大好きなバトルマニアらしい考え方だ。
しかし―――僕たちがそれに付き合う義理はない。
この時、僕はわりとキレていた。
だから、魔人の思惑通りに行動する事がしゃくに触ったのだ。
よって―――
「カズキ君、そのままソイツを押さえて!ソニアさんはカズキ君のフォローをお願いします!」
自分でも出来なかった事なのに、僕は二人に無茶な指示を出す。
そのうえで―――
「神の力が見たいっていうのなら、存分に見せてやるっ!」
僕は全ての生命力をノアさんの身体に注ぎ込む。
「―――なっ!?まさかっ!?」
「ノアさんの魂はお前みたいなジジィにくれてやるほど安くはないんだよっ!」
そんな啖呵と共に、僕はノアさんを『一時神化』させるべく、途切れそうになる意識を懸命につなぎながら、どんどんエネルギーを送る。
ノアさんの魂は魔人によって奪われていたが、それは必ずしも全てではない。
そもそも魂というのは、そのもの全てを形作る意志の集合体。
意志がマナを変質させて全てのものを作り上げているとするならば、マナに還元されていないノアさんの身体には意志の一部が残っているという事になる。
これは僕自身にも同じような事が言えるので、理解するのは難しくない。
僕の魂はリサの本体である世界樹の中にあるが、今の僕の身体にも僕の意志は宿っている。
状態としてはそれと同じ。
故に、ノアさんの身体の方に残された魂にエネルギーを与え、意識を活性化させることも可能。
あとは魂を封じている魔人の強制力にノアさんの意志が上回れるかどうかであるが―――力が足りないならば、それ以上の力を与えてやればいい。
「ば、バカなっ!ワシの封印がこうも簡単に―――」
魔人の手の中にある赤い宝玉にヒビが入り、そこから白い光が溢れる。
驚きのあまり素の表情を見せる魔人であるが、そんな事は驚くに値しない。
「神の力を舐めすぎたね、爺さん」
ノアさんの身体に奪われた魂が戻った事を確認し、僕はゆっくりと立ち上がる。
「来い!サリアっ!」
右手に剣を掲げ、僕はそう呼びかける。
それだけでミスリル製の刀身に虹色に輝く光が宿る。
剣の神であるサリアが宿った僕の剣は、そこいらの神剣以上に『神の剣』なのだ。
よって、小細工は不要。
「僕の剣よ!僕の前に立つ愚か者を全て打ち倒せ!【ディバイン・ブレード】っ!!」
ありったけの闘気と魔力を剣に宿し、僕は思いっきり振りぬく。
放たれた光はとっさに両手でガードした魔人の身体を意図も容易く両断した。
◆◆◆
「……お、終わったの……?」
僕があまりにもあっさりと魔人を倒したのが信じられないのか、ソニアさんが呆然とした様子で呟く。
これはカズキ君の方も似たようなものだ。
だが―――
「そ、そうだ!ノアの方は―――」
戦いが終わったとなれば、そちらの方が気になるのも当然。
「大丈夫だよ。もうしばらくすれば意識も戻るはずだから」
ソニアさんの問いかけに答えながらも、僕は真っ二つに両断された魔人から目を離さない。
その理由は簡単。
「それで―――試練の方は合格ということでいいですか?バンサーさん」
「え?バンサーさん……?」
倒れ伏した魔人にそう声をかけた事でソニアさんは首を傾げるが、僕は魔人の正体を見抜いていた。
「ううむ。まさか、気が付いておったとはのぉ……」
そんな声と共に二つに分かれた魔人の身体が白い霧となり、それが合わさったところで、霧の奥からバンサーが姿を現す。
「確信が持てたのはついさっき……全部終わった後でしたけどね」
バンサーさんの言葉に苦笑を浮かべながら答える僕。
「どういう事?」
「簡単な話だよ。あの魔人はバンサーさんの『分身体』だったというだけで……」
「あれが分身体?あの強さで……?」
カズキ君やソニアさんは、僕の言葉にいまいち納得していないようであったが、それもある意味で仕方がない。
いかにも老紳士というバンサーさんと大柄で筋肉質な魔人とではあまりに見た目が違い過ぎる。
とはいえ、魔人が『分身体』であったとするなら、これそのものはそこまでおかしなことではない。
生命力や魔力を元にもうひとつの肉体を作り出すというのが『分身体』であるので、ある程度の技量があれば見た目を変えることも可能であった。
ただし、そういった『分身体』は本人よりも能力が落ちるのが普通。
ソニアさんが信じられないといった感じで驚いていたのはその為であった。
もっとも、それもやり方次第ではある。
「それじゃあ、バンサーさんはどれだけ強いっていうの?」
「いえいえ、今のワシにはそこまでの強さはありませんぞ。あの『分身体』は全盛時の自分を再現しようと生み出したものですが、それだけにエネルギーの消耗が半端なくてのぉ。老いたこの身では10分も維持できませんのじゃ」
「でも、それって、全盛時はあれぐらい強かったってことだよね……」
「これでも昔は勇者や英雄と呼ばれた者たちとバリバリにやりあっておったからのぉ」
「バトルマニアはそのころからですか……」
バンサーさんが自ら分身体の強さの秘密を語ったことで、そちらについてはカズキ君たちも納得した。
ただ、カズキ君たちにはまだまだ疑問が残っていたようで、今度はそちらについての質問が飛ぶ。
「でも、兄ちゃんは、いつ、あの魔人がバンサーさんだって気が付いたの?」
「さっきも言ったけど、確信を持ったのは全てが終わった後だよ。まあ、ずっと違和感はあったんだけどね……」
「違和感?」
「戦っている時はそこまで考える余裕はなかったんだけど……僕たちのピンチにリサたちが現れないのはおかしいなって思ってね。これが命がけの試練になるというのは僕たちも承諾していたけど、実際にそんな事になったとしたら、リサが黙って見ていられるわけがないと思うし……最後はサリアが僕の呼びかけに答えてくれたでしょ。だから―――」
「―――バンサーさんが力試しをしたかっただけだって気が付いたんだよね」
僕の言葉を奪うように答えたのは、その場に唐突に姿を現したリサ。
「リサ」
「皆、お疲れ様」
リサは僕たちに労いの言葉をかけたあと、バンサーさんの方へ顔を向ける。
「演出だったとしても少しやりすぎですよ、バンサーさん」
「申し訳ありません。久々の戦いということで少しばかり熱くなりすぎました」
リサの叱責に素直に頭を下げるバンサーさん。
リサが口にしたとおり、ノアさんの魂を奪ったのもバンサーの演出だった。
ただ、流石にアレは悪趣味であったし、やりすぎであった。
何しろそのおかげで、僕は取り返しのつかない事をしてしまっている。
だが―――
「……う、ううん……あ、あれ……?」
「あっ!ノアっ!!」
「あれ?私……?」
ノアさんが意識を取り戻した事で、その問題は棚上げされた。
無事に試練を乗り越えたということで、『ネオエインの花』も問題なく渡してもらえたし、その場はそれでヨシとなってしまったからだ。
この章が終わるまでは三日に一度の投稿予定です。
次の章の投稿は一日一回の更新にしたいので、その目処が立つまで時間を頂きます。