力の試練、その1
僕たちがカズキ君たちと合流した場所は館の正面玄関を入ったすぐのところ。
カズキ君たちは二階に続く大きな階段の前で僕らを待っていた。
というのも―――その階段の手前には行く手を遮るように背の高いテーブルが設置されていて、その上にはハンドベルと一枚のプレート。
そして、そのプレートには『最後の試練に挑む者たちよ。覚悟が決まったのなら、ベルを鳴らしたまえ』という文字が刻まれていた。
その文言を信じるのならば、最後の試練はこの場で行われるという事である。
「それじゃあ、鳴らすよ」
皆の顔を見回した後、僕はそのハンドベルを鳴らす。
すると―――大階段の中央、左右に分かれる踊り場に白い煙が立ち込め、その中から現れる黒いマントを羽織った魔人。
人間でいえば30~40代。背は高く、引き締まった身体をした男性で、顔立ちもかなり整っている。
しかし、一番の特徴はその身に纏った圧倒的な闇の気配。
「クククッ。やっと獲物が来やがったか」
「獲物……?」
「バンサーの爺が言っていた試練を求めたとかいう阿呆はてめえらなんだろう?」
「そうだけど……」
「その試練が命を賭けたものだって、あの爺に言われていたんじゃねーのかよ?俺の方はそう聞いているぜ?遠慮もしなくていいってな。じゃあ―――獲物って事になるよなぁ?旨そうな奴も二人程いるみたいだしよぉ」
男はノアさんやソニアさんに下卑た視線を向けながら、鋭い犬歯を見せつけるように嗤う。
その言動は一見すると粗野で人を不快にさせるものであったが―――僕はそこに作為的なものを感じていた。
男の持つ闇の気配が底知れぬ力量を知らしめており、決して油断出来るような相手ではないと教えてくれていたからだ。
「とはいえ、そっちはあくまでおまけだけどな。女もキライじゃねーが、俺が本気で求めているのは血が沸くような闘争よ。神の力を宿した人間と戦う機会なんて滅多にあるもんじゃねーからな」
「なるほど、バトルマニアか……」
「地上と違って、ここは魔の領域。強さこそが絶対の正義なのさ。だから、本気でやらせてもらうぜっ!人間っ!」
魔人はそう叫ぶと、踊り場の床を蹴り、僕との距離を一気に詰める。
そのスピードは尋常なものではなく、僕は後ろに跳んで躱すのが精一杯。
「コイツ、早いっ!」
しかも早いだけではない。
魔人の突き出した手刀は怪しく輝く赤い光に包まれていた。
「【ホワイト・バレット】っ!」
「ぬるいっ!」
攻撃後の隙を突く形で放たれたソニアさんの魔法の銃弾が、魔人の生み出した赤い障壁に弾かれる。
そこに追撃をかけるカズキ君であったが―――
「カズキ君、下がって!」
「えっ!?」
「魔法拳士を相手に距離を詰めるのは良くないよ」
―――僕の静止が入ったことで、魔人に斬りかかる直前で足を止める。
「へぇ。よく見ているじゃねーか」
「この手の練習もしょっちゅうさせられていたからね」
ミント相手に様々な条件で戦闘訓練を積み重ねきた僕は、魔法を交えた格闘術の恐ろしさを嫌というほど理解している。
僕やカズキ君のような剣も魔法も使える前衛タイプの人間は往々にして勘違いしやすいのだが、魔法拳士は『魔法』を『武器』にして戦う武闘家という側面が強く、剣と魔法の連携を主体とする魔法戦士とは似て非なるモノ。戦闘スタイルでいえば接近戦に特化した魔術師の戦い方に近い。
故に、接近戦は死地となる。
なにしろ『魔法』という万能な『武器』を持つ相手に、最も得意な距離で戦わなくてはいけなくなるからだ。
「なら、俺の相手もしてもらおうかっ!」
そう声をあげ、再び僕に突撃する魔人。
僕は剣を振るう事でそれを阻止しようとする。
だが―――
「【ブラッド・チェイン】」
僕と打ち合う最中、魔人は床を力強く踏みこむことで拘束型の魔法を発動。僕の足元に魔法陣が展開し、血のように赤い鎖が僕の周りを駆けめぐる。
「くっ!」
僕はとっさに飛びのくことで、【ブラッド・チェイン】の網から逃れる事が出来たが、そこはすでに剣の間合いではない。
「【フレイム・アロー】」
牽制の為に炎の矢で攻撃するが、魔人は赤い光に覆われた腕で容易く弾く。
(マズイ。サーマたちがいないから、魔法の威力も格段に落ちている。これじゃあ牽制にもならないぞ)
ソニアさんのフォローが入ったことで追撃こそなかったが、状況は芳しくない。
『神層世界』の訓練で気が付いていた事ではあるが、リサや精霊たちの助力がない状態だと、僕の精霊魔法は威力も精度も大幅に落ちる。
精霊たちの助力に胡坐をかき、ろくに修行をしてこなかったツケだ。
とはいえ、それは本当の問題ではない。
仮にリサや精霊たちの助力があったとしても、今よりは多少マシになるというだけで、魔人との戦局はそこまで大きく変わったりしないというのが僕の見立て。
なにしろ魔法が本業であるソニアさんの攻撃も魔人は平然と受け流している。
もちろんソニアさんの魔法に問題があるわけではない。威力や精度は十分であるし、攻撃するタイミングなどは正に一流といっていい。
しかし、それでも魔人には通じないのは―――それだけ魔人が強いという事。
「【ブルー・ライトニング】」
「【ウィンド・カッター】」
カズキ君の放った青い稲妻とソニアさんの放った風の刃の同時攻撃も、魔人が生み出した赤い障壁に全て弾かれる。
そのうえで魔人はカズキ君との距離を詰めようと動くのだが、それは僕が間に割って入ることでなんとか阻止する。
カズキ君には魔法拳士という特殊な戦闘スタイルの敵と戦った経験なんてないと思うので、矢面に立たせるわけにはいかなかったからだ。
だが、僕としても好き好んで対峙したいわけではない。
(この人、間違いなく魔法拳士の戦い方を熟知しているよね。一体何者なんだ……?)
思考の一部で現実逃避気味な事を考えたのは、それ以上に嫌な思い出を思い返さないためである。
もともとミントとの模擬戦の戦績はそれほど良くないのだが、魔法アリの格闘戦では僕は毎回ボコボコにされていた。
ただ、仕方がない側面もある。
ミントの本職は神官で、防御魔法と支援魔法のエキスパート。僕の攻撃を防御魔法で防ぎつつ、自身に身体強化系の支援魔法をかけて殴りかかってくるのだ。
これを破るためにはミントの攻撃を避けつつ、防御魔法を破る威力の攻撃を繰り出さなければいけないのだが、それが容易く行えるのなら苦労はしない。
ミントの防御を崩す為には大技が必要になるが、そういう大技は得てして隙も大きいので、かえってそこを狙われる事になる。だからといって小技でちまちまとやりあっても、防御の堅いミントに有効打は与えらず、持久戦となってしまう。そうなれば後に待つのは泥沼の消耗戦であるが―――その時点で僕の負けはほぼ確定する。
これは互いの魔法系統の違いが大きく、防御や回復に関しては神聖魔法の方が精霊魔法よりも効率的に行えるからである。
僕としては、小技でなんとか隙を作り出し、大技を入れるタイミングを伺う……というような戦い方をとるしかないのだ。
そして、それと同じようなことが今も言える。
魔人は一見すると積極的に攻勢に出ているように見えるが、それは技と速さで僕たちの攻撃を潰すためのもの。魔人からすれば四対一の戦いなので、全員を牽制する為にも動かざるを得ないというのもあるが―――戦闘スタイルそのものは防御の方に重きを置いているのだ。
その証拠にソニアさんの守りにつくノアさんにはほとんど攻撃を仕掛けていない。
ただし、防御が主体だからと油断はできない。
魔法拳士は白兵戦の距離で一撃必殺となる魔法を扱うところに怖さがあるわけで、それを考慮すると魔人の狙いがカウンターにあると予測はつく。
もっとも、その予測が僕の行動の選択肢を狭めるわけであるが―――
「期待はずれだな」
幾度かの攻防の後、魔人は僕たちにそう告げた。
「神の力を授かったところで、しょせんは人間か」
まあ、そう言われても仕方がない。
僕たちは魔人に対し全くと言っていいほど有効打を与えられていなかった。
逆に、僕たちの方はそれなりにダメージを受けている。
「貴方が強すぎるんですよ……」
とはいえ、誰一人として戦闘不能になっていないだけでも上等である。
それぐらい魔人は強かった。
だが―――
「褒められるのは悪い気はしねぇが、俺につまらねえ時間をとらせた詫びには足らねえな。弱いなら弱いなりに精々足掻けよ。そうすりゃ、ちっとは楽しめるかもしれないだろ?」
「白旗をあげても認めてもらえそうにないですね」
「オイオイ、今頃そんなことを言い出すなんて危機感が足りねえんじゃねーか?バンサーの爺も言っていただろ?試練は命がけのものになるってよぉ」
「確かにそうなんですけどね……」
「なら、もっと必死に足掻いてみせろっ!」
魔人はいよいよ本気となったようで、戦闘スタイルも攻撃よりにシフトする。
「くるよっ!」
そこが勝負の正念場。
魔人の攻撃を何とかしのぎ、それによって生ずる隙を突き、逆転への道筋を見つけ出す。
僕たちはそう考えていたのだが―――それは少々甘かった。
「捕まえたぜ!」
「しまっ―――」
ラッシュからのハイキック……そう見せかけて、僕の左手を無造作に掴む魔人。
もちろんただ掴まれただけなので、その時点のダメージは0。
しかし―――
「【クリムゾン・ボマー】」
僕が闘気を集中させる前に、魔人の魔法が発動し、僕の左手を吹き飛ばす。
「ルドナ君っ!」
「兄ちゃんっ!」
その光景に動揺するノアさんとカズキ君。
それはほんの一瞬の事。
だが、その一瞬の隙を達人クラスの魔人が見逃すはずもない。
「二人共、ダメ―――」
「【スカーレット・スピア】」
二人を制止しようとしたソニアさんに、魔人の拳から放たれた魔力の槍が飛ぶ。
この状況で、動揺した二人ではなく、それを止めようとしたソニアさんの僅かな隙を魔人は見逃さなかった。
だが、それも魔人の布石でしかない。
「ソニアちゃんっ!」
ソニアさんを襲う魔槍に反応したノアさんは流石である。
手にした大盾で放たれた槍をはじき、見事にソニアさんを守り切った。
しかし、そこが限界。
「見事な反応でしたが、それが命取りです」
「あっ―――」
「【ソウル・スティール】」
魔槍を放つと同時にノアさんに接近していた魔人は、大盾の死角から貫き手を放つ。
もともと無理をして射線へ割り込んだノアさんにそれを避ける術はなく―――
「ノアっ!!」
ソニアさんの呼びかけに答えることもなく、ノアさんはゆっくりと地面に倒れ伏した。
この章が終わるまでは三日に一度の投稿予定です。
次の章の投稿は一日一回の更新にしたいので、その目処が立つまで時間を頂きます。