心の試練・その1
バンサーさんの転移魔法が発動した次の瞬間、僕は白い霧に覆われた庭園の一角にいた。
周りには誰もいない。
いや―――
「るーくん」
「るー」
「ルドナちゃん」
深い霧の奥から僕のよく知る三人が姿を現す。
リサ・サクヤ・ミントの三人は白を基調としたナイトドレスに身を包んでおり、蠱惑的な笑みを浮かべていた。
(あぁ、最初の試練はコレかぁ……)
しかしながら―――僕は三人が偽物であると即座に見抜く。
「残念だけど、僕に幻術の類は効かないよ」
故に、姿を見せない相手に僕は語り掛ける。
「悪いけど、こういうのには慣れっこなんだ」
サクヤが構築した夢の世界やミントの生み出した妄想の世界に幾度となく捕らえられた僕からすると、ただの幻術など見抜けないわけがない。
そもそも精神生命体である神人に通常の技能や魔法で影響を与えるというのはほぼ不可能に近い。膨大なエネルギーと強固な意志があれば可能であるが、それを有する時点で神と同レベルの存在となるので、普通という範疇から逸脱するからだ。
ちなみにリサたちの作り出す精神世界は相手の精神そのものを取り込んでいるので、夢や妄想だと気が付いてもあまり意味がないのだが……それを言うと、本気で拒めない僕にも問題があるということになりかねないので、スルー推奨である。
と、それはともかくとして―――
僕の呼びかけに答える者はいない。
かわりに白い霧の奥から更にドレス姿の女のコが現れる。
それはリフスであったり、サリアであったり、ノアさんであったりするわけだが―――無意味であることに変わりない。
「う~ん。本当に意味はないから、いい加減に出てきてくれないかな?」
幻術は効かないとは言ったが、一応、効果が0というわけではない。
少なくとも視覚的には効果はある。
だから、目の前の彼女たちが幻だとわかっていても、力づくで消し去るのは少し躊躇する。
「しょうがないな」
僕はそう言って、目を閉じ―――
「ひゃうっ!」
幻影に紛れ、背後から忍びよっていた『彼女』を逆に捕獲する。
「君がこの幻を作り出しているんだよね?」
「……ホントにバレていたんですね」
「まあね。かなり高度な幻術のようだけど、こういうのは僕には効かないんだ」
「さすが神様ですね。ヨメミスの花の幻覚も効果ナシですか」
彼女は青紫の長い髪をもつ魔妖花で、見た目はかなり人に近い姿をしていた。
耳元が尖っている点を考慮するとエルフの子供にも思えるが、肩出しのワンピースの胸元は子供ではないことを主張するぐらいには膨らんでいるので、単に小柄なだけだろう。
ちなみに『人化』した彼女を魔妖花であると判断した理由は、なんとなくそう感じたからとしか言いようがない。
あえていうなら、樹精霊に似た気配でありながら魔の空気を併せ持っていたという事と、人を誘う甘い花の匂いを身に纏っているという事ぐらい。
「それで、どうするの?」
「う~ん。どうすると言われても……幻覚が効かない時点でどうしようもない気もするんですが……」
「それじゃあ、降参ってことでいいのかな?」
「そうですね。心の試練はクリアって事でいいんではないでしょうか。誘惑も何もなかったような気がしますけど」
魔妖花の少女も素直に負けを認める。
それがあまりにもあっさりとしていたからか、ついつい僕は余計な事を口にしてしまう。
「そうだね。幻術なんか使わずに君がそのままの姿で誘惑してきた方が危なかったかもね」
「え?」
それはちょっとした社交辞令のようなものであったのだが、全てが嘘というわけでもない。
それくらい目の前の女のコは可愛かったのだ。
だが―――それが失敗だった。
「それじゃあ、Hをしましょうっ!」
「……はい?」
「ルネとHをして、子供を作りましょうっ!」
ルネと名乗った魔妖花の少女は勢い込んで僕へと迫る。
「待って!待って!何でいきなりそんなことに―――」
「いきなりも何も、もともと私たちの目的がそれですよ?優秀な男性の種を得て強いコを産むのが、私たちの至上の命題なわけですし、神様との間にできた子供ならすごいコが生まれそうじゃないですか!」
「いや、それはそうかもしれないけど……」
ルネに言われて、僕も思い出したのだが―――
魔妖花は基本的に女性しかいない植物系の魔物であり、他種族の男と交わることで子供を成す。そして、もともとの姿が移動に向かないこともあり、美しい女性の身体と妖艶な花の香りで男を誘い込むとされていた。
これは単なる生態であるので、良いとか悪いとかいう話ではない。
しかし―――それを聞き入れられるかというと、そうもいかないわけで……
「でも、いきなり子供が欲しいと言われてもね……」
「Hしてくれるなら、ルネを好きにしてもいいですよ?」
「そ、そのお誘いは正直嬉しいんだけど―――」
「神様だって、本当はしたいんでしょ?」
「うぐっ……」
僕とルネの話し合いは続く。
ルネは意外と押しが強いタイプであったらしく、僕は終始押され気味であった。
「ルネは面倒な事も言わないですよ?妻や恋人じゃなくても構いませんから」
「い、いや、そういうのはよくないと思うし―――」
「じゃあ、神様のハーレムに入れてくれるだけでも十分です」
「ハ、ハーレムって、あのね……」
「神様は女のコが大好きなんですよね?こんなに沢山の女のコの幻影を呼びだしておいて、今更、嘘をついても意味はないと思いますよ?」
「そ、それは―――」
この時の僕は知らない事であったが、ヨメミスの花には周囲の者の願望を読み解き、その者の望む幻影を投射するという効果があった。だからリサたちの幻影も消えていないし、ルネの視覚にもちゃんとその姿は捉えられていた。
「それとも先ほどの言葉は嘘なのですか?」
そんな言葉と共にルネは自分の服に手をかける。
同時に周囲の幻影たちも脱ぎ始めるが、これは僕の願望に反応したからだろう。
故に―――僕も覚悟を決める。
3章が終わるまでは3日に一度くらいの更新です。
次の章はある程度ストックが出来てから投稿を始めようと思っています。