お姉ちゃんの悩み
カズキ君から秘密の相談をされたその日の夜、僕はソニアさんを探していた。
探していた理由は、カズキ君の事で話があったから。
もちろんカズキ君から聞かされた話は男同士の約束という事で伏せさせてもらう気でいたが、だとしてもやりようはある。
それに今回は少し探りをいれるぐらいで、そこまで深く踏み込んだ話をするつもりは無い。少し確認したい事があっただけなのだ。
そして―――
ソニアさんはノアさんと食堂でお酒を飲んでいた。
「あっ、ここにいたんですね」
「うん?何かあった?」
「いえ、ソニアさんと少し話がしたいと思って」
「ソニアちゃんと?」
「あら?何かしら?」
「カズキ君の事で少し―――」
二人はまだ飲み始めたばかりのようであったし、僕はソニアさんの隣の席に手をかけ、同席してもいいかを尋ねる。
返事はもちろんOK。
だから、僕たち三人はお酒を嗜みながらカズキ君の事でしばらく話し合う。
「う~ん……学者と勇者の両立ねぇ。確かに私も考えなくはなかったけど……」
「けど?」
「勇者としての力がいつ必要になるかわからないでしょ?それにカズキにどんな困難が待ち受けているのかもわからないわけだし、訓練はできるだけしておいて損はないと思うのよ。学者になるのは勇者としての使命を終えてからでも出来るわけだしね」
「確かにそうではあるんですが……」
「ソニアちゃんもカズキ君の事が心配なんだよ。だから心を鬼にして厳しく当たっているだけで……」
「ええ。それもわかるんですけどね」
最初から予想していたが、話し合いはなかなか上手くいかない。
ソニアさんもカズキ君を大事に思っているのは間違いないし、僕が考える程度のことはソニアさんも考えていたのだ。
故に、その考えを変えさせることは難しい。
(やっぱり、カズキ君が本心をうちあけるしかないと思うんだよなぁ)
とはいえ、それも十分に予想できたこと。
そもそも僕が確かめたかったのは、学者と勇者の両立を目指すという方針にソニアさんがどんな反応をするのかということであったので、目的は十分に達せられたといってもいい。
しかし―――酒の席に割って入ったうえに、聞きたい事を聞くだけ聞いて、その場を去るなんて不作法なマネはできない。
そんなわけで自然と酒量が増える。
そして、酒が進んだせいなのか、話も少しずつそれ始める。
その大きな要因はソニアさん。
彼女もカズキ君のことでいろいろと悩んでいたわけであるし、かなりストレスをため込んでいたようである。
「私だって、カズキには同情しているわよ?でもね、苦労しているのはカズキだけじゃないのよ。私だっていろいろと悩んでいるんだから」
泥酔というほど酔っているわけではないが、酒のせいで少々口が軽くなっていたのかもしれない。
「ノアちゃん……私、冒険者を辞める事になると思う」
「え?」
ソニアさんは唐突にそんな事を言い出した。
だが―――
「な、なんで……?」
「カズキが勇者に選ばれちゃったからよ。勇者は人類全体の守り手だから、国に仕えることはできないでしょ。そうしたらウチの跡を継ぐコがいなくなっちゃうわけだから―――」
「そ、そういえば、カズキ君は家督を継ぐ予定だったって……」
「あっ……」
唐突な切り出しに驚いたものの、その後に続けられた理由の方は僕たちもすぐに理解できた。
「まさか、こんな形でお鉢が回ってくるとは思ってもいなかったけどね。でも、廻ってきちゃった以上、逃げるわけにもいかないでしょ。カズキには偉そうな事を言っておいて」
「それじゃあ、ソニアちゃんが家督を引き継ぐの?」
「一応はそうなるけど、結婚してお婿さんでも迎えたら、その人が家督を継ぐことになるんじゃないかな?」
「結婚?」
「お見合いの話が来ていたって言っていたでしょ?その人と結婚しようかなぁって」
更にソニアさんから思いもしなかった発言が飛び出した。
「えええっ!?で、でも、その人の事、あんまり良い印象じゃないって言ってなかった?貴族のぼんぼんだとか、なんとか―――」
「別に悪く言ったつもりはないわよ。世間知らずで苦労知らずとは言ったけど、貴族の中では珍しく裏表のない純朴そうな人だったし。私なんかのどこを気に入ったのかはわからないけど、ずっと妻になって欲しいって言ってくれていて……彼が本気だっていうのはわかっていたからね。正直にいえば、少し揺れていたのよ。カズキの事が起こる前からね」
「揺れていた?」
「まあ、その時はあくまで恋人ぐらいならいいかなって感じだったんだけどね。冒険者を辞めるつもりもなかったし、ノアやクランの事も気になっていたからね」
「でも、今は違うと……?」
「勇者の件が発覚して環境が変わったのはあのコだけじゃないわ。未来の勇者と縁を持ちたいと考える王侯貴族は多いらしくてね。馬鹿みたいな数の縁談が持ち込まれるようになったのよ。でも、そんな縁談受ける気になると思う?」
「流石に……ないね」
「こういう言い方は良くないのかもしれないけど、そういう人たちの相手ばかりしていたら、あの人の真っすぐな想いに応えた方がいいのかなって思えてきてね。それで―――」
ソニアさんが頬を赤く染めているのは、決してお酒のせいだけではないのだろう。
最後の言葉は口にしなかったものの、そこにつっこむのは野暮というものであるし、言葉で確かめなくても意味は十分伝わる。
だから―――問題はそこではない。
「でも、そう思うからこそ、私も焦っているのかもね」
「え?」
「事の発端がカズキの件にあったから、早く答えを決めてもらいたいのかもしれないわね。私の問題とカズキの問題は全く別の問題だと思ってはいるんだけど、カズキが本気で勇者になんてならないと言い出すと、全てがひっくり返ってしまう事もあるわけだし……」
「いや、流石にそれはないんじゃないですか?カズキ君もそこまで子供ではないと思いますよ?」
「そうね。だから、これは私の未練なんでしょうね」
「未練?」
「今回のカズキの件がなかったら、私は冒険者を辞めることはなかったって事。たとえ、彼と付き合っていたとしてもね」
「あっ……」
そう、問題はその前の段階。
カズキ君が勇者に選ばれたことで、ユウノ家の次代の家督がソニアさんに回ってきたことにあったのだ。
「もちろんしょうがないことだとわかっているし、自分の中でも納得はしているわ。あの人の妻になることだって悪くはないとは思っている。でも、ね……」
それはソニアさんにとっても、人生の転機。
だからこそ、なにかしらの踏ん切りが必要という事で―――僕たちには何も言えない問題であった。
ただ、ソニアさんの問題はカズキ君からもたらされた問題とは大きく違う。
ソニアさんは大人同士の暗黙の了解で口止めなどは特にしなかった。
だから―――僕はあっさりとカズキ君に伝える。
「え?姉ちゃんが……?」
「カズキ君に勇者としての運命を受け入れるように言っておいて、自分だけ逃げることは出来ないって考えているみたいだよ。とはいえ、大好きな冒険者を続けられなくなったわけだから、すぐさま受け入れられたというわけでもないと思うけどね」
「………」
「ソニアさんもまだ迷いがあるんだよ」
「お兄さんはその話をして、僕にどうさせたいの?」
「う~ん。特にはないかな?あえていうなら、カズキ君にもいろいろと考えて欲しいかなっていう程度だよ」
「考える?」
「結局、どんな事でも最後に決めるのは自分だよ。僕はソニアさんの話を聞かせてあげたいと思ったから話しただけだし、この後、どうするかはカズキ君が決める事でしょ。ものすごく勝手な言いぐさだとは思うけどね。でも、それが僕のやりたかった事だし仕方がないよ」
「し、仕方がないって……」
「もちろんやった事の責任はとるつもりだよ。ただ、世の中には取れる責任と取れない責任があるからね。それでカズキ君たちが納得するかどうかはわからないかな?でも、人なんてそんなものでしょ?」
「そんなもの……?」
「要するに、カズキ君はカズキ君のやりたいようにすればいいんだよ。ただ、その全ては自分に返ってくるものだからね。なるだけ後悔しないようにしたいって話だよ」
「僕が……したいこと……」
「ぶっちゃけ、カズキ君にとって、ソニアさんはどんな存在なのかって事だね。単に口やかましいお姉さんでしかない?だったら放っておいてもいいんじゃない?と、なるんだけど―――」
「それは―――」
「―――そうじゃないというのなら、僕も相談に乗れるんだけどね」
僕はそう言って、カズキ君に笑顔を向けた。
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