少年勇者の悩み
訓練場での勝負の結果、カズキ君は僕の下で修行をすることとなった。
僕としては単純に戦闘訓練の練習相手になるぐらいの感覚でいたので、初めは少々戸惑ったのだが―――
「カズキが反発していたのは、自分たちの理屈で嫌な事をやらせようとする大人なのよ。その点、ルドナ君ならカズキと歳も近いし、無理に何かをさせる必要もないでしょ?だから、カズキもうち解けやすいんじゃないかと思ってね」
ソニアさんの思惑はそんなところ。
そして、それは間違っていなかった。
僕も少し誤解していたのだが、カズキ君は剣や魔法の訓練を絶対にやりたくないというわけではなかった。本を読んだり、花を育てたりする方が好きではあるが、今回の勇者騒動が起こる前はそれらの訓練もきちんと受けていたのだ。
更にいうと、最初に出会った時の印象があったので、僕はカズキ君を大人しいコなのだと思っていたが、それも誤解といえば誤解。
あの時のカズキ君は周りの大人たちに勇者になることを迫られ、実家にもいられないくらい追い詰めらた直後である。彼からすれば、周りの全てが敵のような状態であるし、自分以外の全ての人間に警戒心を抱いていたとしても不思議ではない。
ただ、だからこそ―――
「やっぱり、歳が近いというのは大きいわよね。一緒にお馬鹿な話で盛り上がれるし」
「その話は勘弁してください」
「あはは。まあ、カズキに話し相手が出来たってだけでも、ここに連れてきてよかったわよ」
たった一度、一緒にお風呂に入っただけとはいえ、カズキ君にも何かしら思うところがあったのだろう。
「そういうことなら、テオ君やドビー君の功績だと思いますよ」
「確かにそうかもね。でも、あのコたちじゃ、カズキの訓練の相手はできないわけだし」
「まあ、そうですけどね」
勇者に選ばれたとはいえ、カズキ君はまだ13歳の子供である。
いろいろと悩む事も多いだろうし、相談できる相手が必要だというのは間違ってないとは思う。
ただ、その役目を任された僕からすれば、いろいろと厄介な事になったというのも偽らざる気持ちであった。
◆◆◆
「ねえ、お兄さん。リサさんって、ただの樹精霊じゃないよね?」
「えっ……」
「ひょっとしてリサさんって、世界樹の樹精霊なの?」
本日の訓練を終えたところで、カズキ君はそんなことを言ってきた。
正直にいえば、僕はその瞬間、いかに誤魔化すかを考えていたが―――途中で考えを改める。
もともとノアさんたちにはある程度事情を話しているし、カズキ君が本気で調べるつもりなら、誤魔化したところで無駄だと思ったからだ。
だから代わりに、カズキ君に問いかける。
「なんでそう思うの?」
「理由はいろいろあるんだけど、なんとなくそんな感じがしたからというのが一番かな。お兄さんや他のお姉さんたちからも普通じゃない感じがするし、勇者の加護とは違う神様の力を感じたというか……」
「なるほどね。それで、もしそうだって言ったら、カズキ君はどうするの?」
「え?別にどうもしないけど?あ、でも、聖域でしか咲かない珍しい植物を持っているなら見せて欲しいかな?」
「そっか。カズキ君は植物学者になりたいんだものね。それじゃあリサの事が気になるのも仕方がないかな」
「うん。あ、でも、安心して。お兄さんからリサさんを取ろうなんて思ってないから」
「うぐっ……」
カズキ君に悪気はないのだろうが、子供の無垢な言動は時に凶器となる。
先日の大人気ない態度を猛省中である僕は、カズキ君の何気ない発言に心を乱されることが多々あった。
しかし―――
「あれ?お兄さん?どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。それよりリサの事だけど……まあ、カズキ君の予想したとおりだよ。でも、この事は誰にも言わないでおいてくれるかな?リサが世界樹だと周りの人にバレると、いろいろと面倒なことが増えちゃうと思うし……」
「僕が勇者だってわかった時みたいに?」
「うん、そうだね」
「わかった。誰にも言わないって約束する」
「そうか、ありがとうね」
カズキ君は多少天然気味なところがあるが、悪いコではない。
むしろ真面目で思いやりのある優しいコであった。
だから、僕としても彼の苦境をなんとかしてやりたいとは思う。
とはいえ、具体的な解決策は思い当たらず、場当たり的な対処をせざるを得ないというのが実状。
「それじゃあ、リサのところに行って、いろいろと聞いてみる?」
「うん」
そんなわけで、今日の訓練を終えたご褒美を兼ねて、リサのもとへと向かおうとする僕たちであったが―――
「あ、お兄さん。やっぱりちょっと待って」
「え?」
「リサさんのところに行く前に、お兄さんに少し相談したい事があるんだ」
―――カズキ君が待ったをかける。
「相談?」
「お兄さんは恋愛の達人なんだよね?だったら、教えて欲しいんだけど、プロポーズってどうすればいいの?」
「いや、僕は別に恋愛の達人では―――え?プロポーズ……?」
「うん」
「……どういう事?」
カズキ君の言葉に思わず真顔で問いかける僕。
それからカズキ君の話を聞くことになったのだが―――話そのものはそこまで難しいものではなかった。
カズキ君にはずっと気になっている女のコがいて、そのコに告白をしたいという事らしい。
プロポーズという言葉を使ったのは、彼がそれだけ本気であるという証に過ぎないので、そこまで気にしなくてもいいだろう。
ただ―――
「え?じゃあ、カズキ君が植物学者を目指していたのは―――」
「うん。リーヴァちゃんと約束したからなんだ。世界中の珍しいお花を集めて必ず会いに行くって」
「そ、そうなんだ……」
「だからね、勇者なんてやっている暇は僕にはないんだ。リーヴァちゃんとの約束を守らないといけないし」
「……そうかぁ……ないのかぁ……」
「女のコとの約束は破っちゃダメなんだよね?」
「そう……だね。それは破っちゃダメだよね……」
この話が勇者の件に絡んでくるとなると、僕としても迂闊なことは言えなくなる。
「で、でも、ほら、そこは考え方次第じゃない?世界中の珍しい花を集めるというのなら、勇者の力があった方が便利かもしれないよ?勇者になれば、ほとんどの国に自由に出入りできるようになるし、いろんな人の協力だって得られると思うから―――」
「でも、いろいろとやらなくちゃいけない事も増えるんでしょ?」
「それはそうだけど……」
「お兄さんも、勇者に選ばれたんだから、そっちを優先しろって言うの?」
「そういうわけじゃないさ。ただ、どちらも両立できるんなら、問題ないんじゃないかって話だよ。もし仮に、世界が大変な事になっちゃったりしたら、カズキ君だって、そのコだって、困っちゃうわけでしょ?その時になって、勇者としての力があれば……とか思っても遅いかもしれないよ?」
「それはそうかもしれないけど……」
更に―――
「―――というか、この話、ソニアさんたちは知っているの?」
「えっ?」
「いや、ソニアさんからこんな話は聞いていなかったし―――」
「そ、それはそうだよっ!姉ちゃんなんかに好きな女のコがいるとかバレたら、絶対からかわれるもん!兄ちゃんだから話したんだから、姉ちゃんたちには絶対に秘密だよっ!男同士の約束だよっ!」
「そ、そっかぁ。そういう事なら言わないけど……」
カズキ君が僕に秘密をうちあけたのは、僕が男であったからで、ソニアさんや家族の人にはこの事は話していないのだそうだ。
まあ、この年頃の男のコだと、家族に好きなコの話をするとか難しい気もするし、カズキ君の気持ちもわからなくはない。
だが、ただでさえややこしい問題が、更にややこしくなったという感じは拭えない。
「でも、カズキ君が本気なんだとしたら、そこは恥ずかしがらずにちゃんと伝えた方がいいのかもね」
「え……?」
「カズキ君は今まで、なんで植物学者になりたいのか、なんで勇者をやりたくないのか、その肝心の理由を家族にも秘密にしていたんだよね?それで相手がわかってくれないと言っても、しょうがないと思うんだけど……」
「うっ。そ、それは―――」
「まあ、話を聞いちゃった以上、僕はカズキ君を応援してあげるけどね。でも、たいしたことは出来ないと思うし、そんなに期待しないでよ」
「う、うん……」
それでも僕はカズキ君の味方をすることにした。
僕の事を信じて相談をしてくれたのだから、信頼を裏切るようなことは出来ないし、好きな女のコとの約束を頑なに守ろうとするその姿勢には共感できたからである。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。