課題
翌日―――
僕は神様と二度目の邂逅を果たした。
場所は昨日と同じ精霊の森。
マリサ様はリサと一緒に現れ、僕たちに穏やかに話しかけてきた。
その対応はある意味神様らしくないもので、ごく普通に挨拶と自己紹介から始まった。
故に―――そこはそれほど問題ではない。
もちろん緊張はしていたが、言ってみればそれだけ。
なにより、この件に関しては僕の隣……ミントの方がヤバイ。
ミントからすれば自分が信仰する神様がご降臨されているわけであるし、緊張するなというのが無理である。
「今の私はリサの母親として、娘の友達とお話をさせてもらっているのです。ですからどうか気を楽にしてください」
「は、はひっ!」
まあ、僕もそんなミントを笑えない状況なのだが……
「また会ったな、ボウズ。俺がアバン=ヨシカ。リサの父親だ」
「はい……またお会いできて光栄です……」
「おう。夜・露・死・苦・な……」
前回の邂逅した時と比べれば、アバン様は笑顔だ。
にこやかに握手を求めてきてくれている。
だが、その目は少しも笑っていない。
アバン様の目は完全に愛娘を奪いに来た娘の恋人に向ける敵意で暗く濁っていた。
リサは母親であるマリサ様だけでなく、父親であるアバン様も連れてきていたのだ。
しかし、サプライズゲストはそれで終わりではなかった。
「せっかくの機会ですので、彼の者たちにも同席してもらおうと思いまして―――」
マリサ様のそんな言葉で、森の奥から姿を現したのは―――
「父さん……?それに母さんも……?」
「お父さんっ!?」
「ママ……」
―――僕の両親とミントの父にサクヤの母。
昨日と同じように地面にレジャーシートを広げ、皆で円を描くように座る。
神様であられるマリサ様やアバン様にそのような対応で良いものかと思いはしたが、当のマリサ様たちがそうするようにとおっしゃったのだから問題はないのだろう。
席次の方も特に難しいものはなく、話の中心となるリサとマリサ様が向き合う形で、親サイドと子供サイドで別れた形。
リサの右側に僕が座ったので、マリサ様たちの右側に僕の父であるトールと母であるカンナが座り、リサの左側にサクヤとミントが座ったので、マリサ様たちの左側にサクヤの母親であるマーヤさんとミントの父親であるパーンさんが座っている。
最初に語られたのは親サイドの繋がりについて。
とはいえ、これは簡単な話。
僕らがリサと仲良くなった頃からマリサ様たちも密かに僕らの親たちと接触していて、一緒になって僕らを見守っていたというだけである。
もっとも―――
「まさか神の御声を直接拝聴する事になるとは思ってもいませんでしたけどね」
「冒険者を辞めた後に、新たな世界樹の保護なんて依頼を受ける事になるとかな……」
パーンさんや父さんの言葉から察するにいろいろと苦労もあったようである。
次に行われたのは、リサの世界渡りに僕らがついていくのを認めるかどうか。
もっとも、これは最終確認のようなもの。
僕らはもちろん、親たちも異論を挟むことなく認めてくれる。
世界を渡るということで、もう少し反対意見が出るかとも思ったのだが―――
「成人した娘が好きな男と一緒になりたいって言っているんだ。それを止めるのは野暮ってもんさ」
「それに二度と会えないというわけでもないらしいですからね」
―――というのが親サイド……マーヤさんや僕の母さんの意見。
世界樹という超次元的な存在が関わっているので、世界を超えるなんて事態になっているものの、感覚的には『結婚を機に遠くの街で暮らす』というのと大差がないらしい。
なにしろリサも世界樹なので、僕らの頑張り次第では『次元間移動』も可能となるらしく、そこまで悲観するような事でもないのだとか。
とはいえ、次元の間を自由に移動するというのはそう簡単に行えるようなものでもないので、習得にはそれなりの時間が必要になるとの事であるが……
「まあ、そういうわけで、いくつか課題を設けさせてもらうぜ?」
「課題……ですか?」
「この後続く話にも関わるが、リサのパートナーになるって事はお前らが新しい世界の神様になるって事だ。だが、いきなりそんな力を与えられてもお前らは使いこなせないだろ?慣れない力で暴れられても困るしな。だから、俺たちで特訓してやろうって話さ」
「貴方たちが世界渡りを行うまで約1年。その間に私たちが出来る限りの事を教えしましょう。そうすれば新たな世界の創造も少しは楽になるでしょうし、次元間移動の習得も早くなると思います」
アバン様とマリサ様がそんな事を告げる。
「課題っていうのは俺たちからの試験でもあるな。新しい世界に行ってもちゃんとやっていけるってところを俺たちに見せてみろって事だ」
続いて父さんが僕に一枚の紙を差し出す。
その紙には僕たちへの課題とやらが記されていた。
それによると―――
1、マリサ様、アバン様のもとで1年間修業を受ける。
2、1年以内にSSランクの冒険者となる。
3、1年以内に1億ゴールド(資産含む)を集める。
4、上記の条件を満たした上で、結婚式を行う。
というもの。
僕はそれを見て唖然とした。
一つ目の条件はいい。
だが、二つ目と三つ目の条件はありえない。
SSランクの冒険者というのは世界で十人もいないような最高ランクの冒険者であるし、1億ゴールドといえば大国の国家予算に匹敵する金額である。
どう考えても無理―――そう考えたところで……
「おおむね予想通りね」
横から覗いていたサクヤが小声で告げる。
「え?予想通り?」
「さっき、アバン様が言っていたでしょ。リサのパートナーになるって事は、神様になるのと同じだって。神様なんだからSSランクなんてなって当然。そして、SSランクの冒険者なら1年で1億ゴールドも稼げないわけじゃない。むしろ、最初からそれぐらい集める気でいたしね」
「あっ、そうか……」
SSランクの冒険者は『勇者』や『英雄』と呼ばれるような人外の強さをもつ。
だが、それが神を超えるものかというと……という話である。
仮にも神と呼ばれるような存在となるのならば、これくらいの条件はこなせて当たり前なのだろう。
そう考えるとこの課題は実質ひとつ。
一つ目の条件をクリアし、神の力をきちんと扱えるようになれば、二つ目と三つ目もクリア出来て当然。四つ目は三つの条件をクリアして結婚式を挙げるだけだし―――と、僕がそう考えたところで……
(オイ。わかっていると思うが、嫁入り前の娘に手ぇ出すんじゃねーぞ)
頭の中にそんな声が響く。
「え……?」
(声をあげるんじゃねーよ。これは『心話』。お前の心に直接語り掛けているだけだ)
(……ええと……ア、アバン様……ですか……?)
(オウヨ。それよりオメー、ちゃんとわかってんだろーな……)
(え?わかっているって―――)
(アバン様の言う通りですよ、ルドナ君。君たちが互いに想いあっているという事はわかっています。君たちが成人した大人であるというのも認めましょう。ですが、君たちはまだまだ若い。結婚前にそういった行為に及ぶのはいかがなものかと思いますよ)
(え?ちょ―――この声は……パーンさんっ!?)
(はい。私です)
(パ、パーンさんも『心話』とやらが使えたんですか……?)
(いえ、私だけではこの力は使えません。ですが、私は司祭です。神であられるアバン様の助力を得られれば、これぐらいの『奇跡』は行えます)
(オウ。娘を想う父親の気持ちはよーくわかっているからな。これぐらいの『奇跡』を起こすぐらいワケないぜ)
こんな事で『奇跡』を起こさないでくださいよ……そう喉まで出かかったが、それが言葉になることはなかった。
何しろ相手は神である。そんな事が言えるはずもない。
(それよりもルドナ君、私たちの言いたい事はわかりましたね?)
(リサがお前がいいと言う以上、俺はそこには口を出せねぇ。だがよ、男と男の約束を守れねえようなヤツを俺は絶対に許さねえからな)
(神はいつでも見守っています。決して、神の眼を欺くことなどできません。それを心に刻んでおきなさい)
(ハ、ハイ……)
それで脳内の会話は終了。
かわりに―――
「この四つの条件を達成できたら、お前たちの世界渡りを認めてやる。まあ、達成できなくてもそれで終わりってわけじゃねーが、その時はさらなる課題を追加させてもらうからな。心して挑んでくれ」
「「「ハイっ!」」」
現実の世界で皆がアバン様の言葉に頷いていた。
もちろん僕一人が『イヤ』とはいえない。
「は、はい……」
こうして神様との『約束』が成立した。
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。