訓練所の勝負
次の日、僕たちは冒険者ギルドの訓練場に足を運んでいた。
ソニアさんが訓練をするということで、嫌がるカズキ君を半ば強引に連れ出した形である。
それに僕たちが同行していたのは、ソニアさんから誘われたからであるが―――僕たちも勇者であるカズキ君の力がどれくらいのものなのか気になっていたので、半ば野次馬気分でついていく事にした。
ただ、これに関してはソニアさんも似たようなもので……
「ルドナ君たちって、冒険者ランクはまだDランクだけど、かなり強いのよね?もし良かったら、カズキの訓練に付き合ってくれない?」
ソニアさんも僕たちの強さに興味があったようだ。
ただし、それだけが理由というわけでもない。
ソニアさんはノアさんと同じくCランクであるが、彼女は『ウィザード』。元素魔法と精霊魔法の二系統の魔法を操る魔法使いではあったが、接近戦の技能はほとんど持ち合わせていなかった。
故に、武器を使った訓練は僕かノアさんにお願いしたいと最初から考えていたらしい。
ギルド本部の裏手にある訓練場は、冒険者及び冒険者育成学校の生徒であるなら、ちょっとした申請をするだけで誰でも利用する事が出来る。
敷地内には屋外のグラウンドと屋内施設の二つがあるが、僕たちの利用申請が受理されたのは屋内施設の方。
こちらには練習用のダンジョンもあり、より本格的な訓練にも耐えられるよう各種結界などが施されていたからだ。
ただ、そこまで来ても―――
「やだ。やりたくない」
カズキ君は頑なに武器を手に取ろうとしなかった。
しかも徹底抗戦の構え。
「【セイフティー・ドーム】」
「こら!出てきなさい!カズキ!結界の中に閉じこもるなんて卑怯よっ!」
光の障壁で即席の避難所を確保したカズキ君は、ソニアさんをガン無視して、手にした本を読み始める。
「これはなかなかに困ったコだね」
「まさか、こんな手でくるとはね」
「でも、あの防御魔法は見事ですよ。あれを解除するとなると簡単にはいかないかも……」
「そうなの?」
「訓練場の結界の一部を利用して展開していますから、下手に解除すると訓練場の結界まで破壊してしまいます。そうすると―――」
「結界を修復するまでここは使えなくなるし、直ったとしても私たちの申請は却下されるでしょうね」
「なるほど」
結界の外からソニアさんが何度も呼び掛けているが、カズキ君にはなしの礫。
「ちょっと!本気で出てこないつもり!それなら私にも考えがあるわよ!あなたの部屋の本、全部捨てちゃうわよっ!それでもいいの!?」
「昨日のうちに全部、『魔法空間』に移したから問題ないよ」
「それなら、実家にある本を全部捨ててやるわ!」
「そしたら、姉ちゃんの服も全部捨てるから」
「なら、あんたの服も捨ててやるわよ!」
「じゃあ、そっちのお兄さんとか、テオ君たちにあげる事にするね。姉ちゃんの下着なら多分喜んでくれると思うし」
「……は?下着って……」
「ちょっ―――」
そして、そんなカズキ君が突如として、とんでもない方向に話を展開させる。
「るーくん……」
「るー」
「ルドナちゃん……」
「い、いや、あの、カズキ君が勝手に言っているだけで、僕が何かしたわけじゃないと思うんだけど……」
僕としては勝手に巻き込まれただけであるし、特に悪い事はしてないと―――
「皆、姉ちゃんの胸に興味津々だったからね。昨日のお風呂もその話題で盛り上がっていたし、喜んでくれると思うよ」
「「「………」」」
「……すいませんでした」
カズキ君の言葉と三人の視線に耐えかねて、僕はその場で土下座する。
そして、そんな二次被害が出たからか、ソニアさんも若干方針を変える。
「しょうがないわね。じゃあ、ちゃんと訓練を受けたら、あなたの欲しがっていた本を買ってあげるわよ」
「家を出る時にお小遣いも貰ったからいいよ」
「それでもそんなに多くのお小遣いがあるわけじゃないでしょ?ちょっと訓練するだけで買ってあげるって言っているのよ?」
「ん~……」
それでも交渉は難航していたようであるが―――
「わかったわよ。じゃあ、この二人と勝負して、それに勝てたらもう訓練しろなんて言わないわ」
「えっ、ソニアさん?」
「い、いいの?」
「それだけの実力があるのなら、訓練なんてしなくても問題ないでしょ。やる気がないのに無理にやらせても意味はないと思うしね。その代わり、負けた時はちゃんと訓練を受けてもらうわよ。いくらやる気がなくても、あなたが勇者の加護を授かったのは事実だし、そんなあなたがただの冒険者に負けるような腕前しかないとしたら、ウチの家名にも傷がつくの。こういう言い方は良くないのかもしれないけど、やらないのとやれないのでは全然意味が違うのよ」
「……わかったよ。その二人と勝負すればいいんだね」
最終的にはカズキ君も勝負に同意する。
ただし―――
「でも、それだけじゃ勝負をうけるメリットがあんまりないし……僕が勝ったら『アレ』も貰うね」
カズキ君はそう言って……リサを指さした。
「……え?わたし……?」
さされたリサがキョトンと首を傾げる。
「「……え?」」
「カ、カズキ?あなた、何を言って―――」
それに遅れて、他の皆もカズキ君の突拍子もない言葉に反応をし始めていたが―――
「……『アレ』……を貰う……って……」
僕の頭は苛烈なまでの激しい怒りで焼き尽くされていた。
だから、カズキ君との勝負を受けることにする。
「わかった。勝負は受けてあげるよ。ただし、最後に決めるのはリサだよ」
「うん?勝負は姉ちゃんたちの方が言い出した事だと思うけど?」
「あと……やるからには本気でいくから―――」
「まあ、いいや。僕もさっさと終わらせて、続きを読みたいしね」
皆から一歩前に出て、剣を抜く。
カズキ君も眼鏡をはずし、『魔法空間』から剣を呼びだす。
「え?ちょっと―――」
「な、なんだかマズくないかな?」
「あれは間違いなくキレているわね……」
「リサちゃんの事を『アレ』って呼んだのが気に食わなかったんだね。いろんな意味で……」
外野が何か騒いでいたが、それらは全て意識の外。
耳には届いていたし、頭の片隅にも入っていたが、僕の意識の大半は相対するカズキ君に向けられていた。
(そうか、昨日のアレはそういう事だったのか……)
大浴場でのカズキ君の言動を思い出し、僕は口元を自然と吊り上げる。
(リサに目をつけるとはいい趣味をしていると思うけど―――敵はツブす!)
この時の僕の心情を表わすと、正にそんな感じではあった。
しかし、頭の一部は冷静で、怒りで我を見失ったりはしない。
剣をかまえたカズキ君は油断が出来るような相手ではなかったからだ。
「それじゃあ―――いくよっ!」
「っ!」
カズキ君が一気に距離を詰め、刃と刃がぶつかり合う。
三回ほど打ち合ったところで、カズキ君は一旦距離をとり、右手一本で横薙ぎの一撃を放つ。
僕はそれを剣で受け止めながら、左手を突き出す。
「【パラライズ・サンダー】」
「【アース・シールド】」
カズキ君の放った雷撃の魔法を、左手に生み出した土の盾で受け止める。
「読まれていたっ!?」
「魔法戦士としては初歩の技だからね。驚くものでもないよ」
最初の大振りの一撃は相手の位置を固定させるためのもので、本命はその次に繰り出す魔法による攻撃。剣と魔法の両方が使える者ならまず考えつく連撃である。ただし、魔法が使えない者が相手だとかなり有効な手段でもある。
白兵戦をしながら魔法を発動させるのはそれなりに難しいのだが、斬り合いをしている最中にいつ魔法が飛んでくるかもわからないというプレッシャーを相手に与えるだけでも効果としては大きい。下手なフェイントなんかよりも十分に使える技なのだ。
だが、魔法が使える戦士という点では僕も同じ。
そのメリットもデメリットもどちらも僕はわかっている。
更にいうと、カズキ君は剣も魔法もあまりに正統派―――言ってしまうと、教科書通りのもの。
決して侮れる相手ではないのだが、戦闘スタイルが似ているだけに僕には問題なく対処ができた。
ただし……それはカズキ君が全力ではないからともいえる。
勇者として与えられた力をカズキ君はほとんど使っていなかったので、純粋な経験の差が如実に出ているのだ。
だから、数度の攻防を終えたあと―――
「どうしたんだい、勇者君。君の力はこの程度なのか?ほら、本気で来いよ。その勇者の力を見せて見なよ」
僕はそんなふうにカズキ君を挑発した。
しかし―――
「え?……いいの?」
カズキ君はきょとんとした顔で、ソニアさんに視線を向ける。
「いや、ダメでしょ。こんなところで勇者の力なんて使っちゃ……」
尋ねられたソニアさんが呆れたように告げる。
「……え……?」
「るーとカズキ君が本気でやりあったりしたら、ここの結界が持たないと思うわよ」
「ルドナちゃん、少し大人気ないですよ」
「あっ、いや、でも……」
「カズキもわかったでしょ。自分の負けだって」
「うん。悔しいけど、僕の負けだよ」
更にカズキ君があっさりと負けを認めたものだから僕の立つ瀬がない。
「ええと……それでいいの?ホントに?」
「うん。負けは負けだし……」
改めて問いかける僕に、カズキ君はコクンと頷く。
カズキ君は僕なんかよりも分別があったようである。
そして―――
「あ~あ、あの髪飾り欲しかったんだけどな~」
「えっ……?髪飾り……?」
「『アレ』って、『ハリウの花』を加工したものでしょ?ハリウの花は別名『命の花』と呼ばれる貴重な品で、限られた聖域でしか咲かないって言われているんだよ。あんなのどこで手に入れたの?」
「………」
カズキ君が何でもない事のように、そんな事を口にしたものだから、僕は思わず固まってしまう。
「るー……貴方、盛大に勘違いしていたでしょ?」
「あんな子供にまでヤキモチ妬くのはどうかと思うよ?」
「うぐっ……だ、だって、あんな言い方されたら……」
サクヤやミントの言葉に、僕は真っ赤な顔を手で押さえて恥じ入る。
「あれ?お兄さん、どうしたの?」
「はぁ……あんたってコは……」
勝負には勝ったが、僕はこの天然勇者に勝負以外のところで盛大に負けた気分であった。
本年最後の投稿です。
来年もよろしくお願いします。
修正中に気が付いたのですが、Dランクにあがった事に作中で全く触れていませんでした。
これは前回の事件後、ナナエさんたちが旅立つまでの間にランクがあがったからです。