堕天使騒動のその後
一連の騒動から半月余りが経過したその日。
僕たちはコナンさんたちを見送るために、北の外門に集まっていた。
「それじゃあ、お店の方、お願いね」
「うん。任せてよ、お姉ちゃん」
「にーもいるからな!安心して行ってくるのだ!」
「うふふ。そうね。私がいない間、皆の事をお願いね、ニーズちゃん」
「任せるのだっ!」
ノアさんやニーズが旅装のナナエさんとそんなやりとりを交わしている事から察せられると思うが、今回のコナンさんの旅にはナナエさんもついていく事になっていた。
行き先は王都『ユナニウト』。
表向きは王都の方で大きな商談があるという事になっていたが、ナナエさんが同行するというのだから、王都で入院しているコナンさんの父親に会いに行くという目的もあるのだろう。
そのあたりの話は基本ノータッチなので、詳しい事はわからない。
長年いがみ合っていた親子なだけにすぐさま関係を修復するというのも難しいだろうし、コナンさんが一歩前に足を踏み出したということで外野の僕たちは余計な口を挟まない事にしたのだ。
「ナナエ、すまないがそろそろ出発の時間だ」
「はい」
「メビンスさん、ソーンさん、ついでに、マブオクさんも護衛の方よろしくお願いしますね」
「ああ」
「任せておきな」
「つ、ついでというのはひでえですよ、お嬢……」
まあ、護衛という名目でメビンスさんたちもついていく事になっていたし、10歳以上年下である僕たちが出しゃばる事でもない。
「それでは旦那様。どうぞ、お気をつけて」
「ああ、ジルス。留守の間、よろしく頼む」
ちなみに事件から半月余り過ぎてからの出立となったのは、コナンさんがすぐには動けない状態であったからだ。
事件の直前、時間をかけて取り組んでいた大きな商談を失ったワルシュ商会は結構な打撃をうけていて、その危機から脱する為にコナンさんは忙しく駆け回っていた。
逆にいえば、そんな危機的な状況からわずか半月ばかりで、商会長が本社を離れられるぐらいまで立て直したという事であるが―――その秘密はコナンさんと話していた老紳士にある。
「あの人が先代の商会長さんの懐刀ね」
「懐刀?」
「かなりのやり手だって昔から噂されていたんだけど、噂以上にすごかったみたいよ。現役に復帰して一週間も経たずに商会をまとめあげたみたいだし、今回の王都での取引も彼が引っ張ってきたんだとか。だからこそ、少し勘ぐっちゃうんだけど―――」
「うん?」
「今回のコナンさんの商談相手なんだけど、実はコナンさんの母親の生家が融資をしているところなの。でも、前代の商会長さんの噂が本当であったのなら、良好な関係を維持できているはずがないのよ。だから、実はそうじゃなかったとなるとね……」
「ええと……まず、コナンさんの父親の噂というのがどういうものかわからないんだけど。あんまりいい話を聞かないって事ぐらいしか聞いてないし」
「そうね。簡単に言うと、今回みたいな誤解がコナンさんとコナンさんの父親の間にもあるんじゃないかって事。ただ、私たちが興味本位で首を突っ込むような話でもないし、憶測だけで話せるような内容でもないから、余計な事は口にしない方がいいと思うわ。今回はナナエさんやメビンスさんがいるし、ジルスさんのような人もいるみたいだから、私たちの出番はないわよ」
「……なるほど」
サクヤの憶測が気にならないわけではないが、他人様の家の事情を無駄に暴き立てるのも失礼であるし、それ以上は聞かない事にする。
ただ、僕らの中には一人だけ、そうも言っていられない者がいる。
「あの、サクヤ様。その話、私的にはとても気になるのですが……」
それはククル。
「まあ、あなた的には気になるでしょうね。だけど、それはあなたが自分で調べなさいな。私の話はただの憶測にすぎないし、それを信じて失敗しても、私は責任とれないわよ」
「そうですね。ククルちゃんはコナンさんたちに迷惑をかけた償いがしたいのでしょう?それならまずは自分の行動で誠意を示さないといけないと思いますよ」
「は、はい、ミント様……」
ミントにより暗き穴に落とされたククルであるが、今は反省したという事で解放されていた。
そして、コナンさんやナナエさんに、マブオクさん以上の華麗なる土下座をして、許しを請うていた。
ちなみに、現在のククルは背中の翼が白く戻っている。
ミントが言うには無事に『再天使化』を果たしたらしい。
それを聞いた時には、『堕天使って、再び天使に戻れるものなのか……』と驚いたものであるが―――
「多分、ミントちゃんが堕天使化しないのと同じ原理なんじゃないかな?」
「ミントが堕天使化しない理由?」
「ミントちゃんは自分の意志―――自分の欲望を『妄想』という形で、隔離しているんだよ。だから、ミントちゃんは『堕落』しないで済んでいるんだけど……同じ事が出来るようになれば、ククルちゃんも自分の魔素を隔離できる事になるでしょ?」
「ああ、なるほど」
リサの説明によると、そんな原理でククルは天使に戻ったとの事。
もっとも―――
「それでククルはあの後、何をしていたの?」
「……え……?」
「いや、あの穴の中でどうしていたのかなって―――」
「アハッ、アハハッ。ト、トクにナニモ、ナイデスヨ……ハイ、ククルハダイジョウブ、ダイジョウブデス……ナニモミテイマセン……ナニモミテナイデス、ホントウデス、ホントニミテナイデスカラ。モウ、モウユルシテ、コレイジョウハオカシクナル。オカシクナッチャウ……アタマ……ダメニ……ナ……」
「お、おいいぃっ!しっかりしろぉおおおおっ!」
「ハッ!?わ、私はナニを……?」
「い、いや、ごめんな……変な事を聞いて……」
「え?え?え?な、なんですか?なんでそんなに悲しそうな目でククルを見るんですか?」
それ以上の話はククルからも聞けなかったので、詳しい話は誰にもわからない。
わかっているのは、あの暗き穴こそ、ミントの『妄想』が行き着く場所であり、あの『夢幻の神』の本体ともいうべき存在であるという事。
それで十分……
それ以上は踏み込んではいけない領域なのだと、僕は悟った。
結果として、ククルも助かったのだから、それでヨシとしておくべきなのだ。
―――そんなわけで、ククルもコナンさんたちに同行する。
天使だった彼女のもともとの使命が『恋人たちの行く末を見守る事』であるし、ミントが口にしたように、それが彼女なりの『償い』なのだろう。
とはいえ、あれだけの事をしでかしたわけだし、彼女の立場は弱い。
「おい、ククル、そろそろ行くぞっ!」
「はっ、はいっ!」
ミントやナナエさんの取り成しがあったから、辛く当たられるようなことはなかったが、メビンスさんやソーンさんから信頼を得られるようになるにはもう少し時間が必要だろう。
ただ、それもそこまで心配はしていない。
「あうっ!」
「オイオイ、なにやっているんだよ」
「す、すいみせん。まだ地上を歩くのに慣れていなくて……」
「しょうがねえなぁ。マブオクっ!手を貸してやれ!」
「えっ、俺が、ですか?」
「お前はコイツと一緒に最後尾の馬車だって言っただろ?変なヘマしないようにしっかり見張っとけよ」
「わ、わかりやした……」
メビンスさんたちはなんやかんやと言いつつも面倒見のいい人であるし、再天使化したククルも素直で愛嬌のある女のコなので、旅から帰ってくる頃にはうちとけている可能性も十分にある。
なにしろ王都『ユナニウト』はそれなりに遠い。
片道だけでも馬車で四日はかかるし、王都に滞在する期間を含めた旅の全日程は15日ほどの予定なのだ。
それだけの期間一緒に過ごすとなると、多少は仲も深まるだろう。
―――というか、仲良く出来ないと辛い。
ククルはナナエさんの付き添いというポジションなのだが、コナンさんとナナエさんの仲を応援する為についていくのだから、二人の時間を邪魔するわけにはいかない。もちろんコナンさんの部下たちのお仕事の邪魔もできない。そうなると、顔見知りのメビンスさんたちと行動を共にすることが多くなるはずで―――僕たちはこっそりとメビンスさんにククルのことを頼んでいたりする。
まがりなりにも彼女を助けた僕たちであるし、人の世界で暮らした経験がほとんどないククルを気にかけるのは当然だった。
とはいえ、ククルは大人なので、ニーズの時のように保護者ぶるつもりはないのだが……
「それじゃあ、行ってくる」
「いってきます」
三台の馬車が北の外門を出発し、それをある程度見送ったところで、僕らも解散となる。
いや、ワルシュ商会の人たちと別れただけで、僕たちが戻るのは『銀のゆりかご亭』なのであるが―――
「また、しばらくは忙しそうだね~」
「すいません。お姉ちゃんがいないとなると、どうしても人手が足りなくて……」
「仕方がないですよ。困ったときはお互いさまですし」
「人を雇うような余裕はまだないものね。ただ、それとなく声をかけるぐらいはしてもいいのかもしれないわね。今日みたいにボランティアで手伝ってくれている人たちの中で、従業員として働いてくれそうな人がいないか、リサーチしておくといいと思うわよ」
「ええと、それはどういう理由で……?」
「もう少しすると、この街に今まで以上の冒険者が集まってくるからよ。『蛇の道』のシャドゥ・ヴァイパーの消失や『ハガイ洞窟』の魔素のエアポケットが近隣の街でも噂になっていたし、未鑑定の貴重なレアアイテムや魔道具なんかがこの街から大量に王都に運び込まれたという情報もあるからね。一獲千金を狙う冒険者が集まってくるのも道理でしょ」
「……いや、あの、それって―――」
(全部、僕たちが原因だと思うんだけど……)
サクヤの言葉にそんな言葉が喉まで出かかったが、僕はなんとかそれを押しとどめる。
相手がノアさんなら言っても問題はなかったような気もするが、それはそれというヤツである。
だから、なんとなく二人の会話に乗り遅れた僕であるが―――
「そうだ!ニーズちゃん、今日は久々に私といっしょにお風呂に入ろうか!」
突如として、リサがそんな事を口にした。
「うん?にーはもう一人でもお風呂にはいれるぞ?ナコやキノの面倒だってみられるお姉ちゃんだぞ!」
「もちろんそんなことはわかっているよ~。でも、偶には私と一緒でもいいでしょ?」
「ん~、リサがどうしてもというのなら、にーは別にかまわないぞ?」
「そう、それじゃあ―――」
そして、ニーズもあっさりと受け入れる。
ただし―――
「あの、リサちゃん……ナナエさんがいなくなった途端に、混浴計画を再始動させるのはいかがなものかと思うのですが―――」
生真面目なミントがそれを許すはずもない。
許すはずもないのだが―――
「え~、この前、(妄想世界で)抜け駆けしたのはミントちゃんだよね?」
「そ、それは―――」
ミントにリサが止められるかどうかは、また別の問題なのである。
2章終了です。あとはデータ的なおまけを投稿します。
3章以降は投稿ペースが落ちると思いますが、週一くらいで投稿できるようにはしたいと考えてます。