堕天使との闘い
主役は遅れてやって来る。
そんなことを考えていたわけではないが、僕たちは間一髪というタイミングでリサたちのところにたどり着いた。
とはいえ、あまりに計ったようなタイミングであった為か、空間を引き裂いて飛び出してきた僕たちの姿に、その場にいた誰もが唖然とした様子。
いや―――
「るーくん……」
「ん?」
「そのコ……誰?」
「へ?」
僕を見つめるリサは、何故か冷たい視線を向けていた。
正直、意味がわからない。
だが、それでも僕はなんとなく自分の隣に視線を向ける。
すると、そこに銀髪ツインテールの女のコがフワフワと浮いていた。
「え?誰……?」
もちろん僕も知らない女のコだ。
意味がわからない。
意味がわからないから、なんとなくサクヤたちに助けを求める。
だが―――
「い、いや、そんな目で見られても……」
「こっちが聞きたいくらいなのですが……」
サクヤやミント、ついでにマブオクさんたちも首を横に振る。
そして、皆の視線が自分に集まっていることに気が付いたのか、宙に浮く女のコがニコリと笑みを浮かべると―――
「あっ、あなたがリサさんね。わたしのマスターがいつもお世話になっています」
「「「……わたしのっ!?」」」
「私はマスターの剣に宿った魂。そして、マスターの力で剣の神となったものだよ。生憎と名前はまだないんだけど、これからヨロシクね」
「へぇぇ……」
「なるほど……」
「またやりましたね、ルドナちゃん……」
自称・剣の声―――いや、今は剣の神に『一時神化』した少女の挨拶に、リサたち三人が危険な殺気を向けてくる。
ヤバイ。超ヤバイ。
なんでこうなったのか、さっぱり意味がわからないが、自称・剣の神はとても危険な存在であるというのはわかった。
しかし、自称・剣の神はそういう空気を読まないか、読んだうえでわざとやっているのか―――
「あ、マスター、そういうわけなんで、名前を考えて欲しいんだけど」
そんな事を言いながら、自称・剣の神が僕の腕に絡みついてくる。
だが、今の僕たちはそんな事をしている場合ではない。
僕たちは今回の襲撃を企てた元凶にようやくたどり着いたところであり、ふざけている場合ではないのだ。
「そ、それは全てが終わったあとでね……」
「うんっ!絶対だよっ!」
「「「………」」」
決して、三人の無言の視線が怖かったわけではない。
◆◆◆
そんなわけで―――空気は最悪であるが、僕たちは改めて堕天使と対峙する。
「メ、メビンスさんたちはナナエさんと子供たちをお願いします」
「……あ、ああ……」
一瞬、『こいつら、大丈夫か?』みたいな表情を浮かべたメビンスさんだが、そこは空気を読んでくれたようで、言われた通り、ナナエさんや子供たちの守りについてくれた。
「ミントはノアさんと一緒にコナンさんを、サクヤとリサは全体のフォローを任せるよ」
「マスター、私は?」
「……大人しく剣に戻ってくれない?」
「了解~」
自称・剣の神が軽い口調で答え、剣に吸い込まれるように姿を消す。
正直、何の為に姿を見せたのかツッコミたいところではあるが、そこは我慢しておく。
いつまでも本命を待たせておくというのも悪いからだ。
「それで、いろいろとやらかしてくれたようだけど……覚悟は出来た?」
僕は堕天使に向かって言い放つ。
「覚悟……?」
「死ぬ覚悟が出来たのか聞いているんだよ?」
「クッ、クククククッ。面白い事を言いますね、人間。私の隔離空間を破ったのは驚きですが、あなた達が束になろうと、夢幻の神に仕える私に……神の第一の眷属たる、このククルに勝てるとでも―――」
「なるほど。名前くらいは覚えておくよ」
堕天使であるククルの話に興味はない。
だから、僕は問答無用で斬りかかる。
「なっ!?」
「あれ?思ったよりもいい反応だね」
「ば、馬鹿なっ!私のっ!私の翼がっ!」
黒い翼の一翼を半ばから切り裂かれ、ククルが驚きの声を漏らす。
僕の事をたかが人間と舐めていたようであるが、その時点でククルの底は見えた気がした。
だって、コイツは僕たちの正体にも気が付いていない。
リサ一人でもいい勝負だったのに、四人揃った僕たちに勝てる気でいるのがそもそもおかしいのだ。
ついでにいうと、ククルのような搦め手が得意なタイプは、真っすぐ突っ込んでいって、問答無用でブチ倒した方が圧倒的に早い。
「避けない方が楽に終わるよ」
「な、舐めるなっ!人間っ!!」
僕の言葉に激怒したククルは無数の影の人形を呼び出す。
だが―――
「【ソード・ストーム】」
「ば、馬鹿なっ!?一撃っ!?一撃だとっ!?」
僕の振るった剣閃は現れた影の人形と同じ数だけ分裂し、全ての闇を切り裂いた。
まあ、これには僕も少し驚いていたが……
(なんか剣の威力がとんでもない事になっているんだけど……)
(当たり前だよ。私は剣の神まで『神化』したんだから。今の私は『神剣』以上に『神剣』なんだよ?)
(おまえ、それを狙って、必要以上にマナを持っていただろ……)
(い、いやだなぁ、マスター。空間を切るためには『一時神化』する必要があっただけだよ~)
(………)
以上、脳内会議終了。
理由は納得できた。
リフスと同じで、剣の神となった僕の剣にも、マリサ様たちが掛けた『封印』は効果を及ぼさない。
つまり、剣を使った攻撃に限れば、僕は神様の力を全力―――とまではいかないが、ある程度引き出せるようになったという事。
この時点で勝負はほぼ決まった。
だが―――ククルは諦めが悪かった。
傷ついた身体で必死に抵抗し、憎悪に染まった視線を僕たちへと向けてくる。
「ふざけるなっ!ふざけるなっ!人間がっ!私を地上に落とした人間がっ!何故、私を拒むっ!何故、私を断罪するっ!そんな事許さないっ!許せるはずがないっ!!」
「悪いね。僕にはお前を断罪する気はないんだ。ただ、僕が守りたいと思った人たちに手を出したお前が気に食わないだけさ」
「蒙昧な人間風情がぁっ!!」
これだから人の姿をした魔物とはやりにくい。
特に後天的に『魔物化』したものは、ある意味、被害者でもある。
戻せるものなら戻してやりたいと思うし、魔素のもたらす狂気を克服してくれたらと願いはする。
ククルは僕らと同じ年ごろの女のコという見た目なのでなおさらだ。
だが―――襲い掛かってくる相手に同情し、自身や自身の大切な者たちが傷ついたのでは本末転倒。
たとえ神であっても、全てを等しく救うことなど出来やしないのだ。
だから、せめてもの慈悲として、苦しませずに倒す。
そんな思いで僕はククルの胴を薙ぐ。
「ぐはっ!」
その一撃は間違いなく致命傷で、ククルは赤い血を流しながら床に倒れる。
しかし、堕天使となったククルは本当に諦めが悪かった。
彼女を狂気に走らせた魔素も、最後の最後まで彼女の願望に応えた。
だから―――
「こ、このままでは死ねない……このまま……黒く染まったまま……消え失せるなど出来るものかっ!そ、それぐらいなら……全てを……全てを神に……夢幻の神よ……私の……私の願いを叶えたまえ……私の全てを贄に……ここに……姿を……現したまえっ!」
ククルは自分が崇める夢幻の神に縋った。
死に瀕した彼女は、自身の全てを代償にして、神を呼んだのだ。
そして―――
ゴゥゥゥゥゥゥンッ!
隔離空間が激しく揺れた。
天が裂けるような轟音と共に、圧倒的なまでの神の気配をたずさえて、夢幻の神が降臨した。
それは人ほどの大きさの黒い繭に見えた。
だが、黒い繭は『彼女』の背中から生えた12枚の黒い翼であり、花のつぼみが開花するように堕天使の神は真の姿を晒す。
「こ、これは……」
『彼女』はその全身を赤いベルトで拘束されていた。
幼さの残る顔を覆ったベルトが、目と耳も封じている。
それでも―――『彼女』の口元は邪悪に吊り上がっていた。
そんな『彼女』の姿を目に捕らえた次の瞬間―――閃光が走った。
ドゴッ!バキっ!グシャっ!グシャっ!グシャっ!グシャっ!グシャっ……
そんな凄惨な音と共に、『彼女』はあっという間に肉塊に変えられた。
犯人は―――半身を真っ赤に染める白い天使。
ミントである。
「やっぱり、ミントちゃんかぁ……」
夢幻の神とやらを無言で撲殺するミントを眺めなら、リサが遠い目で呟く。
「夢幻の神って話だから、私の可能性も考えたけど、妄想を現実に変えるってところはミントっぽい発想だったしね」
「……仮にも神様を瞬殺かぁ……」
「まあ、その神様を生み出したのがミントちゃんなわけだし……」
なんだかククルが可哀想に思えてきたが、そこは彼女が選んだ道である。
ミントの生み出した『妄想』の副産物を、新たな神と崇めたのが間違いなのだ。
それにミントは心優しい女のコである。
「フフッ、フフフッ。あなた、なんてものを呼びだしてくれたんですか……」
「ば、馬鹿な……わ、我が神が……我が神が、何故、人間ごときに―――」
地に伏せたククルが信じられないものを見るようにミントを見上げる。
ミントはそんなククルの頭を鷲掴みにし、その身体を引き起こす。
「あなたには罰を与えます。しっかりと悔い改めてきてください」
そして、その足元に漆黒よりも暗き穴を出現させる。
「こ、この力は神の……あなたは……貴方様はまさか―――」
「反省すればちゃんと出してあげますよ」
それが神に刃を向けた哀れな堕天使の最後であった。
2章のボス戦ですが―――完全にギャグですね。
もともと2章はミントの裏の一面を掘り下げる話にしようと考えていたので、予定通りではあるのですが……面白いと思っていただけたら幸いです。
2章もあと2話で終わりです。
その後におまけ的なデータを投稿したら、3章に移ります。
ただ、こちらは半ばまでしかストックがないので、投稿ペースは少し遅くなるかもしれません。