事情聴取
ルシウスから報告を受けて、僕はミントのもとへと向かう。
リサやノアさんもついてきたそうにしていたが、マブオクたちの襲撃が囮という可能性もあるので、二人は『銀のゆりかご亭』に残ってもらった。
サクヤはコナン=ワルシュを調べなおす為にベロス商会に出かけており、ルシウスの報告を受けた時にはいなかったので、リフスをメッセンジャーとして使いに出し、事態が動いたことを知らせておく。
そうして、やれることはやってからミントと合流を果たしたわけだが―――
僕たちはマブオクたちを引き連れて『精霊の森』に移動した。
普通に考えれば、男三人が取り囲んで脅迫してきたという時点で十分にアウトであるし、衛兵にでも突き出せば良かったのかもしれないが……それにはミントが待ったをかけた。
ミントが言うには、マブオクたちにもなにかしらの事情があるのではないかとの事。
それを聞き出してからでも遅くはないという事で、武器を取り上げた上で話を聞くことにしたのだ。
襲撃現場から森まで移動する間に、マブオクたちが逃走をはかるのではないかとも考えたが、それは杞憂だった。
僕が現場に到着した時には3人の心はすでにへし折られていたからである。
僕にも身に覚えがあるが、ミントは悪事を働いた者に対しては本当に容赦がなく、相手が悔い改めない限り何度でも叩く。しかも回復させながら叩くので終わりがない。
まあ、滅多なことではミントはそこまで怒ったりしないし、手をあげるのはそれ相応の事をした時だけなのだが……
「それで……話したい事があるなら聞きますけど?」
森に着いたところで、僕は三人に話を聞く。
もっとも、この時点の僕はマブオクたちにいい印象を抱いているはずもなく、『どうせ、くだらない言い訳なんだろう』とたかをくくっていたのだが……
マブオクたちから聞かされた話は、僕たちにはとても意外なものであった。
まずマブオクたちは、今回のことは自分たちが勝手にやったことで、『ワルシュ商会』も会長であるコナンも知らない事だと告げた。
もちろんそれをすんなりと信じるわけにはいかない。
蜥蜴の尻尾切りはこういう時の常套手段である。
だが、切られる側がそれを口にした時は、それをするだけの理由があるという事になる。悪事の全てを自分たちだけに押し付けられて、それを黙っている謂れはないからだ。
しかし―――
「俺たちはかつてのアニキの仲間……一緒に冒険者をしていた仲間だったんだ」
マブオクたち3人はコナンが冒険者をしていた頃の仲間であり、パーティーのリーダーだったコナンを慕っていた。
特にマブオクはその傾向が強く、コナンが冒険者を辞めた後も、彼の傍を離れようとはしなかったらしい。
「アニキと出会う前の俺は冒険者の名を語るただのゴロツキだった。剣も魔法もろくに使えないクセに、武器を持っているというだけで粋がっていたタダのクズだ。だがよ、そんな俺をアニキは仲間にいれてくれて、こんな俺でも人の為に出来ることはあるんだと教えてくれた。アニキは俺の―――恩人なんだよ」
マブオクはコナンに返しきれない恩義を感じていた。
それが全ての理由だった。
だからそこに嘘はない。
「だからこそ、俺はあの女が許せなかった。アニキを騙したあの女を俺は懲らしめてやりたかったんだ……」
「はぁ?騙した?騙したって、どういうことです?」
「アニキはあの女の借金を返済するために、心底嫌っていた父親に頭を下げた。冒険者も辞めて、家業も継いだ。それが金を出す条件だって言われてな。アニキはあの女の為に自分の全てを捨てたんだよ」
「まさか……それは本当なんですか?」
「世間の奴らがアニキをどういう目でみているかはよく知ってる。アニキも好き勝手に生きてきたのは否定しねぇしな。でも、アニキはそこまで悪い人じゃねぇ。人の弱みに付け込んで金を稼ぐくらいなら、冒険者として野垂れ死にした方が100倍マシだって家を飛び出したくらいだしな」
少なくとも僕たちは、コナンという男を誤解していたようである。
ただ、だからといって、ナナエさんがコナンを騙したとはならない。
「でも……そうだとしても、ナナエさんが騙していたという事にはならないのではないですか?結婚を条件にお金を借りた、というわけではないのでしょう?」
「確かにな。確かにそんな約束はしていないだろうさ。でも!アニキはあの女に心底惚れていたし、あの女だってまんざらでもない感じだった!だから―――」
「俺たちはコナンがあのコと結婚する為に冒険者を辞める事にしたと思っていたんだ。だから、パーティーを解散することになっても納得したよ。いがみ合っていた親父さんにも頭を下げたくらいだし、本気であの人と所帯を持つ気なんだってな」
「そもそもさ。人の弱みに付け込む金貸しを嫌っていたコナンが、借金を肩代わりするかわりに結婚を迫るなんてマネができるわけがないだろ。それこそ毛嫌いしていた親父さんと一緒って事になっちまう」
激昂するマブオクを宥めながら、二人の仲間も追従する。
「つまり、貴方たちから見た二人は、恋人同士に見えたという事ですか?」
「少なくともその当時はな。だが、今はそうじゃない。もちろん、男と女のことだから、当人同士にしかわからないこともあるだろうし、単に別れたというだけなのかもしれないがな」
「でも、マブオクさんからすれば、ナナエさんが金のために、コナンさんを利用したように見えたと」
「ああ……」
「それじゃあ、今回の事も今までの嫌がらせも、本当にマブオクさんが一人でやっていた事なんですか?」
「そうだ。アニキは知らないはずだ。知っていれば、アニキが止めたはずだしな」
「………」
僕とミントは思わず黙り込んでしまう。
今の三人の様子からすると、少なくともそれが彼らにとっての真実であると理解できたからだ。
「アニキはよぉ。あの女に本気で惚れているんだ。だから、今でも大事にあの羽根を……なのに、あの女は―――」
「羽根?」
「コナンが昔ダンジョンで見つけたキューピッドの羽根さ。必ず二枚ある羽根で、恋人たちがお守りとして一枚ずつ羽根を持つんだ」
「コナンのヤツは恥ずかしがって、売り払ったとか言っていたけどな。あのコの片耳にだけ、白い羽根のイヤリングがあるんだ。誰がどう考えてもバレバレだろ」
「でも、今はそれがない……?」
「確かにナナエさんの耳にはつけていませんでしたけど……だからといって、今も持っていないとは限りませんし、ナナエさんにはナナエさんの事情があったのかもしれないじゃないですか」
「事情っ!?事情だとっ!?一体どんな事情が―――」
ミントがナナエさんを擁護しようとし、マブオクが今まで以上に感情を爆発させた。
完全に怒りで周りが見えなくなっており、二人の仲間がその身体を押さえていなければ、ミントに掴みかかっていただろう。
それくらいマブオクの言葉は本心からのものだった。
だから―――
「―――なるほどね。だいたい事情が読めてきたわ」
―――その言葉の威力は大きい。
「な、なんだと……?ど、どういう事だ!?お、お前はそれを知っているって言うのかよ!?」
突然現れたサクヤに驚くよりも、マブオクはサクヤの口にした事情が知りたがった。
それこそが長年彼の心を苛んでいた疑問なのだから、当然の反応だろう。
「話してあげるから少しおちつきなさいな。とはいえ、私が話すのはただの憶測よ。誰も彼もが口を噤んで、秘密をうちあけようとしないんだから」
「あ、ああ……それでも構わないから教えてくれ」
そして、始まるサクヤの話。
「じゃあ、結論から先に言うけど―――ナナエさんとコナンさんは今でも相手の事を大切に思っているわ。でも、だからこそすれ違っているのよ」
「すれ違っているだと……?」
「ナナエさんは本当に心優しい女性よ。だから、自分のせいでコナンさんとその父親の間に決定的な溝を作ってしまった事を悔いているのよ」
「な……に……?」
「ナナエさんがワルシュ商会から融資を受けたのが5年前。その当時の会長はコナンさんの父親であったから、ナナエさんは特に疑問も抱かずにそれを受け入れた。まさか、それがコナンさんを縛り上げる鎖だと気づかずにね。でも、彼が冒険者を辞め、嫌っていたはずの父親のもとで働き始めた事で気が付いたのでしょうね。親子が和解したのではなく、溝をより深めただけだって。だから、借りていたお金を返しにいった。でも、コナンさんの父親は受け取ってくれなかった。それは息子を繋ぎ留めておくための鎖なんだから当然よね」
「ひどいオヤジだな」
「ええ、確かに私もどうかとは思うわよ。でも、商人の娘としては少し同情もするわ。大店の会長は多くの従業員たちを食べさせていかなくてはならない責任があるし、時に私情を捨て、冷徹に判断しなければいけない事もある。たとえ、息子に恨まれようと、店を潰させないって判断に私は何も言えないわ。実際、コナンさんは良くやっているそうだしね」
「え?そうなの?でも、サクヤの話では―――」
「高利貸しをメインに大きくなった商会が、その事業を急に縮小させたら、衰退もするわよ。それを考えるとよく商会を維持しているとも言えるわ」
「ああ、なるほど……」
「ただ、ここで問題となるのが、革新を進めるコナンさんの原動力が何かって事。コナンさんはもともと商売を引き継ぐ気なんてなかったんだから―――」
「……まさか……親父さんへの反発……?」
「それしかないでしょうね。そして、それこそが前会長の狙いだったのよ。だからナナエさんには何も言わなかったし、何も言うなと伝えたの。少なくともコナンさんの新しい商会が軌道に乗るくらいまではね」
「で、でも、そんなことをするくらいなら、最初から全てをうちあければ―――」
「それが出来れば良かったんだろうけど、長年に渡る親子の確執はそう簡単には治らないわよ。だからこそ、ナナエさんにもどうすることも出来なくなったわけだしね。コナンさんたちの関係を修復させたいナナエさんとしては、コナンさんのお父さんの願いも無下にはできない。だから、コナンさんが自分で気づいてくれる日を待つしかなかったのよ」
「オイオイ、それじゃあ、コナンのヤツが―――」
「誰が悪いって話じゃないのよ。ただ、皆で盛大にすれちがっているだけ。ナナエさんだって、少々頑なすぎると思うしね。コナンさんたちを仲直りさせるまでは結婚しないと一人で勝手に決めているみたいで、大事な思い出のイヤリングをウチの金庫に封印しているみたいよ。借りたお金と一緒にね」
「え?なんでそんなとこに?それに借りたお金も一緒にって……?」
「お金に関しては他に行き場がなかったからでしょ。親子の溝を深めたお金を使う気にもなれなかったでしょうし……だから、そのお金をウチに預けたの。同時にウチから融資も受ける事になったみたいだけど、その時の条件が親子を和解させる事だったんじゃない?ウチのママなら、そういう事言いそうだし、ナナエさんの思い出のイヤリングが一緒にあるのもそれで理由がつくわね」
「あれ?でも、そうすると―――」
「これって、意外となんとかなる?」
そして、サクヤの長い話を聞き終えた時、僕らは気づいた。
一見すると三者三様の想いが交錯し、ややこしい事態になっているように見えるが、実は答えはシンプルなのだ。
「オ、オイ、どういうことだ?」
「いや、だって……コナンさんが父親と和解すれば全て解決するでしょ?」
「確かにそうだが、それが難しいからこうなっているんだろ?」
「そうですけど……それは登場人物が三人しかいなければという話であって、三人と全然関係ないお節介な人がコナンさんに全てをうちあけても、それはナナエさんのせいではないですよね?」
「「「あっ……」」」
「マブオクさんたちがコナンさんを説得すれば、それでOKですよ」
「コナンさんも2年も商会の会長をしていれば、父親の苦労も少しはわかるようになっているんじゃない?大勢の従業員を守るためには綺麗ごとばかり言っていられないというのも確かなんだから」
「ナナエさんのために一度は頭を下げたんです。もう一度頭を下げさせることくらいできますよね?」
「ああ、俺たちが絶対に説得する」
「コナンのヤツを殴り飛ばしてでも、親父さんのところへ行かせるさ」
「俺もアニキに土下座してお願いします」
そんな感じで話はまとまり、僕たちは互いに笑顔を浮かべた。
問題が全て解決したわけではないが、マブオクさんたちも悪い人ではなかったようであるし、お互いの事が理解しあえた事が嬉しかったのだ。
まあ、マブオクさんはその後、僕らに謝り通しであったわけだが、それも笑い話のひとつになる。
そんな僕たちのほっこりした空気を切り裂くように―――
(るーくんっ!大変っ!大変だよっ!!)
リサから緊急の心話が入った。
後から思ったのですが、サクヤが登場する前に、サクヤとマーヤ(サクヤの母親)との会話シーンぐらいは入れておいた方が良かったのかも。後半のサクヤの説明シーンが少しぐだった感じでしたし、どれくらいの情報がサクヤの元にあったのかを示しておいた方が良かった気がします。
ただ、同じ話を繰り返すことにもなりそうだし、上手くまとめきれる自信もないので、今回はこのまま投稿します。