膠着と急転
サクヤの言葉もあり、僕たちはしばらく冒険活動を休止して、『銀のゆりかご亭』で警戒を続けていた。
だが、数日たっても特にコレという動きはない。
「意外と冷静なのかしらね」
サクヤはそんなふうに相手の評価を修正していたが、だから、僕は気になっていたことを尋ねる。
「そういえば相手のコナンって男はどんな人物なの?あんまりいい評判は聞かないって話だけど―――」
その時はたまたま僕とサクヤとリサぐらいしかいなかったので、そういう話をするのにちょうど良かったのだ。
ただ、サクヤもそれほど詳しい事を知っていたわけではないようで……
「もともとワルシュ商会は金貸し屋から大きくなった商会で評判は悪かったんだけど、今の会長のコナン=ワルシュはかなりのドラ息子だったらしく、数年前までは遊びほうけて、好き勝手していたという話ね。一応、冒険者をしていたって話なんだけど、特に活躍とかも聞かないし、悪い仲間たちと徒党を組んでいたってところじゃないかしら」
「そんな人が商会の会長なの?」
「それは2年くらい前に前会長の父親が倒れたかららしいわよ。今は王都の病院に長期入院しているって話だけど、実権を握った息子が追い出したんじゃないかって噂も出ているわね。しかも、彼に代替わりしてから業績も右肩下がりというんだから、いい評判なんて出るわけもないんだけど」
「想像以上に酷いね」
「そういう人物だったから、そうそうにこっちに手を出してくると思ったんだけどね」
サクヤの口から聞けたのは、商人たちの噂話程度。
だからなのか、リサが首を傾げる。
「ん~、珍しいね」
「え?」
「珍しいって何が?」
「え?サクヤちゃんが人の噂で動くのって珍しくない?」
そして、僕たちは気が付く。
噂はあくまで噂でしかないのだと。
「いつものサクヤちゃんなら、そういうところもきちんと調べてから動くでしょ?でも、今回は調べてないんだな~って」
「確かにそうね。条件があまりに整っていたから、深く考えずに飛びついたけど、そこは調べてみる価値があるのかも」
「でも、そこまでする必要がある?話を聞く限りじゃ、すごく分かり易い話だと思うんだけど……」
「ええ、私もそう思ったのよ。でも、よくよく考えると少し気になることもあるし―――」
「気になる事?」
「ナナエさんがなんでワルシュ商会からお金を借りたのか、よ。さっきも言ったけど、ワルシュ商会は評判の良くないところなんだし、そんなところをわざわざ選んでお金を借りる必要はないでしょ?」
「それは、そこしかお金を貸してくれなかった、とか?」
「それはないと思うわよ。少なくともウチはお金を貸しているわけだしね。それならまだ騙されたって話の方がしっくりくるわね」
「なるほど」
「……ひょっとすると、『まさか』があるのかもしれないわね」
「まさか?」
「いや、これ以上の話はちゃんと調べてみてからね。何かわかったらその時改めて話すから、るーたちは今まで通り警戒を続けてくれる」
「わかったよ~」
「サクヤがそう言うならそうするよ」
そんなわけで、僕たちはコナン=ワルシュについて、改めて調査をすることにした。
◆◆◆
僕たちがそんな話をしていた頃、ミントは一人で買い物に出ていた。
『銀のゆりかご亭』に預けられる子供たちは食べ盛りのコも多いので、食材の買い出しは欠かせない。
そのうえ、お金に余裕はないので、その日の献立を考えながら、安くて美味しい栄養のあるものを買い揃えるという熟練の主婦のようなスキルが必要となる。
僕らの中でそんなスキルを持っているのはミントだけなので、食材の買い出しはもっぱらミントの担当となっていた。
というのも―――『ワルシュ商会』がなにか仕掛けてくるかもしれないと警戒していた僕たちは、ナナエさんを出来るだけ外に出さないようにしていたし、必ず誰かがナナエさんに付き添うよう心掛けていた。
ただし、それらは僕たちが秘密裏に行っている事。
ノアさんがマブオクといざこざがあったという話はしたが、それ以上は僕らの勝手な憶測なので、警戒するように伝えたぐらい。
そもそもの問題が『銀のゆりかご亭』の経営に関わる話であるし、ナナエさんは僕らよりも年上の立派な大人。ギルドの運営に口を出すのとはわけが違う。つい最近関りを持った僕たちが軽々に口を出していい問題ではないのだ。
それに、マーヤさんの説得をしないうちに話を進めて、もし、それがダメになったら……というのもある。
僕たちからすると、『相手が馬鹿な事をしでかしたところを取り押さえ、こちらに有利な状態で交渉し、ナナエさんに気づかれる事なく解決する』というのがベストであった為、ナナエさんには詳しいことを話していなかったのだ。
だから―――
「ん?お魚が釣れましたか?」
買い物袋を肩から下げたミントは虚空に向けて一人呟く。
そして、歩いていた大通りから人通りのない裏道に道を変える。
しばらく進むとちょうどいい事に、ほとんど空き地と変わらないような寂れた公園があったので、ベンチに荷物を置いて休憩を装う。
すると―――
「お嬢ちゃん、ちょっといいかな?」
「少しばかり道を尋ねたいんだが……」
30代くらいの男が二人、ミントに声をかけてきた。
共に冒険者らしい装いで、腰に剣を帯びている。
「俺たち、この街は初めてでさ。『銀のゆりかご亭』って宿屋を探しているんだけど―――」
「……三文芝居ですね。隠れているのはわかっていますから出てきてください」
ミントは話かけてきた男たちを無視して、死角となっている通りの奥へ声をかけた。
「ちっ、気づかれていたとはな……」
その声に答えたのはマブオク。
こちらも完全武装で、革製の鎧に半月刀と円形の盾を身につけていた。
「確かマブオクさんでしたよね?それで今日のご用は?」
「簡単な話さ。黙って俺たちについてきな。そうすりゃ、悪いようにはしねえよ」
「貴方もしつこい人ですね。お誘いはサクヤちゃんが断っていたではないですか」
「それがそうもいかないって話でね。ただ、俺たちもあんたみたいなカワイイお嬢さんに手荒なマネはしたくないはない。だから大人しく着いてきてくれないかな?そうすりゃ、アイツの言う通り、本当に何もしないからよ」
「……それを信じろと?」
「その点だけは絶対に守るし、アイツにも守らせる。戦神アバンに誓ってもいい」
「なるほど。良かったですね」
マブオクの仲間の片割れにミントは微笑む。
「良かった……とは?」
「アバン様の名に免じて、お灸をすえるだけにしておいてあげます」
「は?」
男にはミントが何を言っているのか理解できなかったのだろう。
そして、理解した時には遅かった。
一瞬前までそこにいたはずのミントの姿が消えたと思ったら、次の瞬間には空が見えていた。
「なっ!?」
「お前っ!?」
マブオクたちは勘違いしていた。
マブオクは事前に僕たちの事も調べており、Eランクの冒険者であるからと油断はしていない。今年、冒険者育成学校を卒業したルーキーの中でも一番の有望株とされている僕たち(僕は知らなかった)を相手にしようというのだから、バリバリに警戒していた。
昔の仲間に声をかけたのも、一番戦闘に向かなさそうなミントを標的に選んだのも、それだけ慎重になっていたからだ。
だが―――それこそが間違い。
なにしろミントは杖ひとつでミスリル製のゴーレムを制圧できるような女のコなのだ。
魔法など使わなくても十分強いし、魔法をつかえば鬼神のように強い。
少なくとも魔法ナシ・闘気ナシの勝負では、武器の有無に関わらず僕は負ける。
ランクの制限で『プリースト』と登録しているだけで、ミントは本来、『プリースト・ウォーリア』―――聖樹と世界の平和を守るために神の敵と戦うと心に誓った神官戦士なのだ。
故に、悪には容赦しない。
マブオクたちが幸運だったのは、仲間の1人がアバン様の名を出した事。
それがなければまず間違いなく、ミントは男たちを病院送りにしていたはずである。
まあ、ボコボコにされることに変わりはないのだが……
「思っていたよりも楽でしたね」
地面に伏したマブオクたちを見下ろしながら、ミントが告げる。
意識はなくしているが、三人に怪我はない。
打撃と同時に傷だけ治るように回復魔法をかけていたので、肉体的なダメージは0。もっとも、意識を失うまでひたすら痛みを与えられるというのは、控えめに言っても拷問の類だと思うのだが……
ミントの折檻は本当に容赦がない。
この場に僕がいたら、子供の頃のトラウマを思い出し、きっと震え上がっていただろう。
「さて、ルシウスちゃん。ルドナちゃんたちに連絡入れてくれるかな?」
「了解しました」
だが、ここにいるのは僕ではなく―――僕に付き従う光の中位精霊のルシウスである。
光でかたどられた小人のような彼女は、ミントに一礼すると即座に姿を消す。
光の中位精霊は精霊の中では珍しく真面目なものが多いのだが、ルシウスはそんな中でも更に真面目で、与えられた命令はどんなことがあっても遂行するという軍人気質の精霊であった。
だから今回、ミントの護衛及び連絡役に抜擢した。
ミントとの相性もあるが、他の精霊たちは僕の傍を離れようとしないので仕方がない。
まあ、ミントに護衛が必要なのかという話もあるが……女のコに囮をさせようというのである。護衛の1人くらい付けないと僕が不安でたまらないのだ。
ミントの隠れた実力が明らかになりました。
この方向性は当初から決めていたもので、告白後のいざこざでルドナをボコボコにしていたのも、邪竜の空間連結を用いた奇襲を(結構なダメージを受けたとはいえ)杖で受け止めたりしていたのも、その為です。