ノアとの交渉
次の日の午後。
僕たちは『銀のゆりかご亭』の食堂で、ノアさんと対面する事となった。
「僕がパーティーのリーダー、ルドナ=エンタヤです」
「ぎ、銀の七星盾のクランマスターをやらせてもらっています、ノ、ノア=オ=デイツと言います。きょ、今日はわざわざご足労頂き、ありがとうございます。そ、それではさっそくなんですが―――」
「………」
そして、挨拶もそこそこにクランの説明に入るノアさん。
クランというのは複数の冒険者が互いに協力する事を前提に結成される組織であり、クランごとに独自のルールがある。そこをきちんと確認しておくというのは、とても大事な事ではあるのだが……
「それで、こちらが私たちの活動拠点である『銀のゆりかご亭』でして、クランのメンバーには格安で―――」
「あ~……ノアさん、ちょっと待ってください」
「えっ!?な、なんでしょうか!?」
「いえ、その……こういう事を言うのは失礼だとは思うのですが……少し、落ち着いてください」
「……はい?」
「いや、サクヤの方から話は聞いていますし、そちらの事情もある程度は理解しているのですが……僕たちは銀の七星盾というクランに参加を希望した一冒険者です。つまり、面接されるべき立場はこちらなわけでして……あまり下手に出られるのはよろしくないかと……」
「……あっ……」
「こんな人がクランマスターで大丈夫かと、こっちが不安になるわね」
「あうっ!」
僕やサクヤの言葉にノアさんは短く呻き、己の失敗に恥じ入る。
その様は愛嬌があり、とても可愛らしい。
クランを束ねるクランマスターとしてはどうかと思うが、ノアさんは見た目からして愛され系のキャラであり、僕としては親近感が湧くタイプ。
年齢でいえば4つほど上であるし、冒険者としても先輩ではあるのだが、ミントと変わらないぐらいの背丈に、幼さ全振りのベビーフェイスという容姿のノアさんには、年長者としての威厳のようなものが全くと言っていいほど備わっていなかった。
しかし、見た目で侮られる事が多いというのは僕も同じ。
同病相憐れむというわけではないが、彼女の苦労というのも察せられるのだ。
「う~っ……」
「すいません、生意気な事を言って。でも、サクヤからこちらの話も聞いているはずですし、お互いの求めるものもおおよそ理解できています。もちろん、細部の確認や調整は必要でしょうが、それは後からでも出来る事ですし……まずはお互い、腹を割って話し合うのがいいと思うのですが……」
「そ、そうですね。それじゃあ、まずは―――」
そんなわけで、お互い腹を割って話し合う。
サクヤを通じて、互いにある程度は相手の状況が理解できているので、話し合いはスムーズに進んだ。
とはいえ、ノアさん側の事情はサクヤの口から語られた内容がほとんど全てなので、さして語ることはない。
しいていうなら、ノアさんが19歳という若さでクランマスターになった経緯や、銀の七星盾が活動休止まで追い込まれた経緯などが聞けたが……聞いたからといって、僕らに何かできるわけでもない。
とりあえず、その話を簡単にまとめると―――
銀の七星盾というクランは実は3年前に一度解散していて、クランの存続を望んでいたノアさんが、その名前を譲り受ける形で再誕させた『新生・銀の七星盾』とでもいうべきクランであった。
故に、クランのメンバーは大幅に減っており、この時点で6人。
そのうちの一人はずっと武者修行の旅に出ていて連絡がとれず、籍だけ残している形。そして、2年の間に一人が脱退。
今年になってからは実質四人で活動していたのだが……最近になって二人が引退。一人が実家の事情でこの街を離れている。
「流石に子供が出来たなんて言われたら引き留められないし、笑顔で送り出すしかないじゃないですか……」
「それは……そうですね……」
ちなみに引退した二人は恋人同士で、赤ちゃんを授かったのを機に冒険者を共に引退し、旦那さんの生まれ故郷に戻ったとの事。親の反対を押し切って冒険者となった彼は、奥さんと生まれてくる子供の為に親に頭を下げる事にしたのだとか……
そんな話を聞かされて止められるわけがない。
そして、もう一人のコもどうしようもない事情というのは同じであるらしく―――要は偶々。偶々重なった偶然が、ノアさんと銀の七星盾にとっては致命的なタイミングであったというだけ。
まあ、だからこそ、僕らにとっては都合がよかったわけであるが―――
難しいのは僕らの話。
流石にリサの正体などは話せないので、いくつか誤魔化しているところはあるが、実は結構ギリギリのところまでうちあけていたりする。
話の大筋としては、だいたい以下の通り―――
僕たちは『試練の加護』を与えられており、毎晩0時になると『異空間』に飛ばされる。
そこは『ダンジョン』と化しており、一定時間経過すると、この世界に戻ってくる。
ニーズはそこで保護したドラゴンの子供で、こちらの常識などが皆無。
隠すのが難しそうな部分をあえて提示することで、それがバレても突っ込まれないようにする作戦である。
そして、この作戦の優れているところは、全てを神様のせいに出来ること。
なにしろ神様は気まぐれな存在とされているので、そこに意味を問うても仕方がない。
『試練の加護』を与えられた意味でさえも『きっと神様なりに何か理由があるのだろう』で済んでしまうのだ。
ちなみに、この話をするのはクランに参加するための絶対的な条件なので、しないという選択肢はない。
クランに参加すればノアさんと一緒に行動することになるし、クエストの中には日付を跨ぐようなものも普通にあるので、毎晩0時になると姿を消すなんて事が隠し通せるはずがない。
まして僕らは『銀のゆりかご亭』でお世話になろうというのだから、なおさらである。
同時に、こちらにもそういう事情があると示すことで、ノアさんに安心感を与えるという狙いもある。
人の良さそうなノアさんは素直に信じてくれたので、あまり意味はなかったのかもしれないが……
そんなわけで、話はあっさりとまとまる。
多少もめたのは待遇面での話であるが―――
「個人で受けたクエストはともかく、クランで受注したクエストは5割持って行ってください!ここの経営状態は把握しているし、それぐらいでないと本気でつぶれちゃうわよ!」
「で、でも、それじゃあ、サクヤちゃんたちが―――」
「でもも何もないの!私たちとしてもここがつぶれてもらっては困るんだから!今までだって散々人の善意に甘えて来たんだから、ここは黙って受け入れなさい!再交渉は経営の見通しがたつまで受け付けないわ!」
「は、はい……」
―――と、ウチの財務担当が剛腕を発揮し、大幅に譲った形なので問題はない。
あとはクランに加入する為の届け出にサインをしたり、ノアさんの姉で『銀のゆりかご亭』の経営者でもあるナナエさんを紹介してもらったり、細々したことはいろいろとあったが、僕らはその日のうちに新しい生活を始める事となった。
新ヒロイン(?)登場です。