帰還
コウベキオを襲った大襲撃から一週間が経過し、僕たち『銀の七星盾』も拠点であるシーケの街へ帰り支度を始めていた。
一連の騒動による混乱も収まりつつある現状、一介の、それも他国に所属する冒険者の仕事は皆無。報酬を受け取った後も数日滞在していたのは、大きな仕事を終えた後の休暇という意味合いが強く、遊び惚けていただけである。
いや、もちろん全員が全員遊んでいたわけではないし、最初の数日はそれなりに仕事もしていたのだが―――
今回の事件は表向き、『海底神殿で魔物の大量発生が生じ、それが近海に漏れ出したことで起こった』という感じで処理された。
首謀者であったホルスさんは『交渉』の末にフローさんの元に送還されている。
ちなみに、この『交渉』については、僕たちも詳しくはわからない。
フローさんとの繋ぎ役を担いはしたが、それも最初だけ。
以降はしれっと戻ってきた万能執事のギルスさんに引き継がれていたので、僕たちの出番などなかった。
とはいえ、それを不満に思ったりはしない。
むしろ、面倒な後始末に巻き込まれなくて良かったとさえ思う。
いや、いくつか気になる点もなかったわけではないが……
◆◆◆
「ホルスさんは本当にただの被害者だったのかもね……」
「え?」
フローさんを領主の館へ送った後、サクヤは僕にだけそう告げた。
「今更な話ではあるのだけれど、実は最初に『羨望』にとりつかれたのはフローさんだったのかもしれない……とそう思っただけよ」
「どういう事?」
「フローさんは元魔王で、ホルスさんはその従順な僕。自我が希薄だったホルスさんが、主の代わりに『羨望』を発散しようとしたという可能性も実は十分成り立つのよね。もちろんこの場合でも、フローさんにそんな自覚はなかったわけだけど……力はより強い力にひかれる……そうであるなら最初に狙われるのはフローさんでしょう?」
「た、確かに……」
「フローさんは元魔王だけあって『羨望』を抵抗したのでしょうね。でも、抵抗したから影響がなかったとは限らない。感情なんて、その時々で揺れ動くものだもの。影響が0だったと証明するのは難しいわね。もちろん影響があったという証明もできないわけだけど……ただ、自我が希薄な人造素体に明確な感情が宿った事、『羨望』にとりつかれながら完全に染まり切らなかった事、それらを考慮すると、フローさんの方に僅かながら影響を与えたって考える方がしっくりくるのよね。結果だけみれば、労せず望みを叶えた事になるわけだし……」
「え?ええと―――」
「フローさんは『青』と『緑』の血を引く元魔王、『青』が『嫉妬』なら『緑』は『怠惰』、『怠惰』は自分から動かず、周りを動かす事に長けた悪魔よ」
「あ~……」
『怠惰』を司るフローさんが『羨望』の影響を受けて、無自覚の内にホルスさんを動かした……そう言われると、僕としても否定できない。
ただし、それは否定できないというだけ。
「まあ、あくまで仮説よ。心の奥の細微な話なんて、たとえ本人でも解明できないし、実際に行動をおこしたのはホルスさんなのだから、その責任を取るのもホルスさんであるべきよ」
「それは……そうだね」
話の内容は興味深いものではあったが、だからといって、それで『何かをする』という所までは及ばない。
『事件の元凶がなんであったのか?』―――それを解明するのは大事なことかもしれないが、むやみやたらに因果を求めると責任の所在が曖昧になる。
下手に掘り下げると『羨望』を生み出したのは誰か?なんて話にもなりかねない。
ある程度のところで区切りをつけて、悪戯に場を乱さないというのも重要な事なのだ。
◆◆◆
悪戯に場を乱さない。
たとえ気が付いても、あえて気が付かないフリをすることも、時として大事になる。
報酬を受け取りに行ったその場で、ユフィー様が終始ご機嫌な様子であった事と、その後ろで控えるアリューさんが百面相をしているのを、僕とノアさんは華麗にスルーした。
間違っても、『二人の間に何があったのか』など聞いてはいけない。
アリューさんが以前よりもやたらきっちりと騎士服を着こなしている点なども触れてはいけない。
(……これは本当にやっちゃったのね……)
(だから、そういう事は言わないで!これ以上関わると、絶対碌な事にならないから!!)
騎士様とお姫様という定番のラブロマンス。
それがフィクションであったり、自分たちと関わりの薄い話であったりしたのなら、僕もそこまで気にしない。
しかし、今回はどっぷりと関わっている。
それも関わり方がこれ以上ないくらい酷い。
ユフィー様の方はともかく、アリューさんからは恨まれても仕方がない。
間違っても『僕たちのおかげで~』なんて言ってはいけない。
僕がアリューさんの立場であったら、100%激怒する。
仮に感謝する気持ちがあったとしても、それはそれ、これはこれ。
僕たちとしては報告をしないわけにもいかなかったし、見た目に反し、妙に鋭いユフィー様に虚偽の報告も出来なかったわけだが―――それも言い訳にはなるまい。
そんなわけで、貰う物をもらって、さっさと撤退するに限る。
◆◆◆
最後はギルスさんからの『忠告』。
騒動の最中、一時行方知れずとなったギルスさんは、ホルスさんの『協力者』と戦っていたと報告されていたのだが……
「どうやら今回の件には『神殺し』が関わっていたようでして、不覚をとりました」
「『神殺し』……ですか?」
「皆さんもご存じかもしれませんが、『神殺し』とは文字通り、『神』を『殺す』事が出来るほどの『力』を持った者たちを指します。もっとも、本当の意味で『神』を滅ぼせるような者たちはほんの一握りしかいませんが……今回関わっていたのはそちら側に属する相手でしたね。少なくとも私のような半神半人や土地神レベルの者であれば互角以上に渡り合えるだけの力を有していました」
ギルスさんから聞いた話によると、そんな『神殺し』たちが世の中に隠れ潜んでいるらしい。
とはいえ―――
「もっとも、今の段階でわかっているのはそれぐらいです。相手の規模も目的もわかっていませんし、今回私を襲ってきた相手も『捕食』……力を得ることが目的だったのだと思います。ですから、皆様も『御気をつけて』というしかないのですが……」
「わかりました。忠告、ありがとうございます」
―――今の段階で出来ることは特にない。
気になる話ではあるし、警戒は必要だろうが、直接、僕たちが狙われたわけでもないので、こちらから積極的に関わっていく理由が今のところはない。
だから、この話はここまで。
仕事を終えた僕たちは意気揚々と自分たちの街に帰ったのだった。
なんとかこの章を終わらせることができました。(いつものおまけはありますが……)
リアルの事情もあったとはいえ、この章は本当に難産でした。
まあ、自分でも原因はわかっているのですが……
新規キャラに重点を置き過ぎましたね。
おかげで、主人公たちの扱いがいつも以上に軽くなってしまい、それをどうにか出来ないか悩んでいるうちに筆が進まなくなっていったという感じです。
今回登場したユフィーやアリューはいつか新作として書いてみたいと思っていた構想段階の話から引っ張ってきたキャラです。
血で血を洗う皇位争いを『絶対、大丈夫!』の精神で爆走するお姫様のお話……いつか、書けたらいいなぁ。
次章は今章の反省をふまえ、最後まで書き上げてから投稿しようと思います。
なので、またしばらく投稿期間があくと思います。
話の内容は『Aランクの昇格試験を受けるが……』といった感じのものを予定しています。