邪神の救済
言い訳できないくらい間があいてしまいましたが、投稿再開です。
「………」
「漸くお目覚めのようですね、ギルス君」
「……トリーシャですか……」
目を開いたギルスは自分を覗き込む少女の姿に思わず顔を歪める。
「……何の真似です?」
「助けてあげたというのにつれない態度ですね。貴方、あのままなら十中八九消滅していましたよ」
「そうですね。ですが、だからこそ、です。助けたのはそれなりの理由があっての事でしょう?」
心底不服そうに告げるギルスに対し、トリーシャはわずかに苦笑する。
「話が早くて助かります。ですが、ここまで信用がないというのも考え物ですね。いえ、ある意味では信頼されているとも言えますが……自業自得なので仕方がありません。実際、貴方を助けたのも理由があっての事ですしね。ただ、それほど大層な理由があったわけでもないのですが―――」
「面倒な駆け引きは御免です。用件だけをおっしゃってください」
「本当につれないですね。それでは女のコにモテませんよ」
「……忠告として受け取っておきます」
「まあ、いいでしょう。ですが、『取引』の前にいくつか確認を」
「確認?」
「最初に言っておいた通り、私は今回の件に手を出すつもりはありませんでした。殿下からルドナ君たちとのつなぎをお願いされましたが、本当にそれだけのつもりだったのです。なにしろ、私も別件で忙しかったですし……ただ、その別件というのが―――」
「『神殺し』ですか……」
軍神の血を引く故か、はたまた執事としての経験がそうさせるのか、ギルスは人の思考を読む事に長けている。
断片的な情報から答えを導き出すことも容易。
「私が追っていたのは別の神殺しですけどね。それに繋がる手掛かりではあったようなので、泳がせていたんですよ。私が手を出すと、本命に逃げられる恐れがありましたしね。ただ、その結果、顔見知りが不幸に見舞われるというのも目覚めが悪いですし、殿下やユフィー様の不興を買うというのも面白くありません。よって、あなたの『復活』に手を貸したというわけです」
「ということは、あの神殺しは邪神の仲間ではないと?」
「今回、ギルス君を襲ったのは『禍津神』です。邪神たちと同じ起源を持つとはいえ、生まれた世界が全く違いますし、生態も当然、別。仲間であるはずがありません」
「禍津神?それは別の世界の邪神という事ですか?」
「その認識で間違ってはいませんが、言い方には気をつけてくださいね。起源が世界樹系だからと、人と魔神を一括りにするようなものですし……あの寄生虫みたいな存在と同列に扱われるのは吐き気がしますから」
「失言でした。申し訳ありません」
「わかってもらえればそれでいいですよ。ギルス君のような若い神であれば、禍津神の事を知らなくても仕方がありません。あの者たちは隠れ潜む事に関してだけは本当に長けていますし」
「……それは、私たちのように人の姿をとらない、という事でしょうか?」
「ええ、禍津神が寄生する主な対象は無機物。意思が希薄な鉱物が中心で、成長するまで全く動かないのが普通です。そして、活動期に入っても目立つ姿は取らない。せいぜい『意思を宿す武具などに『擬態』し、使用者の意識をゆっくりと浸食していく程度ですね」
「なるほど。やはり剣の方が本体でしたか……では、神殺しというのは禍津神たちの―――」
「それは違いますよ。禍津神が複数で行動することはまずありえませんし……自身の成長の為なら、たとえ同族でも『糧』にするような輩です。神殺しの中に身を置いているのも、より良い『エサ』となるまで待つつもりなのでしょう」
「まさに寄生虫というわけですか……」
自身を襲った者の正体を聞き出し、ひとつ頷くギルス。
だが、疑問は未だ尽きず。
そもそもの話、何故、トリーシャが神殺しを追いかけているのか……その動機さえわかっていない。
「ですが……その禍津神は本命ではないのですよね?そちらに関してお聞きしても?」
「それに関しては秘密という事で。ギルス君も一応ルドナ君たちとの繋がりがありますし、余計な事を言われると困りますから」
「一応、彼らには恩があるのですが……」
「だからこそ、です。私も彼らの事を気に入っていますし、悪いようにはしませんよ」
「なるほど。そういう事であれば聞かない方が良いのでしょうね」
そんなわけで、探りを入れたギルスであったが、彼女の『答えない』という答えにあっさりと身を引く。
多少なりとも付き合いのあるギルスは、トリーシャのひととなりをそれなりに理解していたし、なによりも身の丈をわきまえていた。
だから話を変える。
「では―――」
「そうですね。そろそろ取引の話をしましょうか。ちょうど彼も来たようですし―――」
「彼?」
話が次に移ったところで、トリーシャの後方に魔法陣が浮かびあがり、小柄な男性が現れる。
「し、死にかけたでやんす……」
男は全身ボロボロなうえ、海にでも落ちたのか、びしょ濡れであった。
「今の貴方は元から死んでいるじゃないですか」
「アンデッドでも死ぬ時は死ぬんすヨ、マスター……」
「それはそのとおりですが、貴方がそう簡単に死ぬわけがないでしょう?」
「イヤイヤ、イヤイヤイヤ!あれは死にますって!普通に死にますって!六柱の神に種船とか過剰戦力も甚だしいっス!小舟三艘で世界に喧嘩を売るとか、どんな罰ゲームっすかっ!」
「調査対象の目に止まり、副官に抜擢されたのは貴方の失態でしょう?そんなお間抜けな眷属に戦力調査という重要な役目を与えた私は随分と優しいと思うのだけど?」
「うぐっ……そ、それはそうっすけど……でも、それは絶対やさしさではないっすよ……」
程なく始まった男とトリーシャの掛け合い。
ギルスはそれを黙って見守る。
二人のやりとりの間にも得られる情報がそこそこあったからだ。
まあ、本音のところは『巻き込まれると面倒そうだった』というだけなのだが……
「ギルス君、そろそろツッコミの一つぐらい入れてくれてもいいと思うのですが……」
「もう終わりでよろしいですか?」
「本当につれない人ですね」
「そちらの方は貴方の眷属ですか?」
「ええ、私の眷属でアマンといいます。今回は事件の元凶である暴走した人造素体の元で諜報活動を行っていました。まあ、もともとは神殺しの動向を調査させていたのですが―――」
「途中で命令が変更されたっス。あ、今はこんな姿っすけど、本当は全然別っス。オイラ、本当はもっとカッコイ―――」
「嘘はよくないですよ、アマン。貴方の本当の姿は常人にはとても正視しがたいもの。そのゾンビの姿の方が100万倍はマシというものです」
「ひ、ひどいっス、マスター!それを言うならマスターの方こそ―――ヒッ!」
「フフッ、私の方が……何ですか?」
「イエ、ナンデモナイッス……」
トリーシャに冷たい視線を向けられ竦みあがるアマン。
その姿は滑稽であったが、ギルスはトリーシャ以上に冷めた目で流す。
「茶番は結構。そろそろ話を進めてもらっても?」
「……マスター、あきませんわ。この人、オイラたちの渾身の自虐ネタまでスルーっス……」
「ギルス君の頭の固さは筋金入りね。まあ、それが彼のいいところでもあるのですが……」
「私も決して暇ではないのですよ」
「まあ、いいでしょう。ユフィー様に余計な心労を負わせるのも本意ではありませんしね」
トリーシャもそれ以上は引っ張るような真似をせず、話を戻す。
「それで、取引なのですが―――私の眷属たちを貴方に預けたいのですよ」
「……何故です?」
「簡単に言えば『観察』したいからですよ。私はそう遠くないうちにこの世界を去る予定なのですが、殿下やユフィー様のように『最後まで見届けたい』と思う者たちも何人かいましてね。なので、『目』だけでも残していこうかと……」
「私に預ける理由は?」
「帝位争いに参加するのなら手駒は多い方がいいでしょう?預けている間は貴方の好きなように使ってもらって構いませんよ」
「……悪くない話ですが、あまりに条件が良すぎて、裏を勘ぐってしまいますね」
「口止め料のようなものです。まあ、いろいろと条件がマッチした結果でもありますけどね。アマンたちはとある事情で肉体を無くしてしまったのですが、今ならそれを用意するのも簡単でしょう?」
「肉体を……?」
「海底神殿に隠れ住む元魔王様は人造素体の第一人者ですよね?今回の賠償の一部として、人造素体を提供してもらう事も可能かと」
「なるほど。落としどころとしては悪くないですね」
「相手がたに非があるとはいえ、交渉は慎重に行ってくださいね。元とはいえ魔王様なわけですし、僅かなきっかけで『暴走』しないとも限りませんから」
「それは重々承知―――」
「―――しているとは思いますが、元魔王様は『緑』と『青』の系譜です。色恋沙汰が絡んだ時の『青』の厄介さは貴方も聞いているでしょう?」
「……確かに。忠告として心に留めておきましょう」
取引自体はわりとスムーズに終わる。
自分の命という対価を先払いされているギルスからすれば、よほど酷い内容でない限り『NO』とは言えないのだ。
故に、この後は今後の打ち合わせに費やされる。
とはいえそれもたいした時間はかからない。
「報告はギルス君の方で適当にしておいてください。神殺しも私の事も必要なら話してもらって構いません。ギルス君には秘密と言いましたが、実の所、そこまで隠しておくような大層な秘密でもありませんしね」
「そうなのですか?」
「貴方がユフィー王女に正体を明かさないのと同じです。自分の口から話すのは躊躇われるというだけですね」
「なるほど。そういう事なら適当に話をしておきましょう」
そんな感じで話はまとまり、ギルスはトリーシャと別れたのだった。
暫くの間、不定期投稿にします。申し訳ありません。