騒動終結
アリューさんの強襲からほどなく、ホルスさんはわりとあっけなく捕縛された。
数の上でも3対1であったし、ホルスさんに不利な状況がいくつも重なっていたのだから、この結果は当然。
「くっ……」
「抵抗しても無駄だから、大人しくしていなさい。余計な真似をして、わざわざ痛い目を見る事はないでしょう?」
ちなみに、最終的にホルスさんを捕縛したのはサクヤ。
ホルスさんの周囲には黒い薄布のような捕縛結界が展開されていた。
「これは……一体なんだ?」
「【プロテクト・オーバー・プリズン】。相手の防御魔法に干渉し、それをそのまま檻とする魔法よ。鉄壁の守りが仇となったわね」
「なに?」
「貴方もそうだったけど、術式を組み上げる時って、プラス方向―――威力が増強されるような方面の制御って甘くなりがちなのよね。まあ、貴方の【リバース・フィールド】は儀式魔法、他者の魔力を利用して威力をあげる性質があるから、猶更ではあるんだけど」
「くっ……」
最初はなんとか脱出をしようといろいろ試みていたホルスさんであるが、その全てが徒労に終わっていた。
サクヤの【プロテクト・オーバー・プリズン】は、相手の防御魔法が強力なほど、強固な檻を形成する。そのうえ、元となった【リバース・フィールド】の特性を引き継いでいるので、僕たちの攻撃を阻害しない。
結界に捕らわれた時点でホルスさんは完全に詰んでいた。
ただ、そんなサクヤの解説に疑問を持った人が一人。
「防御魔法?そんなの使っていたのか?」
「あ~……それは―――」
効果の対象外であったアリューさんからすると、そういう認識になるのも当然である。
だが、それにどう答えるべきなのか、僕は判断に迷う。
「儀式魔法を組み合わせた防御魔法で、自分より恵まれた立場の者にしか効果が及ばないのよ。『羨望』という感情がこの人の力の源だと考えれば、理解してもらえるのではないかしら?」
「ああ、なるほど……」
サクヤの答えに一度は頷くアリューさん。
しかし、やや抽象的な答えであった為か、その先に踏み込んでくる。
「それで、具体的にはどこで線引きがされるんだ?」
「恋人の有無じゃないかしら?他にもいろいろと条件はあるみたいで、子供なんかはそれに含まれないようだけど……」
「こ、恋人の有無?」
「リア充撲滅がこの人の目的だったみたいだし、精神汚染された人たちもそんな感じで動いていたでしょ?」
「あ、ああ……確かに……」
「ちなみに、この人も精神を汚染されたって点では同じね」
「何?どういうことだ?こいつが今回の首謀者ではないのか?」
「首謀者っていう点では間違いないわ。でも、『羨望』という魔に侵されて、暴走したという点では他の人と同じなのよ。詳しい話は王女様に報告する時にさせてもらうけど、ホルスさんは並々ならぬ力を持っていたというだけで、被害者の1人でもあるのよ」
「………」
「なによりホルスさんは海底神殿の管理者―――元魔王・フロー=ターコイズの身内よ。だから―――」
「……わかっている。ユフィー様もなるだけ無傷で捕縛するようにとおっしゃられていたからな」
サクヤはアリューさんの疑問に答えながら、巧みに話を誘導し、地雷を回避。
ホルスさんの処遇も重要な話ではあるし、その話を持ち出されれば、乗らないわけにもいかないのだが……
僕たちはホルスさんが暴走した経緯など、フローさんの元で手にいれた情報をアリューさんに伝える。
「―――という感じで、長年仕えてきたフローさんを異性として意識するようになったんですけど……」
「唐突に目覚めた感情をホルスさんは上手く処理できなかったみたいなの。いくら稼働時間が長くても、自我に乏しい人造素体なんて、子供みたいなものだしね」
「……子供みたいなもの……?」
「ゴーレムや人造素体の多くは下級悪魔や小精霊をコアにしているわけだけど、それらが上位の存在に成長するのに必要な時間を考えればわかりやすいんじゃないかしら?精神生命体の成長はきっかけ次第なところもあるから一概に言える話でもないけどね。純真無垢なだけにいろいろと染まりやすいのよ」
「人造素体の場合、最初からそれ相応の『知識』が与えられている事が多いので、あまりそうは見えないんですけどね。でも、ホルスさんに関しては、ある意味、分かり易いというか―――」
「オイっ!貴様らは一体何を言っているんだっ!私は神より授けられた聖なる使命を全うする為に―――」
「あっ、そういうのはいいんで少し黙っていてください」
「重度の精神汚染者の言う事なんて、ただの戯言と同じよ。会話が成り立たないくらい精神を汚染されているだもの」
話の途中、何度か口を挟んできたホルスさんであるが、こちらは基本無視。
サクヤの言う通り、重度の精神汚染者とまともに話など出来るはずがないからだ。
ただし、何事にも例外というのはあるもので……
「あ、でも、ひとつだけ質問させてもらうわね。ホルスさんはリア充撲滅を目指していたみたいだけど―――それが本当の目的なの?」
「……何?」
「貴方は自分を『持たざる者』と言ったけど、自分が『持つ側』に入ることも望んでいないのかしら?」
「……はっ?それはどういう―――」
「神様の使命を受けて、この世の全ての恋人たちを別れさせるというのなら、自分も恋人を『作ってはいけない』って事になるわよね?貴方はそれでいいのかって話よ」
「何?そんなもの、良いも悪いも―――」
「そう。フローさんの事は諦められるのね。でも、それならそれでいいじゃない。次の恋を探せばいいんだから」
「―――えっ?」
「元魔王が作り上げただけあって、貴方のスペックはかなり高いわよね。生活能力皆無なフローさんの世話をし続けたこともあって、いろいろな技能も持っているみたいだし、相手を選ばないのであれば、すぐにでも恋人のひとりやふたりは出来るんじゃないかしら?」
「い、いや、それは……」
ホルスさんが『羨望』に捕らわれたきっかけはフローさんに対する想いにある。
よって、そこを揺さぶられると反応せざるを得ない。
まあ、これはホルスさんが完全に『羨望』に染まり切っていないから成り立つ話ではあるのだが……
サクヤの話がそちらの方に向かったので、僕もそれに乗じて畳み掛ける。
「というか、ホルスさんって、自分が気付いていないだけで、結構恵まれた立場だと思うんだけど……」
「……わ、私が恵まれている……だと……?」
「好きな人と一緒に暮らしていたんでしょ?それって十分に恵まれてないかな?」
「だ、だが―――」
「フローさんに異性として見られていないのが辛い?でも、そんなの当然でしょ。だって、ホルスさんは何もしていないんだもの。相手に想いを伝えずに、気が付いて欲しいとか甘えでしかないよね?」
「くっ……し、しかし、私はフロー様に作られた人造素体で―――」
「人造素体だから創造主に好意を寄せてはいけないなんて事はないと思うけど?」
「………」
僕の言葉にホルスさんは黙り込む。
その代わりに言葉を発したのはアリューさん。
「……そうだな。それに、仮にそうであったとしても、想いを伝えないと決めたのはお前自身だろう?自分で決めたことに勝手に苦しんで、それで他人に八つ当たりをするなど、論外ではないか」
「ぐっ!し、知ったようなことを―――」
アリューさんの正論に、思わず歯をむき出し、食って掛かろうとするホルスさん。
だが、それが為される前に―――
「というか……ホルスさんって、今の立場を失いたくないだけじゃないの?」
「なに……?」
「ダメ人間(悪魔だけど……)なフローさんのお世話係として、ずいぶんと美味しい想いもしてきたようだけど、そのあたりの事はどう考えているの?一緒にお風呂に入ったりしていたんでしょ?」
―――僕はここで切り札を投入する。
しかし、その切り札は思いもしなかったところにも影響を与えてしまったようで……
「オイっ!お前っ!ふざけんなよっ!こっちは何年も傍で見続けるしかできなかったっていうのに―――」
その言葉に劇的な反応をしたアリューさんが、ホルスさんの胸座を掴みあげる。
「えっ……」
「あっ……」
「―――あっ……」
もっとも、すぐに我に返ったが……
(なるほど。やっぱりそうなのね)
(………)
僕たちの間で何とも言い難い空気が流れる。
アリューさんからすれば、完全に不覚をとったといったところなのだろうが、僕たちとしても下手に触れることが躊躇われる話題。
「……え、ええと……ま、まあ、何が言いたかったかと言うと……ホルスさんの抱えていた悩みは世の中ではそれほど珍しくないものだし、ホルスさんの立場も言うほど悪いものでもないって事です。というか……今の話を今回ホルスさんに操られていた人たちにしたら、大半の人がアリューさんと同じ反応をすると思いますよ……」
「………」
だから、僕たちは強引に話をまとめにかかる。
「それに……ホルスさんにはもっと悩むべき事があると思うけど?」
「え……?」
「まだ気が付いていないみたいだけど……今回、ホルスさんは『結果的』とはいえ、『行動』を起こしたのよ。そして、その結果、フローさんは貴方の好意を知ってしまった。なら、そちらをどうするのか、考えるのが先でしょ?」
「……え゛っ……」
「僕たちが知っているくらいだから、当然、フローさんも知っているよ。というよりも、貴方の日記、全部、読まれたワケだけど……」
「に、日記……?」
「貴方、そのあたりの事、一切手を付けずに事を起こしたでしょ?なら、それを調べられても仕方がないと思うけど……」
「あっ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~」
そして、その結果―――ホルスさんは頭を抱えながら、がっくりと膝をついた。
ようやく続きが出来ました。
投稿期間があくと、ただでさえ遅い執筆が更に遅くなってしまいますね。
勢いって大事。