コウベキオ防衛戦・その4
砂浜の戦況はあまり良くなかった。
だが、それはある意味仕方がない。
「うわっ、なんだ、この数……」
「予想していたよりもずいぶん多いわね」
「……っていうか、アレ、何?」
「エンヴィーシャークの上にスケルトンが乗っているわね。スケルトン・ライダーの亜種って感じかしら?」
「じゃあ、あっちの大きいのは?」
「ゾンビ化したエンヴィーシャークをもとに作り上げたフレッシュゴーレムじゃない?」
「ホルスさんの死霊魔術師の腕前は本物みたいだね」
砂浜に押し寄せる敵の数は尋常ではなく、その規模は間違いなく軍団単位。
大半はゴーストやゾンビ、スケルトンといった低級アンデッドであったが、中にはそれなりに手強そうなのも混じっていて、全部が全部、雑魚というわけでもない。
数で大きく劣るコウベキオ側が防衛ラインを維持しているというだけでも奮闘しているといっていい状況であった。
もっとも―――
「それで、そのホルスさんだけど―――」
「あれじゃないかしら?あそこでカズキ君たちと剣を交えている黒い燕尾服の男」
「死霊魔術師としては一流だけど、指揮官としては三流だったみたいだね。なんでわざわざ前線に出てきたのかな?」
「それこそ何も考えてないからでしょ。魔素に侵され、正気をなくしているんだもの。本人的にはいろいろと考えているつもりでも、実際は衝動のまま動いているだけで冷静な判断なんてつかないのよ」
「なるほどね」
―――局地的に見れば不利な戦況も、視野を広げると違った見え方がする。
敵の首魁であるホルスさんを上手く釣りだしたと考えれば、今の状況は決して悪いものではない。
エンヴィーシャークにしろ、アンデッドにしろ、それらを使役しているのはホルスさんであるので、彼さえ倒してしまえば、後はわりとどうにでもなる。
ただし、それが為せるかどうかはまた別の話。
「じゃあ、さっさと終わらせようか」
「そうね……と言いたいところだけど、そう簡単にはいかないようよ。カズキ君たちも苦戦しているみたいだし」
「あ~」
「数で押されているというのもあると思うけど、元魔王が作り出した最高傑作というのは伊達ではないようね」
「……奇襲で倒すのは難しいかな?」
「できなくはないけど、あまりお勧めはしないわね。ここは当初の目論見通り、防衛に徹して、相手を海上に追い返すぐらいでいいと思うわよ。海の上なら人の目も限られるでしょうしね」
「なるほど。それじゃあ、その方向でいこうか」
サクヤの言葉に頷くと、僕は剣を構え、敵味方が入り混じる砂浜に突入する。
「サリア、フォローよろしく!」
(ええ、任せて)
敵の数は多いが大半が雑魚。
手近の敵を切り伏せながら、カズキ君たちが戦っていた場所を目指してひたすら突貫。
ほどなく合流を果たす。
「カズキ君っ!」
「兄ちゃんっ!」
「ずいぶん苦戦していたみたいだけど、どうしたの?」
「それは―――」
もちろんカズキ君たちは健在。
少なからず疲弊しているようではあったが、見た目でわかるような大きな怪我などはおっていない。
ただ、それにはいくつかの理由もあったようで……
「すまん、俺が足を引っ張っちまった……」
「マブオクさん?」
「アイツ、マブオクさんばかりを狙って、僕とはまともに戦おうとしないんだ」
「そうなの?」
「俺がこいつらの弱点だって見抜いたんだろうよ。カズキはそんな俺を守るので精一杯だったんだ」
マブオクさんが悔しさをにじませながら呟く。
勇者であるカズキ君や魔王であるリーヴァちゃんと比べると、ついこの間までDランクであったマブオクさんの戦闘能力は数段落ちる。相手の弱点を突くというセオリーからいえば、マブオクさんを一番に狙うというのもあながち間違いではない。
ただ……
「それなら僕たちにも責任があるね。ククルをミントの方に回してくれとお願いしたのは僕たちだし……」
「それはそれで情けない話だけどな。女に守ってもらうとか、男が一番やっちゃダメなヤツだろ?」
「その考えには同意するけど、僕もサクヤミントには助けられてばっかりだしね。偉そうなことは言えないよ」
「ははっ。ちげーねぇな」
自虐的な言葉を口にしつつも、マブオクさんは僕の軽口に笑って見せる。
単純な戦闘能力ではカズキ君たちに劣るマブオクさんであるが、このあたりの心の強さこそ彼の真骨頂。
「悪いが役割を代わってくれねーか。俺は嬢ちゃんの守りにつくぜ」
「リーヴァちゃんに守りが必要なのかは疑問だけどね」
「そこは分かっていても言うんじゃねーよっ!少しくらい見栄はらせろやっ!」
数で押す敵に対抗するため、リーヴァちゃんはカズキ君たちとは少し離れた場所で、魔法を行使し続けている。
魔王であるリーヴァちゃんがそのあたりの雑魚に不覚をとるとは思えないが、それでも信頼のおける前衛がいるに越したことはない。
「なんならカズキ君もどうぞ」
「え?いいの?」
「……そこは『冗談はよせよ』みたいな台詞を返すところだと思うけど……」
「子供にそんな言葉が通じるかよ。そりゃ、素直に彼女のところへ行くさ。てか、俺だってそうするぜ。何が悲しくて自分よりはるかに強いヤツの心配なんてしなきゃいけねーんだよ」
「………」
「ええと……兄ちゃん?」
「ああ、うん、カズキ君も行っていいよ。その代わり、雑魚の掃討は任せたからね。流石にそこまで手がまわらなそうだし……」
「うん!」
「任せたぜ、ルドナ」
なんだか腑に落ちないやりとりとなったが、僕の言葉を受けて、カズキ君とマブオクさんが後退する。
そして―――
「……追いかけなくて良かったのかな?」
「追いかけたところで邪魔をされるだけだろう?それに、子供が自分から去ってくれるなら、それに越したことはないさ」
「こんな事をしでかしたわりに、ずいぶんとお優しい事で……」
「子供は純真だ。汚れた大人とは違う。いずれ汚れるとしても、今、手をかける相手ではない」
「なるほど」
カズキ君たちとのやり取りの間、ずっと手を出してこなかったホルスさん。
そこには一応彼なりの理由があったようだ。
もっともその思考は理解しがたい狂人のそれであるが……
「その理屈ならマブオクさんが狙われるのも納得だね」
「彼は罪を犯した。罪を犯したものは罰しなければならない」
「罪って、単に恋人がいるマブオクさんが羨ましいってだけでしょ」
「恵まれた者たちは持たざる者の心を悪戯に煽り、妬みという負の感情を植え付ける。これこそまさに悪魔の所業ではないかね?」
「うわぁ……全く話にならないや……」
「強者は弱者の痛みを理解しないものだからね」
「そういう事じゃないと思うけど、言うだけ無駄なんでしょ?なら、強者は強者らしく、力づくで止めさせてもらうよ!」
羨望に捕らわれた狂人を言葉で止められるなんて、僕も最初から思っていない。
元魔王が作り出した最高傑作との一騎打ちはこうして火花を切った。
そして―――数度刃を交えた結果……
(この人、かなり強い……)
戦いそのものは互角。
お互い有効打を与えられず、一度仕切りなおすために距離をとる。
ただ、この時点で僕はいくつかの事に気づいていた。
(攻撃魔法を使ってくる気配は今のところない。これは死霊魔術が白兵戦に向かないからだろうね。気をつけるのは拘束系だけでいいと思う。だけど、剣だけで倒すのは難しそうだね)
(純粋な剣の腕に限れば、マスターよりも相手の方が上かな)
(はっきり言うね)
(マスターもわかっているんでしょ。それにそこまで差があるわけでもないしね。ただ、だからこそ少し引っかかるんだけど……)
(……攻撃の鋭さに比べて、防御はそこまででもないって事?)
(流石、マスター。ちゃんと気づいていたのね)
サリアが引っかかっていたところは、僕も同じく気になっていたところ。
ホルスさんの剣はどうにも攻撃よりで、守りに関しては意外と隙が多い。
もっともそれがどういう理由によるものかというのがこの場合大事なわけだが―――
(マスターも同じようなスタイルだし、わかりやすいのかもしれないわね)
(……耳が痛いな)
(こればかりは仕方がないわよ。普通にやったら死なないんだもの。木刀の打ち合いで真剣の斬り合いと全く同じ危機感を持てと言われても難しいでしょ。実際に殴り殺されそうになれば別かもしれないけど)
(確かに……)
(ただ、その理由は彼には当てはまらないわよね?)
(単純にそういうスタイルだったというのも薄いよね?ホルスさんはもともとフローさんの護衛役だったんだし……だとすると、わざと隙をつくってこっちを誘っているのかな?)
(それもないとは言えないけど、どうにもそういう感じの動きでもないのよね。むしろ、防御に絶対の自信があるんじゃないかな?もちろん剣以外でね)
(なるほど。それなら僕と似たような戦い方になるのも自然だね。だったら―――)
頭の中で次の攻撃を組み立てた僕は、ホルスさんの攻撃をなんとかしのぎ、カウンターの逆切りを叩きこむ。
「ぐはっ!」
その一撃はまともにホルスさんの胴をとらえ、脇腹から肩口まで大きな一文字の傷を残した。
「……あれっ?」
ただ、この結果は僕としても予想外。
(……サリア、何かした?)
(ううん。私は何もしてないわよ)
(じゃあ、なんで―――)
思わぬ結果に僕は少々戸惑った。
だが、それはホルスさんも同じ。
「バカな……私の【リバース・フィールド】が破られただと……」
「【リバース・フィールド】……?」
(おそらく彼が展開した自動迎撃型の防御魔法ね。それらしき魔法が発動したのは確認したわ。ただ、何故か、効果が正しく発揮されなかったみたいよ)
僕たちの読み通り、ホルスさんは【リバース・フィールド】という自動迎撃型の防御魔法に絶対の自信をもっていた。
だからこそ、それを突破されたのが信じられないでいた。
だが、【リバース・フィールド】はホルスさんが自分で発動させた魔法である。
自分の魔法の弱点も当然ながら知っている。
「……まさか、貴様も私と同じ『持たざる者』だとでも言うのか……?」
「え?持たざる者……?それって―――」
ホルスさんの発した言葉に思わず反応する僕。
だが、その答えが返ってくるより先に―――
「なるほど。あなたが展開した防御魔法は一種の儀式魔法でもあるのね。街の人々に瘴気を拡散したのも、人々の『羨望』という感情を増幅させ、それを自身に収束させることで、自身を強化する狙いがあったんでしょ?」
「サクヤ」
悠然とした態度で現れたサクヤが、ホルスさんの魔法を解説する。
「だとすれば、貴方と同じ『持たざる者』には効果を及ぼさないのも道理よね。自分よりも恵まれた環境にいるから『羨望』の対象になる。逆にいえば、自分と同等や自分より劣る者は『羨望』の対象にはならない」
「なるほど。そういうカラクリか……」
「まさか、私と同じ『持たざる者』が、我らの敵に回るとはな……」
そして、それは正しかったのだろう。
傷口に手を当てたホルスさんも特に否定しない。
むしろ、それを認めたうえで、ホルスさんは僕へと語り掛けてきた。
「何故、我らの崇高な使命を同志たる貴様が理解しない……」
「何を言っているんだか。あんたのような狂人の言う事に誰が耳を貸すと―――」
「―――いや、それがそうでもないから厄介なんでしょ。Cランク上位のメビンスさんが精神汚染されるのよ。自分より恵まれた者には絶対の優位性を保ち、自分と同じような『持たざる者』は強引に仲間に引き入れてしまう。トップ自ら乗り込んでくるのも頷けるわ」
「あ~……ただのバカってわけじゃなかったのか……」
まあ、ホルスさんの話自体はどうでもいい。
それを聞いたところで理解できるとは思えないし、やることも変わらない。
「残念だが、例え同志であったとしても、我らの聖戦の邪魔をするなら排除させてもらう!」
「勝手に同志扱いしないでくれっ!」
回復を終えたホルスさんが、僕へと襲い掛かる。
絶対の自信を持つ【リバース・フィールド】が破られたとはいえ、ホルスさんの力はそれだけではない。
再開した剣闘はやはり五分と五分。
だが―――ここで問題が発生する。
(あの……サクヤ?)
(うん?何かな?)
(なんで手伝ってくれないの?)
(……るーだけでもなんとかなるかなって……)
物知り顔で解説をかましたサクヤは、僕とホルスさんの一騎打ちに手を出す素振りすら見せず、散発的に襲い掛かって来る雑魚を適当に蹴散らしていた。
(え?なんで?別に一騎打ちをしているわけじゃないし、手伝ってくれても―――)
(いやよ)
(はい!?何で!?)
(だって、よ~く考えてみなさいよ。ホルスさんの言う『持たざる者』って、一体何を指しているの?)
(それは恋人の有無じゃ―――)
(それならるーも対象に含まれるはずでしょ)
(あれ?確かにそうだよね。でも、それじゃあ―――)
(ヒントはカズキ君やリーヴァちゃんとはまともに戦おうとしなかったって事。それはホルスさんの信条であったのかもしれないけど、恋人がいても『子供』は例外という判定がなされると判断したからだと思うの)
(子供は例外……じゃあ、僕も子供に見られていたって事?)
(それならあんなふうに無防備に斬られたりしないでしょ。だから、もっと具体的なところで、持つ者か持たない者か判別がなされているのよ)
(具体的なところ……)
(……るーも『肉体的』には『経験0』でしょ)
ピシッ!
その言葉を聞いた瞬間、僕の思考と身体が硬直する。
(ホルスさんの張っている障壁は性行為の有無を白日の下に晒すのよ。いくら私でも、これだけの人が見守る中で、それを暴露する勇気はないわ……)
(………)
それはどう考えても致命的な隙であった。
だが―――
「ふ、ふざけんなぁぁああああああああああああっ!」
頭に血がのぼった僕は、衝動のまま剣を振るう。
それはホルスさんの剣が届くより先に、彼の身体を吹っ飛ばした。
次回の投稿も未定です。