邪竜討伐
『神層世界』からアバン様の転移魔法で邪竜の巣穴に向かう。
転移先はギルドが陣地を形成しようとしていた地点で、ミミナ遺跡との連結地点にほぼ近い場所であった。
ちなみに―――ギルドが先行させていたチームが転移魔法の魔法陣設置に失敗した原因がコレ。
アバン様の手でこのあたりの空間は支配されていたので、転移魔法が発動しなかったのだ。
もっとも、そうするだけの理由がアバン様にもあったわけであるが……
それはともかくとして……この新しく発見されたダンジョンには『蛇の道』という仮称が付けられていた。
その理由は単純で、出現する魔物の大半が蛇系の魔物であったからだ。
「ダーク・ヴァイパーの大量発生とか、大規模討伐が発動されるわけだよね」
「一体や二体ならまだしもこの数ではね……」
「毒抵抗付与をかけておくね」
ダーク・ヴァイパーは強さでいえばCランク相当で、同じランクの冒険者ならば一人でも戦えなくはない。パーティーで挑むのならDランクの冒険者たちでも対処は可能である。
ただし、それは敵が一体であればという話。
ダーク・ヴァイパーには【ポイズン・ブレス】という毒の吐息で攻撃する特殊能力があるので、数が揃うと危険度が跳ね上がる。狭い通路などで複数のダーク・ヴァイパーに【ポイズン・ブレス】の多重攻撃をしかけられると、熟練の冒険者たちでもわりと死ねるのだ。
ただし、僕らの場合―――
「それで、どうする?」
「ここは小細工ナシの正面突破でいいんじゃない?」
「本命にたどり着く前に魔力がきれたりしない?」
「その心配はいらないと思うよ」
「るーくんはあんまり自覚がないようだけど、マナの総量だけでいえば、今の私たちでもSランクはあるんだよ」
「……え?」
「今の私が使える最大級の攻撃魔法を一万回唱えたとしても、魔力が枯渇することはないわね。正確にいえば、一時的に保有できる魔力の量にはそこまで多くはないし、マナから魔力に変換するには若干のタイムラグがあるんだけど……」
「闘気の特訓を思い出せばわかるんじゃないかな?今のるーくんの肉体に留めて置ける生命力や魔力はそこまで多くはないけど、私の本体が保護しているるーくんの魂には膨大なマナがストックされているわけだし……」
「あ~……」
そんなわけで……一方的な蹂躙が始まる。
ダーク・ヴァイパーは危険な魔物であるが、【ポイズン・ブレス】の有効射程距離は2~3メートル弱とそれほど長いわけではない。
「【ウィンド・ストーム】」
「【フレイム・シャワー】」
「【パープル・サンダー】」
「【シャイニング・スピア】」
魔法による遠距離からの絨毯爆撃を受けて、魔物たちが現れては消えていく。
「素材の剥ぎ取りが出来ないのが少しもったいないわね」
「まあ、魔石が回収できるだけ良しとしましょう」
「二人共ずいぶん余裕があるなぁ……」
そんな会話を交わしながら3フロアほど下ると、目的の場所にたどり着く。
そこは天然の大空洞のような場所であり、黒いもやのような淀んだ魔素が地面を覆い隠していた。
そして、そんなもやの中央に雲霞を見下ろす山の如く聳え立つ巨躯。
邪竜はタイプ的に地竜に似ていた。
その巨体に似合わない小さな翼がなければ、単に大きいだけの蜥蜴のようにも見える。
もっとも、全身を覆う鱗は黒曜石のように不気味な光沢を放っているし、口元の牙や手足の爪は鉄の鎧でも簡単に砕けそうではあったが……
「……なんか、滅茶苦茶強そうじゃない?」
「そう?」
「話し合いは……無理そうですね」
「生まれて間もない竜だからね。説得は難しいと思うよ」
ドラゴンは幻獣の中でも特に知能が高く、人語を理解するものもいる。
高位種ともなれば、人の姿に変身できるもの珍しくないので、ダンジョン内で遭遇したとしても比較的交渉が望める相手といえた。
ただしそれは、魔素のもたらす破滅的な衝動を理性で押さえられるようになっていれば……という話。
生まれたばかりの邪竜にそれを求めるのは酷というものである。
「グワアアアァッ!」
邪竜もこちらの接近には気づいていたのであろう。
本能の赴くまま、物理衝撃さえ伴う咆哮をあげ、その口元に紫色の光が収束する。
「ブレスが来るよ!」
「【ホーリー・シールド】」
ドラゴンの最大の攻撃といえばブレス。
それが最大出力かどうかはさておき、最初から一番の武器で襲い掛かるというのは、野生に生きる動物たちの常である。
邪竜の口から放たれた紫色の光線が、僕たちの前に現れた光輝く盾により受け止められる。
だが、受け止められていられたのは、ほんの数秒。
ピシピシという音が響いたかと思うと、光の盾は砕け散る。
もっともその数秒の間に僕らは回避行動に移っていたので、それを避けることは容易かったわけであるが……
「全力の【ホーリー・シールド】でも10秒持たないとは……半端な防御魔法では意味がありませんね」
「属性的には闇のブレスのようだけど、致死性の毒に加え、核撃魔法と似た魔力も感じるわね」
「これ、普通の冒険者ならBランクでもアウトでしょ。大規模討伐が発動していたら、とんでもない被害が出ていたところだね」
「パパの判断は間違ってなかったんだね」
もちろん避けるだけではない。
ミントとサクヤがブレスの解析に入り、僕とリサが邪竜に切り込む。
「サーマっ!」
「ういッス!」
僕の呼びかけに応じ、火の中位精霊であるサーマが剣に宿る。
「【フレイム・ブレード】っ!!」
サーマの魔力と僕の闘気で強化された魔法剣が邪竜の黒光りする鱗を焼き切る。
「リフスちゃん!【エアリアル・ブレイド】だよ!」
「うん!」
その後に続き、リサが呼びだした風の中位精霊のリフスが風の刃で追撃。
こちらも邪竜の鱗を大きく切り裂き、それなりのダメージを与える。
しかし―――
邪竜との戦いは一見すると派手ではあるが、その実、地味な消耗戦であった。
というか……単純な削り作業というのが正しいのかもしれない。
「火力が足りないわね……」
「周囲の魔素を取り込んで回復しているようですが……厄介ですね」
僕らの攻撃は邪竜にダメージを与えてはいるのだが、持てる最大級の攻撃でも致命傷には程遠く、コツコツ積み重ねて邪竜のエネルギーを削っていくしかない状況。
もっとも、それは相手も同じ。
神人となり精神生命体になった僕らは、魂さえ無事であるなら何度肉体を失っても再生が可能。なおかつ、その魂はリサの本体である世界樹のもとにあるので、普通に考えたら死ぬ事がない。
あるとすればエネルギーを使い尽くすことであるが……保有するエネルギーの量は圧倒的に僕らの方が上であるので、こちらも問題とはならない。
つまり―――勝ちは決まっている。
決まってはいるが……勝てばいいというものでもない。
僕らに与えられているマナは膨大ではあるが、無限にあるわけではない。回復手段がほぼ0という状況なので、無駄にしてよいものでもないのだ。
「このままダラダラとエネルギーの削り合いをするのは良くないよね?」
「それはそうだけど……るーくんは何かいい案でもある?」
「いや、それは―――」
とはいえ、現状、それしか方法がないのだから仕方がない。
そんなわけで、僕らは作業を続けるのだが……
「グガァアアアアッ!」
「コイツ、ますます元気になってない?」
「マナや魔素の量は減っているはずだけど……」
変化が起こったのは邪竜のエネルギーを半分ほど削ったところ。
それまでも爪や牙にブレスに魔法と多彩な攻撃を見せていた邪竜であるが、その攻撃が一段激しくなる。
「え!?嘘っ!このコ、跳ぶのっ!?」
背中の小さな羽に周囲の魔素を収束させ、闇の翼を展開して宙に舞い上がる邪竜。
広いとはいえ、地中の大空洞なので、そこまで意味はないのだが……
「ミントっ!!」
「―――えっ?」
邪竜が空を飛んだことで意識がそちらに向いたミント。
そんなミントの背後から三爪の衝撃波が襲い掛かる。
「くっ……油断しました。まさか『空間連結』まで使うとは……」
とっさに展開した防御魔法と手にした杖を盾にする事で辛うじて耐えたようであるが、それでもかなりのダメージを負ったようである。
「ギャワワッ!!」
「コイツ―――」
そして、それを目にした僕の思考は一気に怒りに染まりかけるが―――
(……タ……イ!タノ……シイっ!アソボッ!モット、アソボゥヨ!)
「……え……」
「……こ、この声は……」
「……女のコ……というか、この声って……」
突如響いた謎の声……『心話』に、僕らは一瞬足を止める。
(モット!モット!イッショニ、アソボ!アソボッ!)
「……ああ、そっか……そういう事かぁ……」
そして、その声に答えるように、リサが全てに納得した感じで呟く。
「確かにこのコは私から生まれたんだね」
「リサ……?」
「……このコは遊んで欲しかった……ううん、皆と一緒に遊びたかったんだよ。あの日の私と同じでね」
「あの日……?」
「初めてるーくんたちにあったあの日だよ。森の中で楽しそうに遊ぶるーくんたちが羨ましくて、私は精神体となって本体から飛び出した。それと一緒で……このコは私たちと遊びたくて、ここで竜の姿を得たの」
「じゃあ―――」
「……説得は無理だよ。魔素から生まれたこのコは『戦闘』が『遊び』になっている。それが間違いだと正そうにも、それを理解するような知性もない。このまま放置すれば、多くの犠牲者が出る事になっちゃうよ」
「そうか……それならせめて、目一杯楽しんでいってもらわないといけないな……」
「ウン」
僕とリサは頷き合い、覚悟を決める。
思うところがないわけではないが、魔素から生まれた邪竜に直ちに知恵を授けるような力など僕らは持っていないのだ。
「とはいえ、どうするの?こっちだって別に手を抜いていたわけじゃないわよ?」
「今の私たちでは、これ以上は苦しいかと……」
「いや、まあ、そうだけど……それは僕たちの話であって、リサは違うでしょ?」
「え……?」
「あっ……」
「戦闘は苦手だけど、そうも言ってられないみたいだし……一応、やりようはあるからね」
「そういうわけで、二人には僕らのサポートをお願いするよ」
短い作戦会議を終え、僕たちは再び邪竜と対峙する。
「ギャギャッ!ギャギャギャッ!」
「……安心しなよ。お前が飽きるまでちゃんと付き合ってあげるから……」
最前線に立つのは僕。
そこは誰にも譲れない。
そして―――
「私も本気を見せちゃうよ。大気に住まう自由なる風の精霊よ。我の代行者として、その力を振るう栄誉を授けます。リフスちゃん、『一時神化』ですっ!」
僕の背後に立つリサが、従えていたリフスに自身のマナを譲渡する。
その直後、手の平サイズであったリフスは一気に人間大まで成長―――風の神まで進化する。
僕らは神人であるが、マリサ様やアバン様により、その力の大半を封印されている。
しかし、その制限はリサにはない。
とはいえ、リサにはたいした戦闘技能がない。
ないから……戦闘技能を持つ者に力を与え、自身の代わりに働いてもらう。
「リフスちゃんっ!るーくんに合わせてっ!」
「了解ですよ~。るー様、ヨロシクね~」
「あ、ああ……こっちこそ、よろしくね……」
『心話』により、リサのプランを聞いていた僕はそこまで慌てることはなかったが―――思わず苦笑する。
「ちょおおぉ!いきなり追い出すとか、どーいう事っスかっ!」
「文句はリサちゃんにどーぞ」
僕の剣に宿っていたサーマが、風の神となったリフスの手により、ぽいっと投げ捨てられる。
そして、炎の消えた剣にリフスが宿る。
僕らの準備は整った。
「るー!来るわよっ!」
邪竜を牽制していたサクヤから声がかかるが、目の前にいる僕がそれに気づいていないわけがない。
ブレスを吐く体勢に入った邪竜は、同時に十数個の魔法陣を僕らの周囲に展開する。
「グオオオオオオオオオオオっ!」
邪竜の口から放たれた妖しく輝く光線は―――僕らではなく、魔法陣に向けて放たれた。
「なかなか賢いじゃないかっ!」
直線的な攻撃では僕らを捉えられないと本能的に悟ったのか、『空間連結』を交えた奇襲攻撃。
しかし、種がわかっている以上、対処はできる。
「【ウィンド・ブレード】っ!」
僕の剣から振るわれた風の刃は複数に分裂し、展開していた魔法陣を次々と切り裂いていく。
僕自身の力が増したわけではないが、風の神となったリフスが宿る僕の剣は、そこいらの『神剣』では太刀打ちできないほどの性能を秘めていた。
「僕一人の力じゃ相手に出来ないっていうのは悔しいけれど、お前は皆と遊びたかったんだから、ちょうどいいよね?」
「ギャギャギャッ!」
「それじゃあ……行くよ、リフスっ!」
リフスが展開した風の魔法に乗り、僕は邪竜に向けて飛翔した。
邪竜との戦いはこの話で終わりです。
次は1章のラスト。その後にデータ的なおまけです。
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。