コウベキオ防衛戦・その3
ノアさんの緊急通信を受け、僕たちはコウベキオの街へ戻った。
まあ、移動自体はサクヤの転移魔法で一瞬なのだが……
僕たちが街の外に転移したその時が、正にコウベキオ防衛戦の分岐点とも言うべきタイミングであった。
というのも―――
「くっ!ソーン、モルク、アン……俺から離れろ……」
「おいっ!メビンス!しっかりしろっ!」
「気をしっかり持ってください!メビンスさんはこんな呪いに負けるような人ではないはずです!」
「そうですよ!メビンスさんは心の強い人じゃないですか!だから『羨望』なんかに負けてはダメです!いいじゃないですか!恋人がいないくらい―――」
「―――オイっ!アン!今、それを言うとかナシだろっ!というか、お前らみたいなリア充どもに応援をされるのが一番堪えるんだよっ!」
黒い瘴気に身を覆われたメビンスさんが、ソーンさんたちの励まし(?)の中、苦悶の表情を浮かべていた。
もっともそれはメビンスさんだけではない。
エンヴィーシャークやゴーストたちがもたらす精神汚染は、街を覆う白い霧が深くなるほど被害者を増やしており、今では数百人という単位に届こうとしていた。
というか、Cランクのメビンスさんが抵抗に苦しんでいる時点で、事態としては相当ヤバイ。
(ノアさん!ミントに『浄化結界』を展開させるから、ククルに連絡をお願い!)
(えっ?ええと―――)
(ミントには四天使を通じて、結界を展開させるように言っておくから、ククルが四天使を召喚したように演じてもらいたいの。勇者パーティーに所属する天使のククルなら、それぐらいの奇跡が起こせたとしても許容範囲でしょ!)
(なるほど!)
サクヤの指示を受け、ノアさんも即座に動く。
だが、ノアさんの方にも僕たちに伝えなくてはならない重要な情報があった。
(あ、でも、それなら、ミカさんたちには重々気を付けるように言っておいてください。敵にも相当の手練れがいる可能性があります。ゴーストを討伐しに向かったギルスさんとの連絡がとれなくなってしまいました)
(ギルスさんが!?)
(ユフィー王女が言うには、彼が独自で動く事はよくある事だから心配しなくてもいいとは言っているんですが……)
(この緊急時に連絡をとれないような事態になっているのは間違いないわけね)
ギルスさんがただのゴースト相手に不覚をとるとは思えないし、敵にも相当な手練れがいるのではないかというノアさんの見立ては説得力があった。
ただ、今の段階ではあくまで予想のひとつであるし、仮にそうであったとしても、それはそれで疑問も生じる。
(ゴーストを討伐に向かった他の人たちとは連絡は取れているの?)
(ええ、連絡が取れなくなったのはギルスさんだけです)
(なるほど。ギルスさんの事はイレギュラーである可能性が高いのね)
(え?イレギュラーですか?)
(ギルスさんが半人半神なのはユフィー王女でさえ知らない事でしょう?だとしたら、相手がギルスさん一人を狙う意味は何?ゴーストの討伐に向かったのはそれなりに腕の立つ人たちだったのでしょう?何も知らない相手からすれば、執事よりもっと警戒するべき人はいると思うのだけど。例えばアリューさんとか……)
(それは―――)
(もちろん警戒は必要よ。でも、そこに必要以上に捕らわれるべきではないってこと。ぶっちゃけた話、半人半神を倒せるような相手に普通の兵士や冒険者を差し向けても無意味でしょう?それに、仮に神クラスの敵がいたとするなら、余計に下手な真似はできないわよ。こんな街中で神様同士が争うとか、どれだけの被害が出るかわかったものではないわ。裏でコソコソ動いてくれている方が助かるのよ。もちろん私たちに手出しをしてこなければ、だけどね)
(な、なるほど……)
サクヤの言葉(心話)に納得を示すノアさん。
これはサクヤの言う通りで、神クラスの存在が本格的に介入してきた時点で、大半の人間にはわりとどうしようもない事態に陥ってしまう。
故に、それを考慮するというのは時間の浪費でしかない。
これは人の世で活動している僕たちにも当てはまる。
自分たちの正体を隠している以上、出来る事にはどうしても限りがあるのだ。
(ギルスさんのことは心配だけど、やられたと決まったわけでもないし、王女様の言う通り、全く別件で動いている可能性もないわけじゃないからね。今はやるべき事を優先しよう)
(そうね。あ、でも、ノアさん、少しユフィー王女に確かめてもらいたい事があるのだけど)
(確かめてもらいたい事ですか?)
(ここ最近、コウベキオ近海で幽霊船の目撃されていなかったかと、仮に目撃されていたとしたら、その調査にどこの誰が向かったのか、よ)
(幽霊船ですか?)
(ええ、今回の襲撃を企てたのは死霊魔術師である可能性が高いの。だから―――)
ノアさんと情報を交換しながら、僕たちはメビンスさんたちに合流。
「メビンスさん!今から魔法をかけるので、抵抗しないでくださいね!」
「えっ!?ルド―――」
「【スリープ】!」
闇の精霊のエドを呼び出した僕は、メビンスさんに眠りの魔法を行使する。
「ぐっ……」
「お、おいっ!」
「ルドナ、何を―――」
「魔法で眠らせただけです!だから、モルクさんとアンさんはメビンスさんを連れて後退してください!」
「精神汚染者なんて質の悪い酔っ払いと同じなんだから、眠らせて大人しくしていてもらうのが一番よ。それに、傷病者を後方に下げて治療させるなんて当たり前の事でしょう?ここは私たちが引き受けるから早くミントのところへ連れて行ってあげなさいよ」
「あっ!」
「わ、わかったわ!」
精神汚染は対象の精神の(特定の)負の感情を増幅させるというもので、直接対象の肉体を操ったりするわけではない。
故に、眠らせるなり、気絶させるなりして、無力化してから治療するという方法がわりと有効なのだ。
もっとも一緒に戦う仲間に武器や魔法を向けることになるので、即座に実行できる者はなかなかいないのだが……
「悪いな、二人共。俺の判断ミスだ。メビンスがやられちまって、動揺していたんだな……」
「メビンスさんの精神を汚染できるレベルっていうのが普通ではないですしね。仕方がないですよ」
「反省は後にしなさいな。今はやるべきことがあるでしょう?それともあなたも後方に下がる?」
「それは勘弁してくれ。相棒が穴を開けたのに、俺まで穴を広げるわけにはいかねーよ」
モルクさんとアンさんがメビンスさんを連れて後退し、その場に残ったのは僕とサクヤとイレーナとソーンさんの四人。
戦線の維持を考えるとこれ以上人手を減らすのは得策ではない。
だが―――サクヤはそれでもチームを分ける。
「なら、イレーナと共にここを任せてもいいかしら?」
「なに?」
「私とるーはカズキ君たちと合流して、もう少し前に出るわ。おそらくそこに首謀者もいるはずだしね」
「そうなのか?それなら俺も……と言いたいところだが、アンタがそう言うのならそうした方がいいんだろうな」
「悪いわね」
戦闘能力という点でみればイレーナ一人でもこの場を押さえることは可能であると思うが、冒険者としては経験が浅く、Eランクでしかないイレーナ一人にこの場を任せるのは若干の不安がある。指示役としてソーンさんを残しておくというのは妥当な判断といえた。
そんなわけで、僕とサクヤは二人と別れ、最前線である海岸へ向かう。
そして、その最中―――
街の四方から巨大な光の柱が立ち上がり、空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「結界の構築には成功したようね」
「これでなんとかなりそう?」
「ええ。これでかなり相手を追い詰める事が出来たわね」
「……え?」
「やっぱりるーは勘違いしていたのね。一見すると現在の戦況はこちらの不利に見えるけど、それは王女様の仕掛けた罠よ」
「罠?」
結界の構築に成功した事でなんとか危機を凌いだ―――僕はそんな感じで捉えていたのだが、サクヤの考えは全くの逆。今こそ攻勢に出るタイミングであり、その為の一手が『浄化結界』の構築。
「前線はかなり後退したけど、同士討ちが発生している戦場とみれば、現場の混乱は少ないでしょう?王女様は前線を維持するのに必要な先鋭だけ残し、他の兵を後方に下げたのよ。それに対し、相手は防衛ラインを崩そうと圧力を増した。当然、前線だけみれば苦戦しているように見えるわね。でも―――」
「圧力を増す為に、相手も少なからず無理をするって事?」
「実際はそこまで狙っていたわけでもないと思うけどね。王女様としては守りを固めて相手の出方を探っていたというところじゃないかしら。だけど、相手は『羨望』に捕らわれた狂人。いくら知恵があろうと、まともな戦術や戦略を練られるわけがないわ」
「そんな冷静な判断が出来るのなら、八つ当たりで街に攻め込んだりしないだろうしね……」
「だから、この『浄化結界』も相手を誘い出す為の一手。これで相手が引くようなら手強いんだけど、これに喰いついてくるようなバカならどうとでも料理できるわよ。まあ、相手に余程の切り札があれば別だけどね」
サクヤの話を聞いている間に、最前線となっている海岸がようやく見えてくる。
白い霧に覆われた砂浜には数十体のエンヴィーシャークの死体が横たわっていた。
だが、それ以上の数のエンヴィーシャークと更にそれ以上の数のアンデッドの群れ。
そして―――そこには今回の元凶の姿もあった。
一日が48時間にならないかなと思う今日この頃。
続きもなるだけ早く投稿します。