コウベキオ防衛戦・その1
100匹近いエンヴィーシャークの群れによる大襲撃を受けたコウベキオであったが、序盤の防衛戦ではコウベキオ側が優勢だった。
襲撃を察知したカズキ君のチームが海岸線で迎撃している間に、領主配下の騎士や兵士、雇われた冒険者などが防衛線を形成。コウベキオ側が最も恐れていた『転移能力による街中への奇襲』を防げたというのがやはり大きい。
そもそもエンヴィーシャークがBランクと定められているのは、水棲モンスターであるという点と神出鬼没な転移能力の厄介さが主な理由であり、地上で正面から戦うのであればそこまで怖い相手でもない。
だが、そんな戦況であったからこそ、リーヴァちゃんとククルは悪い予感を抱いていた。
「なにかおかしいわね」
「エンヴィーシャークの群れが、正面から街に向かってくるという時点でおかしいですからね。考えられるとすれば、集団暴走か、あるいは誰かに操られているかですが―――」
「そうなると、この霧も怪しく思えてくるわね」
そんな二人の予感は当たる。
戦況が覆ったのは、20体あまりのエンヴィーシャークを打ち倒し、領主の兵士たちの間にわずかばかりの気のゆるみが現れた頃。
「この分なら夜のデートには間に合いそうだな」
「ちっ、またかよ、この野郎っ!」
「モテる男は羨ましいね。今度はどこでひっかけた女のコなんだ?」
槍を携えた若い衛士たちが戦闘の合間を縫って、そんな軽口を交わしていたのだが―――
「……ア……ろ……」
「え?どうしたエイ―――」
「―――リア充は滅びろっ!」
―――その中の1人が突如、仲間の衛士を槍で穿つ。
突然の凶行。
当然ながら衛士たちは驚愕し、混乱に包まれる。
しかし、それはその部隊だけに限った話ではなかった。
「……リア充は滅びろ……」
「……リア充は滅びろ……」
「……リア充は滅びろ……」
街のいたるところであがる怨嗟の声。
その声に導かれるように、虚ろな目をした者たちが次々と現れ、手近な者へと襲い掛かっていた。
「これは―――」
「どうやら相手の狙いは『精神汚染』だったようね」
「精神汚染?」
「おそらくこの霧の中に幽霊たちを紛れ込ませているんだと思うわ。瘴気に汚染され、抵抗力の弱った者たちを操ることで、同士討ちを発生させるのが敵の本当の狙いだったのよ。エンヴィーシャークの大襲撃は街中を覆う瘴気に違和感を抱かせない為の目くらましってところね」
「うわぁ、また厄介なことを……」
リーヴァちゃんの言葉に思わず毒づくカズキ君。
「なに情けねぇ事言ってんだ、カズキ!幽霊なんて、俺たちなら楽勝だろ!?」
そんなカズキ君に発破をかけるマブオクさん。
それはある意味いつもどおりのやりとりで、年長者でチームのムードメーカーでもあるマブオクさんらしい言葉ではあったのだが……
「そうね。戦えば楽勝でしょうね。でも、相手にその気がなければ?この広い街の中で悪さをする幽霊をどうやって探し出すの?それにエンヴィーシャークだって放置はできないでしょ?」
「あっ……」
「幽霊のことは本部に対応を任せるしかないね。ククルさん、ノアさんに報告をお願いします。同士討ちまで起こっている以上、警告だけでも出してもらわないと……」
「それじゃあ、俺たちは―――」
「今のまま迎撃を続けるしかないね。戦線に穴をあけるわけにはいかなし、混乱しているところをなるだけフォローしよう!マブオクさん、行きますよ!」
「お、おう!」
カズキ君の号令を受けて、動き出すパーティーメンバー。
だが、彼らだけで街の至る所で発生する混乱を抑えることは難しい。
そして、それは本部でもそれほど変わらない。
正直なところ、いつ、どこで、誰が敵に回る(操られる)のかわからないような現状では、本部としても対処が難しく、各所に警戒を促すくらいしかできないからだ。
(同士討ちを発生させている幽霊を討伐するのが一番いいんだろうけど、現状では難しいわね。まあ、本当のところは手がないわけではないんだけど、街単位の広域浄化魔法なんて使ったら、嫌でも目立ってしまうし……)
「どうかしましたか、ノア」
「あっ、いえ……幽霊たちを駆除する方法はないものかと考えていたのですが……」
「確かに、同士討ちを誘発している幽霊を野放しにはできません。出来る事なら手早く処理をしたいところです。ですが、今、打てる手はすでに打ちました。ならば、それを信じて待つしかないと思いますよ」
もっとも、そんな本部の中でもユフィー王女はいつものまま。落ち着いた態度を崩さない。
「ええ、そうなのですが―――」
「それに、これも罠のひとつである可能性もあります。今は落ち着いて対応する事にしましょう」
「……え?罠……ですか?」
「本来、海が生息域であるはずのエンヴィーシャークの大襲撃。そして、それを隠れ蓑にした幽霊たちの離反工作。これらは明らかに人為的なものです。だとすると、危険な幽霊を排除する為にこちらが無理をする……そこまで含めて相手の狙いである可能性も決して0ではないですよね?」
「それは……確かにそうですけど……」
「幽霊による洗脳や憑依は確かに少なくない混乱を生み出しますが、それが大局を覆すほどかと言われると疑問があります。もちろん、それを起こせるほど大量の幽霊たちがいれば話は別ですが……そうでないのなら、それも次の一手の為の布石だと考えた方がしっくりきます。そして、大抵の勝負事は相手の頭を押さえれば勝ちとなりますよね?」
「相手の狙いは『本部』……ですか?」
「もしくはもう一手絡めて、幽霊退治に送り出したこちらの先鋭部隊を各個撃破するとかでしょうか?どちらにしろ、今の段階で本部の守りを薄くするのは、あまりよろしくないと思いますよ」
「……な、なるほど。素晴らしい慧眼ですね、ユフィー王女」
「いえいえ、私はザイオン兄様の真似をしているだけで、慧眼なんてものではありませんよ。チェスでも兄様にはいつもコテンパンにやられてしまいますし……」
(いや、ザイオン王子って、帝国でも随一の頭脳の持ち主って言われている人だから。その真似が出来るってだけでも十分すごいんだけど……)
謙遜するユフィー王女(本人的には事実を口にしただけ)に苦笑しながら、ノアさんも自分の役目を果たすべく、頭を捻る。
(ユフィー王女の読みが当たっているなら、軽々に動くのは得策じゃないわね。いざという時の為にも、私とミントちゃんは今のままで……だとすると、動かせそうなのは―――)
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