暴走する人造素体(ホムンクルス)
フローさんの協力を取り付けた僕たちはホルスさんの私室を捜索する事にした。
少しでもその足取りを辿れるようなものが見つかれば……と、淡い期待でそれを行った僕たちであったが―――
「真っ黒ね」
「うん。これ以上ないくらい真っ黒だね」
「………」
結果は黒。
部屋から見つかったのはホルスさんの日記。
まめな性格であったらしいホルスさんは、製造されたその日から日記をつけていたようで、その冊数は膨大な数となっていた。もっともその大半は日常の些細な出来事を記したもので、特筆するような点はない。
あえて言うなら、フローさんへの愚痴が少々目立っていたが、これは錬金術の研究以外基本ダメ人間(悪魔)なフローさんのお世話をするのがいかに大変であったかという苦労話であり、むしろよくお世話し続けたなと感心を抱いたぐらい。
まあ、ホルスさん自身はそこにやりがいを感じていたみたいであるし、自分を生み出した創造者であるフローさんに並々ならぬ忠誠心を持っていたようであるが……
そんな日記に変化があったのは、およそ三ヶ月前。
最初はいつものフローさんへの愚痴と大差はないものであったが、そこに少しずつ彼の苦悩が記され始める。
その一部を抜粋すると―――
●月×日
―――マスターは相変わらず何もしようとしない。
今日は服を着替えるのを面倒だと言い張り、私に着替えを手伝わせた。
いや、これ自体はわりと頻繁にあることで、今更書き記すようなことでもない。
だが、最近、私は気が付いた。
気が付いてしまった。
私はどうやら男性である。
もちろん、自分の身体が男性であるというのは知っていたが……人造素体であった私は、今まで自分の性別を意識したことがほとんどなかったのだ。
しかし、今思えば、それは幸いであったのだろう……
何しろ、マスターは女性である。
今までマスターが私に身の回りの世話を任せていたのは、私が彼女の創作物であるという事と、私に男性という意識がなかったからだろう。
だが、今の私は……男性という意識を持ってしまっている……
いや、それだけではない。
私は敬愛すべきマスターに■■してしまっている。(■の部分は念入りに黒く塗りつぶされている)
だが、そんなことがマスターに知れたら、私は―――
―――という感じ。
そして、その内容は日を追うごとに深刻さを増していく。
文章もどんどん攻撃的になり、やがて支離滅裂な記述が大半を占めるようになる。
ちなみに、ホルスさんが失踪する前に書いたと思われる日記の最終ページにはただ一言。
―――この世の全てが妬ましい―――
とだけ記されていた。
「敬愛するフローさんに欲情するようになって、ホルスさんはおかしくなっちゃったようね」
「いや、そんなストレートに言わなくても……」
「私は事実を言っただけよ?」
「それはそうかもしれないけど、もう少しフローさんにも気をつかおうよ」
「いえ、そこは気にしなくてもいいわ。でも、まさか、あのホルスちゃんが―――」
ホルスさんの秘めた想いをこのような形で知ることになり、フローさんはショックを受けた様子。
その反応から察するに、ホルスさんの想いに全く気づいていなかったのだろう。
まあ、そのあたりの事は僕らが関わるような話でもないのであえて踏み込んだりはしないが……
「ひとつ聞きたいのだけど、ホルスさんのコアって悪魔系?それも―――」
「ええ。契約したのは青色系の下級悪魔よ。下級悪魔としてはかなり賢く、力も有していたけど」
「やっぱりそうなのね」
「え?ええと―――」
「青色系の悪魔は一般的に『嫉妬』を司ると言われているの。リーヴァちゃんたちもその系譜ね。まあ、悪魔も長い歴史の中で血を交わらせてきたから、今では一概には言えなくなってきているけど、青色系の悪魔が『嫉妬』という感情に捕らわれやすい傾向にあるのも確かね」
「ああ、だから……」
「『羨望』の化身であるエンヴィーシャークとも波長が合うでしょうね。まあ、どちらが先に影響を与えたのかは、今の段階ではわからないけど。ホルスさんが今回の件に関わっている可能性はより深まったわね」
「そうだね」
物的証拠はないものの、ここまで状況が揃うとホルスさんが関わっていると疑わざるを得ない。
「だから、これも教えて欲しいだけど―――ホルスさんのスペックってどうなっているの?」
故に、サクヤの質問もある意味では当然のもの。
まあ、僕は当初、その意図に気が付かなかったのだが……
「え?」
「え?って、何よ、るー。黒幕―――か、どうかはまだわからないとしても、ホルスさんは今回の件に関わっていて、敵となる可能性が高いのよ?相手の情報を少しでも得ようとするのは当然でしょ?」
「あ、うん、確かにそうなんだけど……」
「慢心しちゃダメよ、るー。ホルスさんは元魔王のフローさんが作った人造素体……それも、彼女の最高傑作なのよ。どんな能力をもっているかわかったものではないわ」
「あっ。た、確かに」
改めて言われると、正にそのとおり。
フローさんは現代でも十分に通じると言われる天才的な錬金術士であり、その彼女が最高傑作と評したのがホルスさんである。
それに、ホルスさんはフローさんの代わりにダンジョンの管理も行っていたようであるし、少なくともある程度の戦闘能力は有しているはずなのだ。
「ホルスちゃんは私の身の回りの世話をさせようと作り出した万能型人造素体で、一通りの事は何でも出来るけど……」
「貴方の護衛役も兼ねていたんじゃない?」
「まあ、そうね。戦うのとか面倒だし、荒事とかも任せたかったから、それなりに戦えるようにはしたかな?」
「となると、武器も魔法も使える万能タイプかしら?」
「うん。まあ、どちらもいけるけど……あえていえば、魔法の方かな?青色系の悪魔は水や氷に干渉する魔法が得意だし、海底神殿とは相性も良いから。あとは……死霊魔法なんかも得意だったわね。幽霊なんかを呼び出して雑用を任せたりしていたわ」
「死霊魔法ね……」
そして、フローさんの語った内容にサクヤが反応する。
「ん?なにか、気になるの?」
「……エンヴィーシャークの特性はアンデッドに近いと言われているし、仮にそれを使役する者がいるとしたら、そのての技術を持っている可能性が高いと推測できるわよね?なら、エンヴィーシャーク以外の魔物だって、使役できる可能性もあるわよね?」
「えっ……」
「昔から海で遭遇する魔物は厄介だと言われているけど、アンデッド系で厄介なのがひとついるでしょ?飛び切り有名なのが―――」
「まさか、それって―――幽霊船!?」
「……ないとは思いたいけどね。相手は元魔王が生み出した最高の人造素体。それもエンヴィーシャークの大群を使役できるとなると、ありえないわけじゃないでしょ?」
幽霊船は、海で亡くなった者たちの『生に対する執着』が生み出した幽霊の集合体。
もととなる幽霊はたいした強さではないのだが、幽霊の中には他の幽霊などを取り込み、一種の群体生物のように活動する事があり、その時の強さは集まった数に比例する。
そして、海上という天敵が少ない環境では幽霊たちも集まりやすく、気がつくと巨大な霊団を形成していた……なんてことが稀に起こったりする。
ちなみに、幽霊船は沈船などを依り代にしている場合の名称であり、他のものを依り代としている場合はその都度名称が変わる。
「それに一応検討する余地はあるのよ。ホルスさんが幽霊船を使役できるとしたら、それを拠点としている可能性もあるでしょう?念のため、ユフィー王女に近海で幽霊船の目撃例がなかったかどうかだけでも確かめてもらったほうがいいわね」
「ああ、なるほど。確かに―――」
ホルスさんの関する手掛かりも特に見つかっていないし、聞くだけならたいした手間でもないだろうと、僕は『通話の宝珠』を起動させ―――ようとしたところで、
「ルドナ君!サクヤちゃん!緊急事態よっ!」
ノアさんの方からの緊急通信が入った。
◆◆◆
街に迫るただならぬ気配を最初に察したのはリーヴァちゃんであったという。
探知魔法の警戒網より先に第六感で危険を察知したリーヴァちゃんは、カズキ君たちを連れて即座に動く。
転移魔法により海岸に移動したカズキ君たちが目にしたのは、白い霧に覆われた海とその下で蠢く無数の黒い影。それは100匹近いエンヴィーシャークの群れによる大襲撃であった。
だが―――それは露払いにすぎない。
海上の深い霧の奥には、それ以上に厄介なものたちが控えていた。
「ボス、そろそろ街が近づいて来やしたが、いかがいたしやしょう?」
朽ちかけた船の甲板上で、貧相な顔立ちの男が黒い燕尾服に身を包んだ細身の青年に問いかける。
「……命令はすでに伝えていたはずだぞ、アマン」
「は、はい、それはそうなのですが……その、一応、確認をしておこうかと……」
「………」
「す、すいやせん。余計なマネでやしたね」
「いや、気にするな。少し驚いただけでお前を咎めるつもりはない。お前のような気遣いが出来る者というのは本当に貴重だしな」
「は、はぁ……」
アマンと呼ばれた男は言葉の意味がいまいち理解できなかったようで、その首を軽く傾げる。
しかし、その仕草が妙にコミカルで、青年―――ホルスは薄く笑みを浮かべる。
「わかってないようなので教えておくが、アンデッドとして『生まれたもの』が、そこまで明確な個性を持つことは珍しいのだよ。それこそ会話もなりたたないような者が大半だしな」
「会話ですか?でも、会話が出来る奴は他にも沢山いると思うでやんすが……」
「言葉を話すことが出来るやつはそこそこいるが、意思の疎通ができるかどうかはまた別の話でな。上位種とされるアンデッドでも確固たる自我を持っている者は意外と少ないのさ。まあ、死者の『生への執着』から生まれるのがアンデッドだからな。仕方がない部分でもあるのだが……」
「難しい話はオイラにはわからないっス……」
世間一般ではいまだに誤解されることの多いアンデッドであるが、彼らは生物が生前に抱いていた『生きたい』という願望が核となり生まれた全く新しい生命体であり、生前の個体とは同一の存在ではない。ただ、元となった生物の記憶の一部が引き継がれることも往々にして起こる事であるし、生前の肉体に執着する傾向などもあるので、完全に別人とも言い難いところではあるのだが……
ホルスのような死霊魔術師たちの間では、一種の転生に近いものという認識が一般的。
故に、生まれたばかりのアンデッドに会話や意思の疎通を求めるというのはいささかナンセンス。生まれたての赤ん坊に言葉によるコミュニケーションを求めるようなもので、会話が成り立つ方が異常を疑うようなレベルの話なのだ。
「お前は自分が思っているより優秀だって事さ」
「そ、そうでやんすか?」
「最初はおかしなヤツが生まれたなとも思ったけどな」
「持ち上げておいて落とすとか、酷いッス……」
アマンを揶揄い、笑顔を浮かべるホルス。
しかし、それも長くは続かない。
顔をあげたホルスの目には影が差しており、それが笑顔なだけに余計に痛々しさを増している。
だが―――『羨望』という魔に捕らわれたホルスは止まらない。止められない。
「……アマン、準備は終わっているな?」
「は、はい、もちろんっス!」
「では、我らも行くとしよう。浮かれたカップルどもをこの世から駆逐する為……今こそ聖戦のラッパを吹き鳴らすのだ!」
「はっ!」
ホルスの号令に従い、アマンは腰につるしていたラッパを高らかに鳴らす。
羨望に狂った彼らの聖戦はこうして始まった。
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