竜騎士アリュー
リノタ帝国の竜騎士隊は10年ほど前に設立された比較的新しい部隊。
設立当初は同時期に設立された飛空艇部隊の護衛として、航空戦力の一端を担う事を期待されていた。
だが、実働段階で飛空艇と竜騎士の併用が予想以上に困難であるという事が発覚し、計画は頓挫。
竜騎士隊は当初予定した規模から大幅に縮小される事となった。
とはいえ、この判断は妥当なもの。
自国で技術を積み重ねてきた飛空艇と育成も運用もほぼ0からスタートした竜騎士隊……どちらを主軸とするかと問われれば、多くの人が前者を選ぶだろう。
結果として、リノタ帝国の竜騎士隊はあまり日の目を見る事のない小部隊という形で落ち着く。
しかし、それは悪い事ばかりではない。
あまり日の目を見ない部隊だからこそ、比較的自由に動かす事が出来たからだ。
「やはり集まっているな……」
入江の上空で騎竜を旋回させながら、アリューが呟く。
街中にエンヴィーシャークが現れたという報せを受けたアリューは、相棒である騎竜ファムを駆り、海辺に急行した。
その理由は簡単。
そこにエンヴィーシャークが集まっていると予測が出来たからだ。
空を泳ぐ能力と転移能力を持つエンヴィーシャークであるが、基本的には海に棲む魔物なので、地上での活動時間には限りがある。特に転移能力に関しては、もともとエネルギーの消費が激しい上に、移動距離に比例して消費するエネルギーが更に増加するらしく、乱発できるようなものではない。
故に、遠洋からいきなり陸地に転移して、エネルギーを無駄に消費するようなことはしない。転移の前に出来るだけ街に近づいておく程度の知恵(本能?)は羨望に狂ったサメも有していた。
「数は……6体か。流石に全滅は無理そうだな。まあ、狩れるだけ狩っておこう。行くぞっ!ファムっ!」
上空から狩るべき敵を視認したアリューは、騎竜を斜めに滑らせるように下降。
ファムの放った『炎弾』とアリューの槍から放たれた『闘気弾』がいくつもの水柱を生み出す。
竜騎士の騎竜は飛竜であることが多いのだが、アリューの相棒である騎竜は歴とした竜。
それも火と風と光の三つの属性を操る白銀竜である。
まあ、白銀竜としてはまだまだ若く、それこそ幼竜と言っていい個体ではあるのだが、それでもCランク程度の魔物であれば楽勝に倒せる程度の力を有している。
もっとも、今回ばかりは条件が悪い。
エンヴィーシャークは厄介な能力のせいでBランクに指定されているものの、正面切っての戦闘であればCランクの冒険者でも対応が可能。転移による不意打ちを除けば、巨体を生かした体当たりや噛みつき攻撃といったありふれた攻撃手段しか持っていないので、そこまで対応が難しい相手ではない。
だが、それは『戦う場所が陸上であるなら』という前提。
海中にいるサメと水中戦をするというのは人類には無謀な試み。
強靭な肉体を持つ竜であっても、容易いことではないだろう。
もちろん海中に飛び込まず、空中で迎撃をするというのなら問題はないが……その場合、海中深くに逃げられて終わりとなる可能性が高い。
『男女の恋愛の情熱』を主食とするエンヴィーシャークにとって、竜騎士との戦いは自分の身を守る以上の意味はなく、勝てない勝負を挑むぐらいならとっとと逃走する。
結局、アリューがこの場で仕留められたのは2体のみ。
残りは大なり小なり手傷を負わせたものの逃走を許してしまう。
もっともこうなることは半ば予想していた事なので、アリューに落胆はない。
そもそも重要なのはこの地を制する事。
この地を制しておけば、街中に新たなエンヴィーシャークが出現することを防ぐのと同時、既に街で暴れているエンヴィーシャークたちの退路も断てる可能性が高い。
確実とまではいえないが、作戦としては妥当なものであろう。
◆◆◆
「アリューももともとは近衛騎士団に所属していたのですが、私の護衛中にちょっとした事件がありまして……それで近衛騎士を解任されてしまったんですよね。でも、私はその処分に納得がいかなくてですね。ならば―――ということで、当時設立されたばかりの竜騎士隊に転属できるようにいろいろと取り計らいました」
「は、はぁ……竜騎士……ですか。でも、それは何故なんです?」
「それはですね。竜騎士隊には私の騎竜であるファムがいるからですよ。まあ、今ではすっかりアリューの相棒という感じではあるのですが。普段からお世話をしているのはアリューなわけですし、私以上に懐いてしまったのも仕方ありませんね」
「ええと、つまり……アリューさんは王女様の騎竜の御者……という事ですか?」
「正式な扱いでは今もそうなっていますね。とはいえ、実質的には護衛と大差はないですし、自由に動かせる分、私的には助かっていますが。近衛は結局のところ、皇帝直属ですからね。あれで制約も多いのですよ」
「な、なるほど……」
ユフィー王女の言葉に無難な相槌を返しながらも、ノアは微妙な表情を浮かべていた。
(自分から聞いた事とはいえ、少し長くないかな?今も一応、緊急事態の最中なんだけど……)
メビンスたちから持たされた報告によれば、街中に現れたエンヴィーシャークたちは撃退したとの事であったので、一時期よりは多少落ち着いたとも言えるのだが、それでも被害状況の確認など、やるべき仕事はいくらでもある。
もっとも、ユフィー王女の立場は複雑で、必ずしも彼女が指揮をとらなければいけないというわけでもないし、話しながらも仕事の方は滞っていないのだから、問題ないと言えなくもないという微妙な感じ。
(余裕があると考えればいいのかな?でも、ルドナ君からいろいろと聞いている身としては、正直、惚気話にしか聞こえないんだけど……)
もともとの依頼者であるザイオン王子からルドナを経由していろいろと情報を得ていたノアは、王女様をとりまく環境についても一通りの知識を得ており、王女様の恋愛事情もその中の一つである。
依頼を受ける時にルドナがそこに引っかかったという話であるし、ノアもお姫様と騎士という定番のラブロマンスに興味がなかったわけではないので、それなりに気になってはいたのだ。
だからこそ、余計に話を止めづらかったというのもある。
「あれ?どうかしましたか?」
「あっ、ええと……王女様は随分とアリューさんを買っているのだなと思いまして……」
「あっ、ひょっとして……呆れています?」
「い、いえ!決してそんな事は―――」
しかし、そんなノアの微妙な態度にユフィー王女も気が付いたようで、首をちょこんと傾げながら顔色を窺うように訊ねてくる。
ただ、それも気分を害したという感じではなく―――
「すみません。少しはしゃぎすぎましたね。皇族という立場もあって、中々こういう話はし辛いものですから」
「やはり、帝国の王女様となるとそれなりに大変なのですね」
「はい、そうですね。あ、でも、ノアの目から見ても私の態度はバレバレなのですね」
「えっ!?あ、それは―――」
「いえ、いいのです。私にも自覚はありますし、別に隠すつもりも否定するつもりもありませんから。というかですかね……私としてはこれ以上ないくらいアリューにアプローチをかけているつもりなのに、未だに何の反応もない方が問題なわけでして。良ければそのあたりも相談に乗ってもらえないですか?」
「そ、相談ですか……?」
「友達であれば、そういう話のひとつやふたつはするものでしょう?」
「そ、それはそうかもしれませんが、私には少し荷が重いような……皇族の事情とか、全くわかりませんし―――」
「だからこそいいのですよ。相手の立場を考慮するというのも大事な事ではありますが、最初からそれが過ぎると議論の幅を狭めてしまいますし、結局は男女の事柄なのですから、王侯貴族も市井の人々もそれほど差はないはずです」
「い、いや、でも、そもそも、私、そういう話はあんまり得意ではなくてですね―――」
見た目に反し、意外とグイグイ来る王女様に、ノアはタジタジとなるのだった。
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