海底神殿の探索
海底神殿はコウベキオ近郊のダンジョンの中で屈指の難易度を誇る。
というよりも、コウベキオ近郊のダンジョンのほとんどが海底神殿に至る為の道であり、コウベキオで活動する冒険者は海底神殿にたどり着く事で一人前、海底神殿で安定して稼げるようになれば一流というような扱い。
構造的には東西南北の四つのエリアで分けられており、それぞれのエリアに15の階層がある。
そして、海底神殿の最大の特徴が―――
「ほぇ~……本当に海の底なんだね~」
―――イレーナが口にしたとおり、海の底に沈んでいるという点。
とはいえ完全に水没しているわけではなく、ダンジョン内部はちゃんと空気の層がある。
海底神殿の大部分は金属製の壁と透明なガラスのような板で出来ており、その透明なガラスの向こうに海底の景色を見る事が出来るというだけ。
異世界の知識を持たなかった先人たちはここを海底神殿と名付けていたが、それが『チキュウ』のSF好き、アニメ好き、特撮好きなんかであれば、『海底基地』あるいは『海底プラント』と名付けていたかもしれない。
まあ、あくまで見た目の上の話ではあるのだが……
「見とれるのもわかるけど、生憎とゆっくりしている暇はなさそうよ」
「さっそくお出ましみたいだね」
なにしろ、ここはダンジョンである。
魔物も当然出没する。
そして―――
「うわっ、ホントに空を泳いでいるわ」
「ダンジョンなんだから、何でもありというのはわかるんだけど……」
「空気でありながら水の特性も持つって、どうなっているんだろうね?」
僕たちの前に現れたのは、空中を泳ぐ大きな魚の群れ。
甲鎧魚というDランクの魔物である。
もちろん、普通は飛ばない。
「ええと……多分、『存在の二重化』が起こっているのだと思いますが……」
「……え?存在の二重化……?」
「はい。この空間の大気は魔素の影響で、空気でありながら水でもあるという状態になっていて、それに触れるもの意思がその在り方を決定するのだと思います。ただ、基本的には空気であるので―――」
「ネイン、解説は後にしなさい!るーも油断しない!戦闘中よ!」
「あ、うん」
「す、すいません」
僕の疑問に思わず解説を始めたネインであるが、サクヤから叱責が飛び、戦闘に集中する。
甲鎧魚は一匹一匹の強さはたいした事ないのだが、流石に20匹以上の数となると対応が面倒になる。
更に、甲鎧魚には厄介な特性がひとつあって……
「あ、遅かったみたいね……」
「雷砲魚を呼ばれちゃったか。まあ、でも―――」
「……いや、あの、るー様、ここの空気は水でもありますから……電撃は危険かと―――」
「……あっ……」
甲鎧魚が呼び寄せた雷砲魚が、体中に紫電を走らせながら大きく口を開く。
「全員、回避~~~~っ!」
◆◆◆
序盤に些細な失敗はあったものの、探索は順調だった。
ただ、調査としては難航していた。
僕たちが海底神殿を探索しているのは、海上に出現するようになったエンヴィーシャークの発生源がこのダンジョンにあるのではないかと考えられていたからであるが―――これはあくまで憶測であり、それを裏付ける証拠は今のところ発見されていない。
「今のところ、エンヴィーシャークどころか、おかしな魔物もいないわね」
「特に変わったところも見つからないね~」
「まあ、まだ浅い階層だし、蛇の道との連結ポイントに近づけば変化があるかもしれないよ?」
「それはそうなんだけど……そこだって事前の調査はされているのよね。それで何も見つかってないわけでしょ?」
「うん?」
そこがサクヤには気になっていたようだ。
「あまりにも痕跡がないのが気になってね。それとトリーシャさんの発言も」
「え?」
「ここには厄介な管理人がいるって話だったでしょ?その管理人が今回の事にどれぐらい関わっているのかは今の段階では不明だけど、痕跡が全くないって事は多少なりとも関りは持っている可能性が高いわよね?」
「まあ、意図せず証拠を回収しちゃった可能性とかもあるしね」
「それなら、そちらの探索に重点を置いた方がいいと思わない?」
「う~ん……」
続いたサクヤの発言にしても一考の余地はある。
だが、僕は結局サクヤの提案を全面採用はしなかった。
「とりあえず当面の目的地はそのままで。蛇の道との連結ポイントが怪しいというのは確かだし、一度くらいは見ておいた方がいいでしょ。ただ、管理人と接触する必要もありそうだし、隠し部屋や隠し通路の探索には今まで以上に留意する事にしよう」
「は~い」
「わかったわ」
探索計画を変更するには少し理由が弱い気がしたし、なにより海底神殿は広大である。
隠れ潜む管理人を探し出すとなると一日二日で済むとは思えない。
で、あれば、半日程度の短縮は誤差の範囲に含まれる。
……と、この時の僕は考えていたのだが―――
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