半神半人の執事の事情
ユフィー王女がノアさんと話をしている間、僕はギルスさんから資料の補足説明を受ける事となった。
だが、それは名目上の話。
僕たちがギルスさんの正体を見抜いたように、ギルスさんも僕たちの正体を見抜いている。
ならば、『正体を隠して近づいて来た意図を知りたい』と思うのも当然。
「―――それで、何が目的でしょうか?」
別室に案内され、ソファーに腰かけたところで、ギルスさんから鋭い質問が飛ぶ。
ただ、この問いかけは無意味。
「目的?目的と言われても、僕たちはここに仕事に来ただけですよ」
「……とぼけるおつもりですか?」
「そんなつもりはないですよ。僕たちは本当にザイオン王子に頼まれたからここに来ただけですし」
僕の方に駆け引きをするつもりがなかったからだ。
だから、質問には正直に答える。
「……それはトリーシャの指示ではないのですか?」
「指示、ではないですね。僕と彼女は知人ですけど、それ以上の関係はないですし……気付かないうちに利用されていたとかはあるかもしれませんが……」
「………」
「むしろ、貴方の方はどうなんです?どうやらトリーシャさんの仲間ではないようですけど、彼女の目的とか知っているんですか?」
「なるほど。こちらの勘ぐりすぎでしたか。失礼しました、ルドナ様」
それで完全に警戒を解いたわけではないのだろうが、ギルスさんは謝罪と共に表情を和らげる。
「いえ、気にしないでください。でも、先ほどの口ぶりからすると、やはり貴方は―――」
「貴方がたと同じく、私も神人でございます。もっとも半分は人の血を引く半神半人ではありますが……」
「そんな貴方が、何故、ユフィー王女の執事をしているのか、伺ってもよろしいですか?」
「ええ、もちろん構いませんよ」
そして、僕のお願いも素直に聞き入れてくれる。
ギルスさんとしても、自分の立場をはっきりさせておきたかったのだろう。
彼はユフィー王女を陰ながら見守る者であり、彼女の身に害が及ばないのであれば、それで良かったのだ。
もともとギルスさんはユフィー様の曾祖母にあたる人物に大恩があるらしく、自分の命が続く限り、彼女の血族を見守り続けると約束を交わしていたのだとか……
ただ、最初は陰ながら支援をしていた程度で、直接、傍で見守るようになったのはわりと最近の事。
「皇族であるユフィー様を遠方から見守り続けるというのは、半神半人でも困難な事でしたので……」
「なるほど……」
リノタ帝国の帝位争いは血が流れる事も珍しくないと有名であるし、その災厄からユフィー様を守るというのなら、傍にいる方が確実だろう。
しかし、ギルスさんはあくまで見守る者。
ユフィー様を何が何でも帝位につけようとしているわけではない。
半神半人のギルスさんも神の一柱であることはかわりなく、ヒトの世―――特に政事などに関しては、出来るだけ干渉しないというのが基本的なスタンスであった。
故に、ユフィー様やその身内に危険が及ばない限り、帝位争いに神の力を用いる事はない。
ユフィー様に正体を隠しているのもその為である。
ギルスさんの事情を聞き終えたところで、僕たちの方も事情を話す。
相手が神であるなら隠しても仕方がないし、トリーシャさんやザイオン王子に聞けばすぐにわかる事であるからだ。
もっともギルスさんのトリーシャさんに対する信頼度は著しく低いらしく、それが成立したかどうかは不明であるが……このあたりは帝位争いの影響などもあるのだろう。
ユフィー王女とザイオン王子は良好な関係を築いていたが、帝位争いにおいて敵味方が入れ替わるなんていうのは日常茶飯事。弱小勢力のユフィー王女陣営は些細なミスが命取りになりかねないし、慎重に慎重を重ねるぐらいが丁度いい。
「いえ、ザイオン王子に関しては私たちも信頼しているのです。ただ、あの邪神だけはどうにも胡散臭くてですね……」
「言いたい事はわかります。あの人は敵にしても味方にしても厄介な人ですよね。しかも、それを自覚してやっているから質が悪い」
「完全に愉快犯ですからね。関わると碌な事がないのに、無視するとそれ以上に酷い事になりやしないかと怯える事になる。頭が痛いところです」
「まあ、あまり警戒してもしょうがないですよ。わりとどうしようもないですし……」
「ええ……」
まあ、トリーシャさんに関して言えば、帝位争いがどうこうという問題でもないわけだが……
「そんなわけで、僕たちは今回の件に関わりがあるかもしれないと言われて来ただけですよ。僕たちの意思によって生み出された魔素が蛇の道を通じて、海底神殿に流れ込んだのではないかと。事実、過去に一度、蛇の道に邪竜を発生させてしまいましたしね」
「なるほど。あなた方も動かざるをえなかったわけですか」
「話を聞いてしまった以上、放っておくのも寝覚めが悪いでしょう?」
「確かに。まあ、こちらとしては助かります。さすがに私とアリュー殿だけでは手が足りていませんでしたし」
少なくとも僕たちにはこれといった思惑なんてないわけであるし、仮にトリーシャさんやザイオン王子に聞かされた以上の裏の意図があったとしても僕たちではどうしようもない。
ギルスさんもそれを理解してくれたようで、安堵とともに弱音ともとれる発言を漏らす。
「状況はやはり良くないですか?」
「ああ、すいません。みっともないところを。ですが、そうですね。現状はあまりよろしくありません。エンヴィーシャークの対策は辛うじて出来ていますが、それはあくまで人的被害を留めているだけ。なんの解決にもなっていません。港町にとって、海路が使えなくなるというのは致命的ですから」
「それはそうでしょうね」
とはいえ、状況が良くない事は最初からわかっていた事であるし、そこは気にしない。
ただ、丁度いいタイミングであったので、少しばかり真面目に仕事の話もしておく。
「……あ、でも、一つ聞いてもよろしいですか?」
「はい。なんでしょうか?」
「この資料を拝見する限り、小型の漁船などは被害が少ないみたいなのですが、これには何か理由があったりするのでしょうか?」
「ああ。それはエンヴィーシャークの特性が関係しているからですよ」
「エンヴィーシャークの特性ですか?」
「あの魔物はサメの姿をとっていますが、分類としてはゴーストやレイスなどに近い存在です。そして、このあたりの海辺の街では昔からこんな文言があります。『いちゃつくカップルは鮫に喰われてしまえ』とね」
「……え?」
「エンヴィーシャークはその名のとおり、仲睦まじい男女を標的にするのですよ。ですから、男だけを乗せた漁船とかは標的にはならないのです」
「あ~……」
思わず気が抜けそうになるおかしな特性であるが、海洋貿易を主要産業とする『コウベキオ』においてはそれでも十分頭の痛い問題であろう。さすがに全ての船を男女別に分けるなんて出来ないだろうし、そもそも頻繁に魔物が出没するという時点で海路としてはアウト。海上で魔物に襲われるというのは大抵の人間にとって死と同義なのだ。
「幸いバカンスシーズンは終わっておりますので、その点だけはまだ良かったといえますが……」
「出来るだけ早く解決したいというわけですね」
「ええ」
それに、どんなにおかしな特性を持っていたとしても魔物は魔物。
人に害をなした以上、それを放置することなどできないし、被害を拡大させないためにも、速やかに駆除すべきなのだ。
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