世界の理
神様から突然『邪竜』の討伐を命じられた僕たちであるが、勿論、それなりの理由がある。
とはいえ、一つ目の理由は至極単純で、僕たちの訓練に丁度いいという判断であった。
「……え?でも、相手はドラゴンなんですよね?」
「ああ、そうだが、それに何の問題が?」
「いや、だって……ドラゴンといえば下位種でもBランクの魔物なんですが……」
「……お前が昨日まで戦っていたスライムは神クラスだろうが……」
「あっ……」
アバン様の呆れたような言葉で気が付いたが、神クラスのスライムと模擬戦をするのと、ドラゴンと実戦を行うのと、どっちがマシかといわれると―――ドラゴンと戦った方がマシな気がする……
もちろん、そのドラゴンの強さにもよるが……
「私たちの見立てでは邪竜の強さはA(+)といったところです。今のあなたたちでも十分に戦えるはずです」
「というか……本来なら、リサ一人でもどうとでもなる相手だからな」
「本来なら……?」
「パートナーの契約で大幅にマナを減らしているからな。今のリサには少々厳しいだろうぜ」
「え、それじゃあ―――」
「もう、そんな意地悪な言い方をしなくても……アバンの言う事は気にしなくてもいいですよ。パートナーの契約とはもともとそういうものですからね。力がいくらあろうと一人で出来ることはたかが知れています。それならば、自分の信頼する者に力を分け与え、協力してもらう方が多くの事が出来る……というのが契約の真意です。それに、リサに戦闘の経験なんてほとんどありませんからね。力に任せた戦い方でも倒せるとは思いますが、マナの消耗はそれなりに大きくなったと思いますよ」
「いきなりドラゴンと戦えなんて言われても困っちゃうよ~」
「ま、まあ、そうだよね……」
「それに、ママだって戦闘はパパ任せだったんでしょ?」
「そうね。アバンは私の代わりに、全ての戦いで矢面に立ってくれたわね。私だって戦えないわけじゃないのに……」
「オ、オイっ、今はそんな話をしている時じゃ―――」
「あ、そうか……」
珍しく狼狽えるアバン様の姿を見て、僕はその心情を察する。
戦神として数多の敵と戦ってきたと言われるアバン様であるが、その立ち位置は僕らと同じ。マリサ様から力を与えられたアバン様は、マリサ様の代わりに自分が戦場に立つ事を選んだのだ。
だとすれば―――僕らに同じような働きを求めるというのも理解できる。
「つまり、その邪竜は……リサの敵なんですね?」
だからこそ、僕はそう推測したわけであるが―――
「あん?」
アバン様の答えはYESでもNOでもなかった。
「あ、あれ?違うんですか?」
「いや、間違ってはいないんだが……ただの敵ってワケでもねーんだよ」
「そういえば、ルドナさんにはまだ話してはいませんでしたね。この世界の理を―――」
「世界の理……ですか?」
「ルドナさんが予想したとおり、今回の邪竜はリサを狙っています。でも、その邪竜を生み出したのもリサなんですよ」
「……はい?」
それが二つ目の―――そして、本当の理由。
「非常にざっくりとした説明になりますが……この世界のあらゆるものはマナが変質することでなりたっています。そして、そのマナを変質させるものが意志ということになります」
「マリサの本体である世界樹が、次元の狭間からマナを吸い上げ、世界というイメージを与えることでそれを留めているという感じだな」
「そして、そのマナなのですが……非常に意志に染まりやすいという性質があります。ただし、一度なんらかの意志に染まり変質してしまうと、本来の万能性を失う事が多く、それ以上の変化はしにくいともいえます。このあたりの原理は魔法などと同じなので、そちらを思い起こしてもらえると理解はしやすいかと思います」
「ええと……」
「一度発動した魔法に他人が直接干渉するのは容易ではないですよね?もちろん出来なくもないですが、それをするくらいなら別の魔法を発動させて対抗した方が効率的です」
「ああ、なるほど……」
「一度変質した時点で、それはもうマナではないとも言えるからな。変質させていた意志から解放され、エネルギーとして純化すれば話は別だが……」
「さて、前置きはこれくらいにして、話の本題ですが……この世界には、意志に染まり、変質した状態でありながら、マナの性質をほとんどそのまま備えたものがあります。それが何だかわかりますか?」
「え?ええと……あ、ひょっとして……『魔素』……ですか?」
「正解です」
「それがわかれば、俺たちが言いたい事もなんとなくぐらいはわかるだろ?」
「今回の邪竜をリサが生み出したっていうのは……リサの意志が宿った魔素が邪竜という魔物を生み出したって事なんですね?」
二人の神様の話を聞き、僕はそこに思い至る。
もっとも、それでも疑問は尽きないが……
「疑問なんですが……邪竜がリサの意志を宿した魔素から生まれたのなら、なんで生みの親とも言うべきリサを狙うんです?」
リサに自殺願望でもあるのならわからなくもないが、そんなものはリサにはないと思うので、ドラゴンの行動原理がよくわからない、というのが僕の考えであった。
だが―――
「一言に意志といっても様々だしな。それに大きな影響を与えたのがリサというだけで、他人の意志も混じってないとは限らないんだよ。そもそも魔素は同種の感情を依り代に収束するっていう厄介な性質も持っているからな。だからこそ、魔素が籠りやすいダンジョンなんかで頻繁に魔物が発生するわけだ」
「魔素の元となる意志は、理性を伴わない一時の感情であることが多いのです。そして、その感情が同種の感情を取り込み、力を増していくわけですが……どのような感情も度が過ぎれば狂気となりますし、狂気に侵された力はそのまま凶器となるというわけです」
「実際のところ、邪竜がリサを狙っているという根拠はそこまでねーんだよ。ただ、ソイツがリサの放出した魔素から生まれた存在だとすると、自分を生み出したリサを取り込めば、更に力を増す可能性が高い。それに、元となった感情次第では、リサの周りにいるものにその執着が向けられている可能性だってある。だとすると―――」
「―――リサの元に来る可能性が高いってことですね」
こちらも話を聞けば納得できる。
「ちなみに……邪竜がリサの放った魔素から生まれたという根拠のようなものはあるんですか?」
「そっちの根拠は邪竜の生まれた時期と持っている力だな。コイツは間違いなくここ数日で生まれた存在だ。だが、それでいて、A(+)といった力をもっている。リサの放った魔素から生まれたとでも考えないと理屈にあわないんだよ」
「あくまで可能性のひとつですが……パートナーの契約がきっかけになったのかもしれません。あの時、リサは自分の保有するマナをあなたたちに譲渡したわけですが、その際にマナの一部が漏れていたと考えるとタイミング的にもあってしまうんですよ」
「あぅ……」
マリサ様の言葉にリサが短く呻く。
リサもパートナーの契約は初めて行ったわけであるし、どこかでミスをしていたとしてもおかしくはないと考えたのだろう。
しかし―――
(あれ?でも、それなら、マリサ様たちが気づきそうなものだけど……)
僕はそこに少し疑問を抱く。
ただ、それを言葉にすることはしなかった。
それをリサに告げた時のマリサ様の表情が、どことなく楽し気なものであったからだ。
『邪竜』についての説明回。
なるだけこういう回は減らしたいんだけど、これを書かないと神様たちから難題を与えられるだけとなっちゃうし、今回はこのままで。
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。