とんでもない客
その日、『銀の揺りかご亭』にとんでもない客がやって来た。
「あの……トリーシャさん。もう一度お伺いしても……?」
「はい、こちらはザイオン=シユ=リノタ殿下。帝国の第三王子です」
「突然押しかけて済まないね。私がザイオン=シユ=リノタ。リノタ帝国の第三王子である―――が、今はお忍びの身でね。とりあえず、ジオと呼んでくれ。もちろん敬称も不要だ」
「ええと……」
「どうかそうしてあげてください。今の彼はジオ。ザイオン王子の部下で私の補佐です。もちろん私もそのように扱います」
「ア、ハイ……」
客の名はザイオン=シユ=リノタ。
隣国の王子である。
驚かないはずがない。
だが―――
「そう緊張しないでくれたまえ。前回の事もあり、一度くらい挨拶をしておきたいと考えただけなんだ。将来、義弟となるかもしれないわけだしね」
「ぎ、義弟……ですか?」
「イレーナさんとは上手くやっていると聞いているが?いや、そうだな。確かにこちらは君たちほどの進展はないが……今更、ライバルになるのは勘弁してくれよ?」
「え、いや、そういうつもりでは―――」
「ジオ。釘を刺すのもいいですけど、あまりやり過ぎると逆効果ですよ」
「むっ、それはいただけないな」
「それといい加減仕事の話を進めましょう。ルドナ君も決して暇ではないでしょう?」
「え、ええ……」
―――彼の来訪は本来の目的からするとおまけのようなもの。
いや、一国の王子がそんなおまけのような理由でホイホイ国外に出ないで欲しいのだが……それを口にするのも憚られるし、この場はさらっと流しておくというのが正解だろう。
「そ、それで、仕事の依頼ということですが―――」
「今回の依頼者はザイオン殿下です。殿下はあなた方『銀の七星盾』に指名依頼をお願いしたいと私たちを派遣されました」
当の本人が身分を偽ってついて来ているが、彼らが僕たちの元を訪れた目的は仕事の依頼である。
それもクランを指名するだけであって、かなり大規模なものであった。
◆◆◆
トリーシャさんが持ち込んだ依頼は、内容そのものはわりとよく見かけるもので、大きく分けるとふたつ。
ひとつは、コウベキオで出没するようになった『エンヴィーシャーク』の討伐。
もうひとつは、『海底神殿』と呼ばれるダンジョンの調査。
この二つの依頼は連動しており、コウベキオに現れるようになったエンヴィーシャークは海底神殿から来ているのではないかと考えられているわけだが……
「……討伐もダンジョン調査もあまり成果が出ていないのですか?」
「そうですね。エンヴィーシャークは厄介な特性を持っていますし、調査の方も少々面倒な問題がありまして……」
「でも、何故、僕たちなんです?帝国であれば、僕たち程度の冒険者など―――」
「―――いませんよ。ランクだけ見れば、同じクラスの冒険者は沢山いますけどね」
「あ~……」
トリーシャさんに食い気味に言葉をかぶせられ、僕は思わず天井に視線を向ける。
彼女と彼女の既知であるザイオン王子は僕たちの正体を知っている。
だとすれば、自ずと答えも見えてくる。
「つまり、この依頼は……普通の冒険者には任せられないモノですか?」
「ありていにいえばそうですね。ただ、これは事態を根本から解決するには……という注釈がつきます。エンヴィーシャークは水棲モンスター特有の事情といくつかの厄介な特性のせいでBランクに指定されていますが、対処法を知っていればCランクの冒険者でも十分討伐可能です。コウベキオの領主も既にギルドに依頼し、相応の冒険者を揃えています」
「だとすると、ダンジョン調査の方がメインですか?」
「はい。そう考えてもらって構いません。実はこの海底神殿には管理者がおられるのですが、これが面倒な方でして……元魔王……なんですよね」
「……元魔王、ですか……」
「一応、何組かの冒険者が海底神殿にも出向いているのですが、管理者の住処でさえ発見できていません。さらに、そんな相手と交渉となると―――」
「普通の冒険者には荷が重い……ですか……」
まあ、よほど特別な事情でもない限り、他国の冒険者を指名して依頼など行わない。
それが一国の王子であればなおさら。
そういう意味ではトリーシャさんの話は一応筋が通っているように思えた。
ただ、それでも気になる点はある。
「でも、それならトリーシャさんが行けばいいのでは?」
「私はか弱い商人ですよ?」
「……いや、それは無理がありますよ……」
「まあ、冗談ですけどね♪でも、そこまでする義理はありませんし、私は私で忙しいのですよ」
「忙しい……?」
「それに―――もともとの責任はルドナ君たちにあるのですから、ルドナ君たちで解決するべきだと思いますよ?」
「え……?」
しかし、思い付きで口にした提案が自分の首を絞める事になる。
「彼女が言うにはね。今回の件は君たちに原因であるらしいよ」
「……え?僕たちが……ですか?」
「アバン様やマリサ様から教えられてはいませんか?強い力を持つ者が一ヵ所に集まるのは良くないと……」
「えっ……」
「最近のこの街はダンジョンが活性化していますよね?特に蛇の道と呼ばれる新たに見つかったダンジョンではそれが顕著だと。ちなみに、蛇の道の最奥は今回の海底神殿まで繋がっていまして、その道筋を地図で記すと、最初にエンヴィーシャークが発見された海域と重なるわけですが……ルドナ君の見解を伺ってもよろしいですか?」
「……あ~……」
意見を求められたところで、乾いた笑いぐらいしか返せない。
もちろんそれは心当たりがあるからだ。
「まあ、ルドナ君たちだけに限った話でもないんですけどね。ここには勇者も魔王もいますし……」
「え?」
「怪しいという意味ではリーヴァちゃんも当てはまるんですよ。なにしろ、彼女は『嫉妬』の大罪を背負った魔王ですし……」
「あぁ、エンヴィーシャークって、確か、『羨望』に狂ったサメでしたよね……」
「ええ。見た目だけならサメですね。性質はゴーストとかレイスなんかに近いですが……」
「ただ、今の話を裏付ける証拠はないし、そもそも君たちの事を表沙汰にして、神々の顰蹙を買うというのも出来れば避けたい。だから、無理強いをするつもりはないよ。そもそも君たちにお願いしたいというのは、こちらの都合でもあるからね」
しかし、ザイオン王子にはザイオン王子なりの都合とやらもあるらしい。
そして、それを一言でいうと―――
「異母妹に手柄を立てさせたいのだよ。私が帝国を去る前にね」
―――との事。
「コウベキオには現在、特別行政長官という名目で、第三王女のユフィー様が置かれています。なので、依頼を受けられた場合、ザイオン殿下の推薦という扱いで、ユフィー殿下の指揮下に加えられると思います」
「……なるほど……」
トリーシャさんの言葉に頷きながらも、僕はおそらく難しい顔をしていた。
依頼者が二人いるようなものであるし、依頼を受ける立場としてはあまり嬉しくない状況に思えたからだ。
だが、そんな僕の不安を見抜いたトリーシャさんが続ける。
「それほど心配されることはありませんよ。ユフィー殿下はザイオン殿下が目をかける才媛ですからね。決して悪いようには致しませんよ」
「そ、そうですか……」
そして、余計な事も付け足す。
「ああ、でも一点だけ。ユフィー殿下はたいへんに可愛らしい御方ですが、既に心を決めた人がおられますので、懸想しても徒労と終わりますよ」
「異母妹は私以上に愚直だからね。たとえ君でもあのコの想いは変えられないだろうね。まあ、それ以前の話な気もするが……」
「……一体何の話です?」
「とぼけたフリをしても無駄ですよ。何人も恋人がいる時点でルドナ君の女好きは明白なわけですし―――」
「異母妹の可愛さは兄である私もわかっているからね。たとえ神でもあのコの魅力には抗えないと思うよ」
「些か兄バカ気味ではありますが、あながち間違ってもいないというのが末恐ろしいですね。あのコの行く末は確かに私も気になります」
「ええと……一体、どんな御方なんです?その王女様は……」
ただ、それはそれで前フリであったのだろう。
「フフッ。そうですよね。やっぱり気になりますよね?」
「あ~……」
クランを指定しての依頼であるので、僕一人で決められるようなものでもないが……この時点で僕の答えはひとつ。
二人の策士が垂らした釣り針に、僕は見事にひっかけられたのだ。
次の更新は11/09を予定しています。